502 足止め
七台連なる馬車に、騎士が十四人。対してこちらは私を含めて四人。馬車がない偵察部隊であれば様子を見ることもしたのだが、今回はその必要はない。
斜面を駆け上がっていく私たちだが、騎士は誰も馬車を離れて追ってくる素振りすら見せない。護衛騎士の役割は敵を撃滅することではなく、対象を守ることにあるのだから当然だ。
その常識がネゼキュイアにも通用するのかが唯一の不安材料だったのだが、追ってこない時点で確定で良いだろう。
「さて、どうすれば良いと思う? 相手は魔物ではなく馬車だ。」
「魔物と馬車で違うのですか?」
「必ずしも倒さなくても構わないのだ。水で押し流す。」
馬車を動けなくしてしまえばそれで良い。ついでに護衛騎士を叩ければ十分な戦果だ。
先頭の馬車を狙って、全員で水の玉を一斉に投げつける。と言っても、反撃されないよう馬車までの距離を十分に取っているため、水の玉は馬車に直接届きはしない。
全ての水は斜面に叩きつけられていくが、それで終わるわけではない。山肌を流れる大量の水は、土砂を含み大質量の攻撃となって馬車に襲いかかる。
何人かの騎士が慌てて火球をぶつけるが、中途半端な火球では水を蒸発させてしまうことなどできはしない。むしろ、熱された湯を浴びることになりかねない危険な行為だ。
あっという間に一人の騎士が馬ごと流されていく。驚いた馬車馬が濁流から逃れようとして暴れたことで、馬車も一台が道から大きく外れて転落寸前だ。
これだけでも数時間の遅延が見込めるだろう。
残りの馬車も同様にすれば動けなくなるだろう。護衛の騎士が黙っているとも思えないが、反撃に出てくるまでは少し時間がある。
と思ったら、何を思ったか一人の騎士が馬で斜面を駆け上がろうとしてくる。
あの騎士は平地でしか戦ったことがないのだろうか。山での戦いを経験していれば、真下から敵に突っ込むのは無謀だと知っているはずだ。
再び水を投げつけてやると、馬は駆けるどころではなくなる。大量の水に足を取られ大きく体勢を崩す。踏ん張りきれなかった騎士は、水の流れに押されて遥か坂の下まで転がっていくだけだ。
それを見れば、残りの騎士も同じ愚を犯すようなことはしない。二手に分かれて移動を開始する。
馬車に張り付いたままでは守ることもできないと判断したのだろう。五人が馬車から離れ、南側から大きく迂回するように斜面を駆け上がる。
それと同時に、残りの七人が二手に分かれて牽制の火球や爆炎を放ってくる。
「戦い方も知らないものばかり、というわけではなさそうだな。」
「ええ、的確な対処と言えるでしょう。」
このまま馬車を攻撃することを優先すれば、ネゼキュイアの騎士に上を取られてしまう。逆に、上を取られないように移動すれば、馬車の方に余裕ができる。時間を稼いでいる間にできるだけ逃げるとともに応援を呼ぶ算段なのだろう。
「もう一度、下に全力で水を。」
指示を出すとともに、私は少しタイミングをずらして飛礫も撃ってやる。
下から目隠しをするように爆炎が放たれてくるが、馬車を狙う分には何も困ることはない。ずらりと馬車が並んでいるのだから、坂の下に向かって撃てば良いだけなのだ。
その後は、下の馬車は一旦無視して上がってきた騎士の対応に移る。私たちも斜面を駆け上がり、騎士に向けて飛礫を放っていく。
最大速度も悪路走破能力も体力も全て、二足鹿が上回っている以上、ネゼキュイアの騎士たちに上を取られることはない。
それでもネゼキュイアの騎士が上へ上へと進むのは、馬車からなんとかして私たちを引き離したいからだろう。
襲撃者の数が少ないならば、数の利を活かして馬車を守ろうとするのは実に模範的であると言える。
馬車へ攻撃が止んだら発光信号を何度も上げるあたりも良く訓練されていることがうかがえる。
逆にいえば、次に何をしてくるかも分かりやすい。斜面を登る騎士は横方向の移動量を大きくしていき、下にいる騎士も三人が北側から上がってくる。
上を取れないならば、三方向から囲んで追い払えば良い。
そういった発想だろう。
彼らの目的はあくまでも馬車を守ることであって、私を倒すことではない。援軍が到着するまで嫌がらせを繰り返して時間を稼げば良いのだ。
「反転し、南側から下へ抜ける。」
ネゼキュイアの策に付き合ってやる必要はない。最も想定していないだろう方向へと進路を変える。敵も急ぎ対応してくるが、二足鹿と馬の差は如何ともしがたい。
包囲を抜けて、後方の馬車へと爆炎を叩き込む。御者か射っているのだろう、馬車の陰から矢が飛んでくるがその程度は想定内だ。
暴雨や爆炎で吹き飛ばしてやれば、弓矢などかすりもしない。こちらも馬車にあまり打撃を与えることができていないが、あまり固執する必要もないだろう。
馬車も通り過ぎて下っていけば、護衛の騎士も無理をして追ってはこない。彼らとしては、敵は追い払えばそれで十分なのだろう。
魔物が相手ならばそれで良いのだが、敵の騎士を相手にするのにその考えは少々甘い。彼らはもう少し私たちの目的を考えるべきなのだ。
「道を崩せそうなところはあるか?」
「あの辺りでしょうか。」
二足鹿の速度を落としながら聞いてみると、ソルニウォレからすぐに答えが返ってくる。やるべきことも理解しているようで爆炎や水の槍を左に下っていく山道の周辺へと叩きつける。
私も同じところを目掛けて水の槍を叩き込んでいけば、崩れた土砂が道を広く覆う。
「これで一日か二日は動きを遅らせられるだろう。」
「他の箇所も荒らしておきましょう。」
他の騎士たちにもやるべきことが共有されれば、仕事は速やかになされていく。馬車を通れなくするべく道を荒らすことは今までにも行なっている。
次々に水の槍を地面に撃ち込んでやれば、護衛の騎士もその目的に気付いたようで斜面を駆け下りてくる。
しかし、その対応は遅すぎる。道はもう馬車では通れはしない状態だし、私たちは騎士は無視して斜面を南東に駆け下りていけばすぐに振り切ってしまえる。
「この後は如何いたしますか?」
「あの部隊の南側を回って東に抜ける。この場所はモジュギオ公にも報告しておくべきだろう。」
その部隊から出た数十人がこちらに向かってきている。
先ほどの馬車の護衛による光によって危機を察知したのだろう。彼らとしても食料や物資の確保は重要であるはずだ。
こちらから見えている以上、敵からも私たちは視認されていると思っていた方が良い。敵がいると分かっているのであれば、頑張って動くものを探すくらいはするだろう。
だがそれも山の麓まで下りてきてしまえば、いくつもの起伏の陰に隠れてしまう。敵が数百騎の二足鹿部隊であればそれでも囲まれてしまったであろうが、数十騎の馬ではそれも叶わない。
南の方へと抜け、振り返ってみると騎士の集団は山を駆け上がっていった。
「こちらには来ないのでしょうか。」
「敵が陽動を警戒するのは当然だろう。私たちに戦力を差し向けて馬車の守りを緩めるのは本末転倒だ。」
私たち以外にあの馬車を襲う部隊など何処にもない。それを知っているから、騎士は当たり前のように追われると思っていたのだろうが、敵からだと私たちの動きは陽動にしか見えないだろう。
引っ掻き回して注意を引くだけ引いて逃げていれば、どう考えたって怪しい。直接見て確認することはできないが、本体の方も厳重に周囲を警戒していることだろう。
そんなところに突っ込んでいっても、こちらの身を危険に晒すだけだ。彼らを何日かこの地域に留めさせることができれば、それだけでも成果としては十分なはずである。
その後は焼け野原の外周に沿って南へ進み、その最南部をまわって東へと戻っていく。
痕跡を見落とさないよう注意しながら進んでいくも、モルミミ川に行き当たってもそれらしきものは見つからなかった。
川辺までくると、二足鹿の食料も多く手に入る。例の根菜のほか、野イチゴも好きなようで群生しているところを見つけて休憩を取ると葉ごともしゃもしゃ食べ始める。
「近くの町か村に立ち寄り、食料を分けてもらいましょう。」
私たちの手持ちの食料もそろそろ尽きてしまう。あまり無理をして体力をすり減ら差ない方が良いソルニウォレが求めてくる。
それはそれで当たり前のことではあるが、私は一度モジュギオの領都にまで戻ろうと思っている。援軍の到着状況もついても話を聞きたいが、それよりも被害状況についてだ。万が一、ここよりも南のメレレシア子爵領やムスシク伯爵領でも被害があるならば、モジュギオにも連絡が届いているはずだ。
そろそろ主たる援軍が到着するころだし、ネゼキュイア撃退の作戦はいくつか用意しておくべきだ。そのためにも、情報交換は必要なことだろう。




