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500 一夜、休んで

「モジュギオ公にオードニアム公、王宮にも報告を出さねばな。」


 そう言って紙と筆記具を用意していると、ザウェニアレは片眉を上げて小首を傾げる。


「敵の動向についてモジュギオ公爵に連絡するのは分かるのだが、オードニアム閣下や王宮へは必要なのですか?」

「全てが終わってから纏めて報告というわけにはいかぬよ。」


 以前の私だったらそうしていたかもしれないが、あれほど報告を怠るなと念を押されたのだ。ウンガス側の損害がどれほど拡大しているのかは逐次報告しておいた方が良い。


 特にミュンフヘイユら三人と乗っていた二足鹿(ヴェイツ)を失ったことは重大なことだ。彼らの代わりなどいないからこそ、報告が必要だろう。


 また、避難民の数や移動経路についてはモジュギオ公爵に緊密に連携を取らねばならない。当面の食料の調達が必要になるだろうし、定着するならば今後のことも考えねばならない。


 現場指揮官は戦いが終わってからのことなどまだ早いと思うだろうが、被害地域の復興については今から考えていかなければ、冬を越せない者が続出しかねないのだ。


 各方面に向けて書類を作成し、まとめてオードニアムの騎士に預ける。一括りにしてモジュギオ公爵に届けてやれば、そこから送ってくれるだろう。


 話し合った結果、書類を運ぶのには敵から奪った三頭の二足鹿(ヴェイツ)を使うことになった。

 三騎だけでは馬との足並みも合わなくなるし、慣れないものを戦闘に投入すればそこが穴になりやすい。モジュギオ公爵も同じ理由で二足鹿(ヴェイツ)は連絡用に使うようにしているし、そこは強く反対しても仕方がない。


 諸々の報告を済ませると、その日はゆっくりと休ませてもらうことにした。今回は私も自覚できるほどに疲れている。


 残った力を振り絞り陣地の片隅に天幕を立てて中に潜り込むと、考えごとをする間もなく眠りに落ちた。



 目が覚めたのは、天幕の外から名を呼ばれてのことだった。起きて天幕から出てみると既に空は明るく、オードニアムの騎士たちは朝食をもう終えるころのようだった。


「おはようございます、ティアリッテ様。大変失礼ながら、もう少しお休みした方がよろしいのではないかと思います。」


 隣の天幕からのそのそと這い出てきたソルニウォレは私の顔を見るなりそう言うが、ソルニウォレ自身も疲れが取れているように見えない。


 そして、私は疲れているよりも眠たいよりも、今はお腹が減っている。もう少し休むにしても軽く食事を摂ってからだ。


 騎士が私たちの食事の用意をしてくれている間に顔でも洗おうと桶に水を張り、それに映してソルニウォレがひどく心配そうにしていた理由が分かった。


 ひどい顔だ。


 生まれてから一番ひどい顔なのではないだろうか。


 目元は腫れ、頬から顎にかけてはむくみ、髪は埃と砂でごわごわだ。それに加え、額には吹出物までできている始末である。


 本当にこれが自分の顔かと疑いたくなる。


 石鹸を使って顔と腕を洗い、桶の水に髪を泳がせる。

 服も汚れを叩いてやれば、見た目だけは少しは良くなるだろう。


 軽く身だしなみを整えていると、騎士から声がかかる。


「ティアリッテ様、食事のご用意ができました。」

「うむ、ありがとう。」


 礼を返すと、周囲の騎士たちがとても驚いたような顔をする。


 周囲にいるオードニアムの下級騎士は、私の部下でも何でもない。考えるまでもなく、彼らには客でもない私の食事の世話をする義務なんてものはない。


 合同の野営とはいえ野営の黙っていても食事が出されるのは当然のことではないし、礼くらい述べるものだと思う。

 上位者であるからこそ礼節を持てと教わってきたのだが、オードニアムではそうでもないのだろうか。


「周辺に動きはないか?」


 困惑して固まっていられても困る。適当に雑談程度で良いのでと尋ねてみると、数人が哨戒の結果を話してくれた。


「私が担当した北の方では、ネゼキュイア軍の影は見つけられませんでした。」

「見つけたのは西から避難してきたという集団くらいです。」


 二、三十人の集団が西の方から町を目指しているのをいくつか見たという。避難を勧めておいた町に一つではないし、全員が避難すれば何千人という数になるはずだ。

 見かけたのが全部で百人程度とは少なすぎるとは思うが、彼らからネゼキュイアの騎士に襲われたという話も聞いていないらしい。


「避難民が無事に移動できているとのだから、ネゼキュイアも虐殺に動いてはいないのだな。」

「虐殺、ですか? 騎士が民を殺す意味はないかと思いますが。」

「平気で土地を焼き払うような悪逆の徒であるぞ? 意味や意義など通用するものか。」


 報告に上がってきた騎士は惚けたことを言うが、すぐに横から指摘された。実際に川の西側の光景を見た者と、話に聞いただけの者では認識に差があるようだ。


「何人か捕らえて尋問したが、ネゼキュイアの目的はウンガスという国そのものをこの地から排除したいらしい。」


 私の持つ情報を話してやると騎士たちは目を剥いて口をへの字に結ぶ。その様子から、初めて聞いたのだろうと思われるが、そのような情報は回ってきてはいないのだろうか。


 一瞬、その理由を考えたが恐らく単純なことだろう。


 末端の騎士にまで周知を徹底するほどではないし、もっと重要な情報の伝達が漏れてしまわないように選別しただけだ。



 食事を済ませると、二足鹿(ヴェイツ)の様子を見た後に再び天幕に潜り込む。今すぐにでもミュンフヘイユらの仇を討ちに行きたい気持ちもあるが、魔力と体力を回復させなければ如何ともしがたい。


 エゼエミの町は無事であるだろうか。

 他の町も避難は進んでいるだろうか。

 今後、敵はどのように動くだろうか。


 横になると、色々なことが頭の中を目まぐるしく駆けまわる。あれもこれも、まとまりなくいっぺんに出てくるあたり、まだ疲れが抜けていないのだろう。


 心配事は尽きないが、ここでいくら考えようとも何も解決できない。目を閉じて大きく息を吐き、心を鎮めてもう一眠りすると、次に目が覚めた時には随分と身体が軽くなっていた。


 顔を洗った後に、今後の動きについてゼウェニアレと話し合いにいく。


「敵の動きに変わったことはあったか?」

「今のところ、特にこれといった報告はない。強いていうならば、昼過ぎにはナノエイモス公爵の先発七十が着くとのことです。」

「先発で七十? 本隊は何人になるのだ?」

「先遣いの報告では百二十が明日あたりに到着するだろと言っていた。周辺領地の騎士も合流しての数らしい。」


 つまり、複数の領地の混成軍ということだが、その内訳までは聞いていないらしい。あとは王宮からの軍がいつになるかだが、場合によっては手持ちの騎士だけで対応するしかなくなるだろう。


 その後、ナノエイモスや王宮からの騎士が到着するまでのことについて話し合う。


 索敵と防衛力の強化は不可欠だ。二足鹿(ヴェイツ)に乗る私たちは敵の位置を把握するために西へと向かった方がいいし、オードニアムの騎士は川の西側に魔力を撒いて、敵の侵入を防ぐようにした方が良いだろう。


「魔力を撒いて敵の侵入を防ぐというのは?」

「畑に魔力を撒くときに、やりすぎるなと注意を出していただろう。魔力が濃すぎると、魔力を持たぬ者が生きていることができなくなる。」


 騎士でも大量の魔力を浴びれば生命に関わるが、農民や馬はもっと少ない魔力でも命を落としてしまう。

 それを利用した罠を何度も用いている私は、確実に馬の命を奪える量の魔力を把握している。普段から畑に魔力を撒いている騎士ならば、手本を示せばその量も分かるだろう。


「私は敵の動きを探りに行く。そろそろ大きな動きを見せてもおかしくはない。」


 私を仕留めきれずに帰っていったのだから、こちら側を避けて進むのではないかと予想される。追手が南北どちらの隊に戻ったのかは分からないが、動くならば同時になるはずだ。


 片方しか動かないならば、隊を分けている意味がまるでない。何段階にも罠を用意してくるような者が、そのような愚かなことをすることはないだろう。


「大丈夫なのか?」

其方(そなた)らのお陰で、私も二足鹿(ヴェイツ)も十分に回復できた。敵の動きを探りに行く程度は問題ない。」


 ザウェニアレは不安そうな顔を見せるが、偵察に徹するならばそう心配することもないだろう。念のため、私が敵に追われて戻ってきた場合の合図について決めておけば良い。


「この近くまで戻ってきたら、宙高くに火柱を並べる。その際に爆炎の音も聞こえた場合、敵が近づいていると思ってくれれば良い。」

「なるほど、それならば人の姿が見えぬほど離れていても見つけられる可能性は高いな。爆炎だけの音だけが聞こえる場合はどうすれば良い?」

「その場合は戦闘中であると思ってくれれば良い。私以外の者が戦っている可能性もあるので、速やかに確認をしてもらいたい。」


 ミラリヨム男爵領の方は絶望的だが、モッテズジュ伯爵の騎士は半数以上が残っているはずだ。それが敵に追われているならば、助けてやった方が良いだろう。

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