501 索敵へ
ザウェニアレとの話を終えると、ちょうどお昼時だ。拠点を発つのは食事を取ってからにする。
ここで一食を抜いて急ぎ出発しても、体力を低下させるだけで何にもならない。
とは言っても、時間を浪費していられる状況ではない。食事を終えるとすぐに出発し、まっすぐに西へと向かう。
南側の部隊が現在どこにいるのかは分からないが、とりあえず最後に確認したあたりよりも少し北で痕跡を探そうと二足鹿を進める。
少なくとも一千位上の部隊が移動しようとすれば、なんらかの痕跡は残るはずだ。数人ならば足跡や休憩の跡を誤魔化すことができるが、何百人もが通って踏み固められた道は誤魔化しようがない。
足下に注意しながら進めば見つかると思っていたが、何の成果もないままに日暮れを迎えることになった。
「敵はどの辺りにいるのでしょうね。」
「一度、補給を受けるために戻っていると思うのだが、その後の動きは見当がつかぬな。」
馬車をいくつも破壊してやったのだから、進むか戻るかして食料を得ようとしているはずだ。焼け野原で食料を探したところで見つかるとは全く思えない。
もしかしたら、小領主の邸には地下の氷室があったりするかもしれないが、何千人もの食事を支えられる量はないだろう。
部隊の全員がネゼキュイアに戻ってしまっていることも考えづらい。ウンガス側としては戦力を集中させて北の部隊から撃滅していけば良いだけだ。それを避けるために部隊を分けているのだろうに、片方が撤退してしまっては台無しだ。
そんなことがネゼキュイア王国内で露呈でもしたら、大変な裏切り者として糾弾される可能性もあるだろう。
次の日も朝から敵の痕跡を探して西へと進んだものの、何も見つからないままに焼け跡を抜ける結果となった。
「これより西には延焼しないようにはしているのですね。」
「炎が山まで燃え広がっては、自国にまで打撃を与えてしまうだろう。」
「ある日突然、北から南まで山が燃え上がったら大混乱に陥るであろうな。」
笑ってしまうが、笑いごとではない。大規模な野火は住民にとっては恐ろしい災害だ。もし本当にそんなことになれば、ネゼキュイアには炎を食い止めることができるだけの騎士が残っていない可能性もある。
ミラリヨム男爵領を灰にした下卑た者たちだが、自国にまで被害を及ぼすほどに見境いがないわけではないらしい。
「このまま山沿いに南へ向かう。」
「山に沿って、ですか?」
私の指示に騎士が疑問を持つのは当然だろう。
私たちの攻撃で大半を破壊したが、ミラリヨムを焼いた部隊は全ての馬車を失ったわけではない。起伏に富む地域をわざわざ選択して進むとは考えづらい。
にもかかわらす、何故、こんな所を通って敵を探すのかと言えば理由は二つある
「平坦なところを探し回っても、見つけるのは恐ろしく困難だ。高所からの方が広範囲を短時間で探すことができる。それに、ネゼキュイア軍が通っていないならば、食料を調達できる可能性が高い。」
探す対象が一人や二人であるならば、高所から探しても見つけられない可能性は高いだろう。だが、今探しているのは一千人を軽く超える大部隊だ。
築いている拠点が一万歩先であっても見つけることは十分に可能だろう。
二つめの理由に関しては、一々それ以上説明するまでもない。
「あれがそうでしょうか?」
適度に休憩を取りつつ南進していると、思いのほか早くに人と思しき集団を発見した。ソルニウォレの指す方角を見ると、確かに灰色の地面に黒い何かが動いている。
「十人や二十人ではなさそうだが、もう少し接近してみなければ何とも言えぬな。」
私の目にも何者かがいるのは分かるのだが、メレレシア子爵やムスシク伯爵の騎士である可能性も十分にある。彼らだって偵察のために騎士を出すくらいしてもおかしくはないし、それが休憩を取っていても何の不思議もない。ミラリヨムの焼け野原にいるもの全てが敵であるというわけでもないのだ。
さらに南に進み正体不明の集団に近づいていくと、少なくとも数百人以上の大集団であることが判明した。その時点でネゼキュイアの部隊であると決めつけてしまっても問題はないように思う。ムスシク伯爵などでは、その数の騎士の捻出は難しいだろう。
「あんな場所で何をしているのだ?」
「一度退いて、こちらに戻ってきたばかりなのかもしれません。」
「ならば、近くに街道があるはずだな。」
山を見上げてみるが、それらしきものを見つけることはできない。途中で煙を上げている者でもいれば分かりやすいのだが、そこまで迂闊な者がいるわけでもないようだ。
「もう少し南まで行って街道を探す。」
実際にミラリヨムに攻めてきたのだから、ネゼキュイアから国境を越える街道は必ずある。今までそれらしきものを見つけていない以上、この先にあるのは間違いない。その街道はネゼキュイア軍の補給経路であり、退路でもあるため、位置や守りの状況は重要な情報だろう。
部隊の位置から考えて、そう遠くはないとは思っていたが、数分も進めばそれを見つけることができた。
「これだな。」
「間違いありませんね。」
地面に残された跡を見れば誰にでも分かる。何百もの足によって踏み固められている上に、車輪の跡もくっきりとついている。
見える範囲には防衛のための戦力はないが、地形を考えればそれも当然だ。山の中には効率よく守れる場所がある以上、不効率なところに戦力を配分する意味がない。
「ここを通ったのはいつ頃だと思う?」
「一日も経っていないのではありませんか? こちらの草など踏みつぶされたまま、枯れてもいません。」
探してみると、踏みつぶされた草はあちらこちらにある。一瞬だけ偽装工作の線も疑ったが、部隊の姿が見えているのにそんなことをする意味もないだろう。
「まだ、下りてくるものがあるようです。本当に到着したばかりである可能性が高いですね。」
下を見たり上を見たりと忙しい。騎士の指す山の中腹辺りに細めた目を向けるが、それらしきを見つけられない。ならばと街道を目で辿っていき、私もやっと見つけることができた。
「動いているものがあるのは分かるが、あれは下りてきているのか?」
「確認に行きますか? この距離ならば、一時間もかかりますまい。」
「そうだな。あれの他にも何かいるかもしれぬ。」
馬車ならば一時間くらいはかかりそうだが、二足鹿ならば往復してもその半分もかからないだろう。下の部隊に食料や物資を届ける馬車ならば、妨害してやった方が良い。下の部隊も後続の馬車を待ちながら休憩をしているならば、今すぐに動きだすこともないだろう。
この街道は馬車が通る前提なのか、勾配がきつくなることもなく緩い坂道が曲がりくねり、折り返しながら続いている。
二足鹿で進むならば、別に道に沿って進む必要もない。道が坂の途中で折り返しているの見えた時点で、道をはずれて真っ直ぐ上に向かえば時間を短縮できる。そのような一般的ではない動きをしていれば上の馬車に見つかりやすくなるが、どちらにせよ上からならば下から登ってくるものを発見するのは容易いことだ。
案の定というべきか、半分も進んだところで目標付近に青い光が観測された。
「やはり、ネゼキュイアの者のようだな。」
「あの合図に応答がなければ敵と見なす、ということか。敵も考えているようだな。」
炎や雷光を応用して光を発すること自体は可能だが、符牒が合わなければ意味がない。下の部隊にこちらの場所を知らせることにもなってしまうし、ここは無視した方が良い。
ともあれ、見つかってしまった以上は素早く動いた方が良い。戦うにせよ嫌がらせをするだけにせよ、時間をかけて有利になることはないだろう。
「迂回してあれの上に向かう。伏兵には気を付けよ。」
敵の数も分からないのに、わざわざ不利になる下側から接近するのは悪手だ。二足鹿の脚力を利用して上に回りこみ、敵の攻撃範囲外から削り潰していく方が確実だ。




