504 出撃
モジュギオの城で一晩休み、翌日は日の出前から北に向かって出発する。
通常は城門も街門も日の出まで開くことはないが、モジュギオ公爵が自ら開門を命じれば夜中であろうとも速やかに門は開かれる。
駐留している野原まで共に行き、作戦指示と注意事項を現場の指揮官に伝える。その後、私は速やかに北へと向かって走る。
ネゼキュイアもいつまでも様子見をしてはいないだろう。南の部隊と連動することを考えると、今日には動き出すはずだ。
地平線から昇ってくる陽を横目に走っていれば、野営地には二時間ほどで到着する。近くまでくる偵察らしき気配を感じて頭上に合図の火柱を放る。ネゼキュイアの偵察と勘違いして報告されても困る。
到着して見回してみると、以前よりも明らかに天幕の数が増えていることから、ナノエイモスおよび周辺から二百が来ると聞いていたし、すでに王都からの援軍も着いているはずだ。聞いている限りでは、四百近くの戦力がここに揃っていることになる。
「王子殿下はどちらだ?」
「すぐにご案内いたします、ティアリッテ様。」
朝食の片付けをしている王宮騎士に聞けば、近くにいた者が速やかに案内役を申し出る。二足鹿は騎士に預け、その後ろについていく。
野営地とはいえ、会う相手は王子だ。格上として扱わなくても良いとは言われているが、他の騎士の目もあるのに二足鹿の背から見下ろすのは好ましくないだろう。
少し窮屈に並ぶ天幕を通り過ぎていけば、他の天幕と距離を少し開けて一回り大きな天幕が目に入る。その前に簡素なテーブルが置かれ、数人がそれを囲んでいた。
「スメキニア殿下、ティアリッテ様がいらっしゃいました。」
案内の騎士が声を掛けると、テーブルを囲む者たちの視線が一斉にこちらを向く。私から見て正面にいる若者が第三王子のスメキニアだ。留学のためバランキル王国へ旅立った三年前は幼さの残る顔立ちであったが、すっかり大人の顔になってきている。
確か、第三王子はハネシテゼと同い年で今年十八歳だったはずだ。当時の私より年齢が上になっているのだから、大人になっているのも当然だ。
「おお、丁度良いところに。お久しゅうございます、ティアリッテ様。こちらはオードニアムのザウェニアレ殿だ。敵の情報の共有とともに、討伐作戦の検討をしていたところだ。」
「お久しゅうございます、スメキニア殿下。ザウェニアレ様、状況の方は如何であるか?」
数日前に挨拶をしているザウェニアレと堅苦しく挨拶をする必要もない。それよりも必要なのは互いの情報の交換だ。
「いまのところ北の部隊に大きな動きはないが、この二、三日で偵察の数が明らかに増えている。」
「やはり動き出すようだな。南の部隊でも偵察、斥候の動きが活発と聞いた。補給路に嫌がらせをしてやったため、すぐにでも動きたいはずだ。」
「つまり、我々も出るべきということですな。」
ザウェニアレも敵の片方だけが動くと、せっかくの二面作戦が台無しになってしまうことは理解している。南が動くならば、北も速やかに動かなければ侵攻自体が失敗に終わるだろう。
「敵の動きは予測できるのか?」
「ほぼ間違いなく、南進はない。近くの町や村を襲いながら東へと進むだろう。」
これは予測というより確信に近い。彼らの作戦進行の都合上、町や村を無視して進むことはできない。そもそも、現地で略奪する前提でなければ、食料不足で進軍自体が不可能になる。
であるからこそ、認識を統一しておかねばならないことがある。
「確認のために言っておくが、我々の目的は敵を叩き潰すことだ。」
「当然そうだと思っていましたが、今更、そのようなことを確認する必要があるのですか?」
「町を守ることよりも、敵を叩くことが優先だと認識していますか?」
「町を襲っている者を討たねばならぬのは当然だ。」
言っていることが微妙にずれている。やはり確認しておいて正解だ。
「たとえば、敵が町を焼き払わんと火を放って去っていったらどうしますか?」
「速やかに消火をすべきだろう。」
「敵を追い、打ち倒すべきなのです。消火している間に、敵は別のところに火を放つでしょうから。」
私の言葉に第三王子は目を見開き眉を寄せるが、これはとても大切なことだ。
少しでも早く敵を討つのが被害を最小にするために必要なことだ。目の前の町や村を守ろうとすれば、被害は増える結果になるだろう。ある程度は小領主に任せるしかない。
「しかし、それはあまりにも……」
「数は敵の方が多い。守ろうとすれば、敵の思う壺に嵌まるだろう。」
こちらが守勢に回れば、ネゼキュイアは数に任せて周辺を攻撃してくるだろう。同数以下の騎士を出せば、こちらを町に釘づけにできるのだ。その間に本隊を先に進められては本当に打つ手がなくなってしまう。
「敵本隊への攻撃こそが、最大の防御というわけですな。戦力を割いていれば個別撃破されるだけだと知らしめてやれば、余計なこともできはしますまい。」
ザウェニアレは難しい顔でそう言うが、第三王子の方は納得がいかないように顔を顰める。
「敵の数はこちらの倍以上と聞いている。戦力を集結されて勝てるのですか?」
「二千程度ですから、勝てる範疇であると認識しています。そういえば、殿下の率いてきた騎士はどれほどで?」
「約半分は南側へ行ってもらった故、ここにいるのは百十です。」
半減していることに不安そうな申し訳なさそうな顔をするが、作戦上はむしろ都合がいい。
「オードニアムの百、ナノエイモスの七十と諸連合の百二十、そして王宮の百十で四つの部隊に分ける。その方が騎士も動きやすかろう。」
諸連合の百二十に少々の不安があるが、オードニアムとナノエイモス、そして王宮の指揮形態は変えない方が現場も混乱しなくて済むだろうと思う。変に混ぜて慣れない者同士で連携させようとすると十全に力を発揮できない可能性も高い。
「戦力的に劣っているのに部隊を分けるのですか?」
「分けるといっても、完全に離れて運用するわけではない。指揮体系の話だ。」
分けた部隊がそれぞれ独立して戦うことはあまり想定していない。敵が少数の陽動を出した場合にはどこか一つが対応に当たるようなことをするだろうが、完全に分けてしまっては逆に個別撃破されてしまいかねない。
「ナノエイモスの指揮官はどこにいる? こちらの戦力が揃った以上、これ以上ここで待つ意味もあるまい。」
「すぐに呼んでこさせましょう。」
のんびりと時間を潰していられる余裕などないということにはザウェニアレも第三王子も異論を唱えるつもりもないようで、すぐにネゼキュイア討伐のための作戦会議の準備を始める。
周囲の騎士にも号令が出され、天幕が一部撤去され小隊長が集まってくる。
大急ぎでやってきたナノエイモスと諸連合の指揮官と速やかに作戦内容を詰めると、すぐに出発である。
「殿下、号令をお願いします。」
「それは私の役目なのか?」
「政治的に考えると、スメキニア殿下の役割です。」
ウンガスの王族を差し置いて私がでしゃばると色々と問題が生じる。王位を渡すつもりなどないという意思表明に捉えられてしまっては大問題だ。ウンガス国内の軋轢など知ったことではないが、私たちがバランキル王国に帰る時期が遅れるのはとても良くない。
「勇敢なるウンガスの騎士よ!」
騎士によって手際よく用意された台の上に立ち、第三王子は声を張り上げる。横から見ていると、その立ち方がハネシテゼそっくりであることに笑いそうになってしまうが、ここは頑張って厳しい顔を作らねばならない。
「ネゼキュイアの愚か者どもが、傲慢にも我らの土地を侵そうと大軍を率いてきた。残念ながら既にミラリヨムの地は滅ぼされていると聞く。我々はそれを黙って見ているわけにはいかぬ。愚か者には鉄槌を下さねばならぬ。」
第三王子の言葉に、並ぶ騎士たちも気勢を上げ拍子を揃えて大地を踏み鳴らす。
「出撃せよ!」
その命令が下ると、騎士たちは整然と動く。
どこに向けて、どの経路で進むかは既に小隊長たちへ伝達済みだ。
速やかに騎乗すると、次々と北に向かって移動を開始していった。




