497 連絡
川沿いに北に戻っていけば、町を攻撃しているであろう部隊へ想定外の打撃を与えることもできる。それは追手も危惧するところのはずだ。その前に勝負に出てくる可能性は高いと思っていたのだが、想定外の形でのものとなった。
「ネゼキュイアめ、どこまでも悪辣な蛮行を!」
「彼の国も炎で包んでやるべきでしょう。」
炎と煙を上げて燃え上がる草原を見て、騎士たちも怒りの声を上げる。ここからでは見えないが、炎の向こう側では追手がそこらに火を放っているのだろう。空へ舞い上がる黒い煙の量はみるみるうちに増えていく。
「すぐに消火に当たるぞ!」
「お待ちください、ティアリッテ様。どう見てもこれは罠です。燃え広がるのを防ぐのに留めるべきかと具申いたします。」
「それで良い。全員、すぐに取り掛かれ。」
放っておけば、モジュギオ公爵領にも甚大な被害を齎しかねない。一刻も早い対処が必要だ。
そして、これが敵の罠だというのは疑いようがない。消火のために体力と魔力を消耗したところ、さらに言えば広域対応のために人数を分散させたところを狙うものだと予想される。
何らかの企みがあってのことと分かってはいるが、被害のほどを考えると無視するわけにもいかない。
「何が勇者か。ただの卑劣な蛮民ではないか。」
隣を走るソルニウォレも怒りの表情を隠そうともしないが、この状況は私の落ち度でもある。ミラリヨム男爵領の大部分を焼き払った蛮行を考えると、このような策を用いることは想定すべきだった。
「川岸から順に処理していく!」
水を撒き、あるいは土で草を埋めて炎が北へと進まないようにとしたうえで、東側の対処をしていく。そうしている間にも炎はどんどん広がっていくが、確実に処理をしていかなければ野火は隙間から広がってしまう。
私も騎士とともに水の玉を草原に叩きつける。少しだけ回復してきた魔力だが、仕方が無いだろう。だが、ミュンフヘイユはそう思わなかったらしい。
「ティアリッテ様は近くの町に行き、騎士の手を借りてきてください。」
「私にこの場を離れろというのか!」
「魔力の尽きかけたティアリッテ様に、この場でできることはございません。」
そこまで断言されれば、私も言い返すことができない。実際、この場を敵に狙われれば、私は戦闘の役に立つことはできないだろう。
いつもは「護衛の騎士を必ず伴うように」と小うるさいのだが、今は単独で移動するよりこの場に留まる方が危険だと判断しているのだろう。自分たちに任せるようにと強硬に繰り返す。
逆に私が単独で行動するところを狙う算段ではないかとも思ったが、互いの索敵能力を考えると一人で走る私を見つけたり包囲するのは現実的と思えないのも確かだ。
「十分に気をつけよ。敵に遭遇した場合は即座に退け。」
敵が再び火を放つ可能性もあるが、貴重な戦力を失ってしまうのも大問題だ。
時間を無駄にするわけにもいかない。騎士たちと別れ、二足鹿を南東へと急がせる。途中で見つけた村で近くの町の位置を確認する。
ついでに、すぐに食べられるものとしてパンを求めたのだが、村に用意はないというので、臭い燻製肉で我慢する。芋や豆ならばあると言われても、それを煮ているような時間的余裕などあるはずもないのだ。
一時間もせずに町を見つけると、大音声を張り上げて道を開けさせて小領主の邸へと急ぐ。
「一刻を争う事態だ。この町の北西で敵が野に火を放っていると小領主にすぐに伝えよ。」
門衛に向かってそう言うと、慌てて一人が走っていく。そのうえでさらに二足鹿の食料提供を求める。朝にエゼエミを出て以降、歩きながらの軽い食事しか与えていない。幾度も全速で走らせているのに何も食べさせないのでは体力がどこまで持つかも分からない。
馬ならとっくに力尽きて倒れていてもおかしくはない走り方をしているのだ。
厩舎で二足鹿に水と食料を与えつつ、控えの騎士たちに問題の場所を説明していると急ぎ足で小領主もやってきた。
「私はティアリッテ・シュレイ、王宮からの遣いである。」
「よくぞいらっしゃいました。私は小領主のヌコスビム・オユポゥル・ガンドでございます。」
門衛にも名乗っていなかったことを思い出して先に挨拶をすると、ほっとした表情で小領主も挨拶を返してくる。
「ネゼキュイアが火を放っているとお聞きしましたが?」
「ここから北西、馬で行けば二時間程度の距離だ。私の部下が消火に当たっているが、恐らく人手が足りぬ。」
場所に関しては騎士にも説明済みだ。小領主が指示を出しさえすればすぐに出られるように馬の準備もできている。
「プオニエム以下四人は哨戒中の騎士と合流して現地へ向かえ。カーリズオはテックファンへ急いで伝えよ。」
テックファンはガンドより少し北東にある町らしい。私の報告では二つの小領主の管轄地域に跨っている可能性がたかいということらしく、連絡をしないわけにはいかないらしい。。
「ティアリッテ様はどうなさるのです?」
「国軍への報告を急ぐ。既に近くまで来ているはずだ。諸悪の根源たる敵を討ち滅ぼさなければ、平和は得られぬ。」
ミュンフヘイユの話では、先に出た部隊はもう駐屯予定地に到着しているはずだ。そこへ話を通し、すぐにでも敵を討つべく動かねばならない。いつまでも暴虐な野蛮人をのさばらせておくなど、できるはずがない。
急いで出ていく騎士を見送ると、二足鹿にもう少しだけ休憩を取らせてから私も出発する。私も会議室でお茶と軽食を出してもらえば、また二足鹿で数時間走ることくらいは問題ない。
「この辺りにも戦火が及ぶのでしょうか?」
「可能性がないとは言い切れぬ。我々も可能な限り努力するが、敵の数が多いうえに悪辣な手段を使う。」
不安そうな顔を見せる小領主に対し、気休めを言っても仕方がない。ハリョニオで数日の足止めをすることには成功したが、これ以上の進攻遅滞は難しいし、どこに向かうかも予想が難しいことはハッキリと説明しておく。小領主は現実を見て行動しなければならないのだから、正しい見立てを伝えるべきだ。
分からないことも多いが、確かだと言えるのは近いうちに両軍が激突するであろうことだ。その戦闘がどこまで長引くかは分からないが、私としては長期化させるつもりはない。おそらく、ネゼキュイア側としてもその点に関しては同じだろう。むしろ、彼らにこそ長引かせる利点がない。
一通りの説明を終えると、私もすぐに町を出る。お腹一杯に食べて元気を取り戻した二足鹿は力強く足を踏み出す。
速足で二時間ほども行くと、百人ほどの騎士が隊を組んで草原を右に左に動いている。
さらに近づけばいくつもの天幕が奥に並んでいるのが見えてくるし、国軍であろうことは分かる。さら馬車も並んでいるのが見えるが、あれはモジュギオ公爵が用意したものだろうか。王都からやってくる馬車が到着するのは一週間以上先のはずだ。
「失礼だが、どちらの者であるか?」
私が近づいていくと、隊から離れて向かってきた三人が誰何の声を上げる。一人で二足鹿に乗ってやってくる者が怪しく見えるというのは仕方がないだろう。
「私はティアリッテ・シュレイ。王宮の者だ。敵が近づいているため報せにきた。」
「敵だと?」
私が名乗って手短に用件を伝えると、一人が急いで近づいてくる。残り二人は攻撃の届く範囲外に留まっているのは、きちんと訓練がされている証だ。
近寄ってきた一人に外套の紋章を見せると、すぐに警戒を解いて馬上で礼の姿勢を見せる。
「かしこまらずとも良い。今は急ぎの用件だ、其方の所属はどこで指揮官は誰だ?」
「は。私はヤカミフォウ・バルパリア。部隊長はザウェニアレ・オードニアム様にございます。」
その名を聞けばオードニアム公爵の出した騎士団なのだと分かる。公爵は百以上は出せると言っていたし隊列操練している者たちとちょうど数も合う。
「すぐにザウェニアレ様の元へ案内してくれ。」
「承知いたしました。」
今後、どのような作戦を取るにせよ、敵に当たる前に事前情報を渡しておかねば話にならない。急ぎたいからこそ、まずは指揮官としっかり話をするのはとても重要だ。




