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508 一仕事終えて

 列を辿っていくと、ネゼキュイアの部隊は大きく進行方向を変えていた。おそらくこれ以上南へと進むつもりはないのだろうが、さらに北に向かわれる前に何とかしたい。その一方で、先ほどの二足鹿(ヴェイツ)部隊の動きも気になる。


 一度足を止めて目を皿のようにして周囲を見渡して探すも、特にそれらしき影はない。偵察部隊を周辺に放つ可能性もあるため、警戒を怠るわけにはいかない。


「この辺りから東に向けて魔力を()く。可能な限り手早くいくぞ。」


 敵も動いているため、時間をかけると魔力を撒くべき範囲がそれだけ広がってしまう。通常の畑に撒く魔力と同程度ならば何の問題もないのだが、近づいた馬が確実に死ぬ量の魔力を撒き続けるのは決して簡単な作業ではない。


 体力はともかく魔力の消費はかなり激しい。偵察部隊程度ならばともかく、ネゼキュイアの二足鹿(ヴェイツ)隊との交戦は既に厳しい消耗っぷりだ。全員で目を皿のようにして隈なく全方位に気を配りながら作業をすすめていく。


「左手後方に動く影があります。」


 三分ほど魔力を撒いていると、ソルニウォレが声を上げる。

 言われて振り返って見るも、遥か先に何かが動いているのが見えただけだ。二足鹿(ヴェイツ)の足を止めてじっくりと観察してみると、北から南へと移動しているようだった。


「近づいてきてはいないようだな。作業を続ける。」


 何者が何をしているのかは分かはないが、確認に行くのも時間の無駄だ。もしかしたらネゼキュイアとは何の関係もない野の獣であるかもしれないし、もうしばらくは様子見で良いだろう。


 それよりも魔力を撒く方を急ぎたい。


 ネゼキュイアの本隊の動きに合わせて私たちも北東へと進んでいるが、未だ行く手を塞ぐに至っていない。

 急ぐと言っても、歯を食いしばり気合を入れるしか方法がない。


 さらに二分ほど魔力を撒いていると、今度は右側から近づいてくる一団がある。

 数は恐らく二十ほど、間隔をあけて左右に広がって進んでくるところをみると、本隊から先行して安全を確認している偵察部隊だろう。


「一度離れる。ただし、急ぐ必要はない。」


 近づいてきているとはいえ、まだ一千歩以上は離れている。相手からも動くものがある、という程度には認識されているだろうが、正確な正体までは掴めていないはずだ。


 ならば、あからさまに二足鹿(ヴェイツ)であると分かる速さで走ることはせず、馬の速歩(はやあし)程度に抑えておいた方が良いだろう。


 進路を少し南寄りの東へ向けて進んで一分ほどすれば、後方で緑色の光が放たれる。何度も見ているネゼキュイアの光の合図だ。


「戻るぞ! あの偵察部隊を仕留める!」


 光の意味は分からないが、今さら私たちを発見したという合図ではあるまい。考えられる理由は、見張りのうち少なくとも一人が馬を失ったということだ。


 二足鹿(ヴェイツ)を駆り西へと急ぐと、見張り部隊は数人を残して放射状に広がって進んでいる。


「手前から確実に撃破していくぞ!」


 二足鹿(ヴェイツ)を全速で走らせていくと、気付かれたようで手前の騎士が慌てて馬の向きを変えるが、そんなことをしている間に魔法が届く距離にまで入ってしまっている。


 二人組を飛礫で馬ごと吹き飛ばし、間をおかずに雷光で確実にとどめを刺す。次の二人組も同様に倒すと、残りの者たちも全員が気付いたようで北と南に分かれて逃げていく。


其方(そなた)らは南を追え!」


 ここで迷う必要はない。相手は二人組が三つの合計六人だが、互いに連携できないほど距離が空いているならばソルニウォレら三人で十分だろう。


 北に逃げたのは七人だが、追ってくるのが私一人だと分かれば反転して攻勢をかけようとしてきた。逃げの一手を取る可能性もあると思っていたが、意外なものだ。


 先ほど見かけた西の影は二足鹿(ヴェイツ)部隊ではなかったのだろうか。何とかしてそちらに助けを求めた方がこの場での生存率は高かっただろう。


 向かってくるならば、やることは比較的単純だ。


 位置取りに気をつけながら最も手近な二人組に向けて牽制の飛礫を放っていれば、私の左側に回り込もうとしていた二人組が突如崩れ落ちる。


 この辺りは既に罠が仕掛けられていることを失念しているようでは話にならない。その上、地面に(うごめ)く魔虫に気を取られていれば、飛礫に叩きのめされるのは必然だ。


 私の注意が左に向いている隙に右に回り込もうしていた三人組が突撃をかけてくるが、それは少々無謀だ。正面の二人組と連動してもいない突撃など、冷静に雷光で迎え撃てば良いだけだ。


 残った正面の二人組は再び背を向けて逃げようとするが、それも判断が遅すぎる。



 あまりにもあっけなく戦いは終わってしまったが、恐らく彼らはネゼキュイアの戦力の中でも最下層なのだろう。

 罠にかかってしまうことを前提にした偵察では、失っても戦力低下が最小で済むような人選をするのは妥当と言える。おかげで容易く蹴散らせたが、合図を送られてしまっている以上は急がなければならない。


 南の方に戻っていくと、ソルニウォレらの方も早々に方がついたようで全員無事にやってきた。


「ご苦労。追加戦力がやってくるのは時間の問題だが、ほんの少しだけ時間が稼げただろう。」

「作業はどうしますか? 本隊側から何度か光の合図が出ています。」

「もう少しだけ南東へ伸ばしたい。少々雑で構わぬから速度を上げていくぞ。」


 隙間が空いてしまうかもしれないが、そう簡単に進めないと分かれば十分だ。ここで敵軍を捕まえておけばそれなりに時間が稼げる見込みが高い。

 雨雲が近づいてくるとともに、空気も徐々にまとわりつくような湿り気を帯びてきている。周辺の調査もしなければならないのに、雨が降り始めて仕舞えば進行経路の検討は難しくなる。


 二足鹿(ヴェイツ)を速歩で進ませながら魔力を撒いていると、ネゼキュイア本隊方面から数十人の騎士が北上してくるのが見えた。


「よし、これで最後だ。行くぞ。」


 偵察部隊が倒されているのは、すぐにでも発見される。死体を隠してもいないのだから、見つからないはずもない。そうなれば当然、索敵をするだろうし偵察部隊にも戦力を投入してくるだろう。


 ネゼキュイアの部隊が見える範囲で待機していれば、ほぼ間違いなく見つかる。ならば、ここは撤退してしまうべきだろう。

 今は相手が二足鹿(ヴェイツ)舞台ではなくても、ある程度以上の戦力と当たりたくなどない。万が一、包囲でもされてしまったら、切り抜ける手段がない。


 南東に向かって走っていると、数分もせずに雨が降ってきた。前方の視界が悪くなってきたと思ったら、ぽつぽつと降りはじめ、と思ったら勢いよく雨粒が打ちつけてくる。


「一度、休憩にしよう。近くに雨を凌げる場所があれば良いのだが。」

「あちらに木が生えていますね。」


 雨のせいで遠くまで見通すことなど全くできず、近くに見つけた木陰に入るだけだ。繁る葉は完全に雨を凌ぐことはないが、頭上に降ってくる雨滴の量は数分の一以下まで減りはする。


「今のうちに休んでおいてくれ。」


 二足鹿(ヴェイツ)の前に水と餌の桶を出してやれば、口を突っ込んでもしゃもしゃと食べ始める。


「私たちも食事にしましょう。」

「そうだな。食べられるときに食べておかねば、次はいつになるかも分からぬ。」


 天幕を頭上に広げ、その下で火を熾して雑粥を作る。少々面倒ではあるが、食事の用意自体に問題はない。ゆっくりすることはできないが、食事を摂り木の根に腰かけて休めば幾分かは回復もできる。


「敵は止まってくれているでしょうか?」

「恐らくはな。こちらの戦力を見せていない以上、警戒せざるをえないだろう。この天気で迂闊(うかつ)に動けば壊滅でき打撃を受けかねない。」


 叩きつけるように降る雨の中では目も耳も利きづらい。ネゼキュイア軍にとって最悪なのは、こちらの大軍が待ち構えている領域に入り込んでしまうことだ。偵察を出すにしても、本隊へ連絡ができないほどに離れてしまえば、無駄に失ってしまうことになりかねない。


 周囲の警戒程度しかできることがなくなるならば、割り切って休憩時間とした方が良いはずだ。


「雨の中の襲撃の件はどうしますか?」

「やめておこう。其方(そなた)らも魔力が尽きかけていよう。」


 ソルニウォレが念のためにと確認してくるが、ここは余計な欲を出さずに本隊に戻った方が良いだろう。飛礫や雷光を何発か討つことはできるだろうが、敵の応戦や追走があった場合に対応できなくなる。


 足止めと進路の誘導にはある程度成功しているのだから、それで十分として構わないはずだ。

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