505 敵部隊、発見
「さて、私たちも出発するか。」
ソルニウォレらとともに二足鹿が繋がれている仮馬場へと向かう。そこでは繋がれていた馬が続々と出て行っているのだが、七頭の二足鹿はのんびりと芋を食んでいた。
二足鹿は、馬は仲間であるとも思っていないのだろうか、まるで無関心だ。
「私たちも出発しますよ。」
そう言っても変わらず頭を桶に突っ込んで次の芋を頬張るばかりだ。出発はブラシで毛並みを整えて鞍を取り付けてからと知っているのだ。
空の桶を餌の横に並べて水を注いでやれば、そちらも勢いよく飲んでいく。
「二足鹿でしたか、随分と甘やかすのですね。」
第三王子は呆れたように言うが、これくらいは甘やかす内に入らないだろうと思う。
「これから馬の倍は働いてもらいますからね。出発前に食べられるだけ食べておくことに異論はありません。」
馬と違って一、二時間に一度は休ませて休憩を取らせる必要はない。昼にお腹いっぱいに食べておけば夜まで走り続けるのが二足鹿という生き物だ。
ブラッシングを終えて鞍を背に乗せ、首に回したベルトを留めていくとやっと二足鹿も立ち上がる。
胸と腹に回したベルトを締め、空の桶を鞍の尻の側に付けてやれば、もう一度しゃがんでもらう。
「腰を下ろしてください。」
そう言って首の付け根を軽く叩いてやれば、二足鹿はおとなしく言うことを聞く。
頭の側にまわって手綱を取り付け、背に餌の荷袋を載せれば準備完了だ。
「では、殿下。私たちは先に偵察に行ってきます。」
「うむ。くれぐれも気を付けてください。」
酷く不安そうな顔をするのはミュンフヘイユらやオードニアムから借りた騎士など、私が部下を失ったことを第三王子にも話したからだろう。
言われずとも、何度も同じ失敗を繰り返すつもりはない。
偵察任務に専念し徹底的に戦闘を避けていれば、部下を失うこともないだろう。数人程度の偵察部隊を見つけた時には撃破も狙うが、敵の数を減らすために無理な攻撃をするつもりはない。
特に、一緒に行くオードニアムの騎士には戦闘をさせる予定は全く無く、敵の本隊を発見し次第、オードニアムの部隊に戻させるつもりだ。
野営地を出発すると西のモルミミ川を目指し、その後は川沿いに北上する。敵が既に東進しているならば川を渡った跡を探すのが最も見つけやすいし、まだ川を渡る前ならば、一段高くなっている土手の上からの方が探しやすい。
ついでに言うと、川沿いならば草や根菜も多く生えているため、二足鹿の餌に困らないという理由もある。
半日は走り続けることができるが、半日で敵を発見できるとも限らないのだ。
実際、敵らしき影を見つけたのは翌日の朝になってからだった。
「何者かが川を渡っているようですが、見えますか?」
ソルニウォレが目の上に手を翳してそう言うのだが、残念ながら私には分からない。他の騎士も三人は見えるというが、残り二人は分からないと答える。
騎士の集団であることくらいは、はっきりと確認したいところだ。
「獣の群れである可能性もある。もう少し近づいて確認する。ここからは一列縦隊で進む。」
数千歩先では、こちらも発見されている可能性は低い。わざわざ発見しやすいように動く必要はない。
もしかしたら既に気付いている者がいるかもしれないが、念のためにしておいて損はないだろう。
二足鹿も走らせはせずに、ゆっくりと土手の下を歩いて進ませる。
二千歩程度の距離まで近づけば、私の目にも何十もの騎馬が川を越えて東を目指して進んでいるのは明らかだった。
「其方らは戻ってこの位置を知らせよ。我々は敵が何処まで進んでいるのかを確認した後に戻る。」
「承知いたしました。目視にて敵本隊と思しき七百騎以上の集団を発見した旨、報告に戻ります。」
指示を出すと、報告すべき内容を述べてからオードニアムの三騎はくるりと向きを変えて来た道を駆け戻っていく。
「私たちは東に行く。」
最低でも、敵軍の先頭がどの辺りまで進んでいるのかは確認しておかねばならない。先回りして魔力を撒いておくことができればこの上ない。
ネゼキュイアの部隊は何故だか縦に長い列を作って進む。街道を歩く場合は横に並べるのは三人が限度だが、道を無視して進むならば横に並ぶ人数を増やして列の長さを短くした方が動きやすいと思うのだが、何故、そうしないのだろうか。
わざわざ移動に時間のかかる手法を取ってくれるならば、こちらにとっては好都合だ。罠として所々に魔力を撒きながら二足鹿を東へと進めていく。
「ティアリッテ様、右手に煙が!」
三分ほど進んだところで騎士から声が上がった。ネゼキュイアの本隊がいる左ばかりを気にしていたが、右を振り向くと遠く二千歩以上も先に怪しい黒煙が上がっていた。
「全員、右転。あの煙に向かう。敵の数が七人以下の場合は撃破を狙う。」
実際に交戦するかはその他の状況にもよる。小領主の騎士との交戦中であれば、敵の数が三十人程度までならば挟撃を狙いに行った方が良い。
煙の上がる現場に着いてみると、小領主の騎士四人が、七人のネゼキュイア騎士と交戦していた。
奮戦している小領主の騎士だが、数でも実力でも劣っているようで戦いは明らかに押し込まれている。
敵の注意は完全にそちらに向いているようで、私たちの方を振り向こうともしない。
「蹴散らすぞ!」
二足鹿を加速させ、右から回り込み敵の背後につけると飛礫の魔法を撒き散らす。
敵の六人が吹き飛び馬ごと地面に叩きつけられると、残った一人は大声を上げて振り向くが、動作が遅すぎる。
反撃を放つことも発光信号を上げることもなく、雷光に撃たれて地面に転がる結果となった。
「ご助力、ありがとうございます。」
「貴方らは何処の小領主の騎士だ?」
「テックファンの騎士、モルゲウム・ミミシランと申します。」
「私は王宮のティアリッテ・シュレイだ。ネゼキュイアの騎士が直ぐ近くまで来てることをすぐに小領主に知らせよ。討伐軍も向かっているが、到着までもうしばらく時間がかかる。」
さらに、周辺地域の巡回は七人を一単位とするようにとも伝えておく。最低限、敵と同数であれば友軍と合流するまで凌ぐこともできるだろう。
細かい偵察をあと一組でも撃破すれば、それなりに時間を稼げるだろうと思う。その間に守りを固めて、なんとか耐え凌ぐ方向で頑張ってもらいたい。
再び北へと戻り、ネゼキュイアの隊列の先頭を探してさらに東へと進んでいけば、集団が動きを止めているように見えた。
「何をしているのだと思う?」
「休憩ではありませんか? ティアリッテ様は二足鹿に慣れすぎかと思います。」
言われてちょっと考えてみる。川から二足鹿を走らせて五、六分の距離だ。馬の四倍の速さとすると、一時間半から二時間弱といったところか。
川の手前どれくらいで休憩を取っていたのかは知らないが、そろそろ休憩を取ろうとしてもおかしくはないかもしれない。
「周辺に放った偵察部隊が戻ってくるはずの頃合いなのかもしれぬな。」
報告をしない偵察部隊なんて、いないのと同じだ。敵の警戒網や待機戦力を発見したならば、その情報は持ち帰らなければ話にならない。
発見した敵を偵察部隊だけで完全排除できるならばそれでも良いが、先ほどの部隊のように殲滅されてしまうこともある。
そのような危険を考えれば、複数の偵察部隊を放っておくものだ。
「先程の煙を彼らは見つけていないのでしょうか?」
「分からぬなが、恐らく報告待ちだろう。」
もし見つけていても、それだけでは偵察部隊が全滅したかなど分からない。交戦の結果、勝利している可能性だってある。
恐らく、七人という構成は敵との交戦を想定してのものだ。それだけの人数がいれば、最低でも一人か二人は逃げ果せることができると踏んでいるのだろう。
一瞬のうちに全滅させられてしまう可能性が皆無とは思わなくても、かなり低いと判断しておかなければ偵察という行為自体ができなくなってしまう。
「そうすると、もう一つくらい偵察部隊を潰したいものですな。」
「そんな簡単にできれば苦労はせぬ。本隊に見つかれば、大部隊が押し寄せてくるぞ。」
そんな事態になれば、今すぐこの場から逃げ出すよりも悪い結果になってしまう。




