表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
496/593

496 本当にしつこい追跡

 散発的に飛礫を放っていれば追手が近づいてくることもないが、距離が開くこともない。私の魔力が尽きかけているのは、既に敵も確信しているだろう。だからこそ、追跡を諦めることなく、一時間も延々と追いかけてきているのだ。


 こんな状態となるとは思ってもみなかったが、なんとかして打開せねばならない。現状の戦力では、正面から交戦しての勝利は絶望的だ。ほぼ間違いなく、敵の力の方が上回って来るだろう。


 戦うならば、少なくとも数的な不利をどうにかするか、地形などを上手く利用するかになる。

 どのような地形ならば有利な状況を得られるかを考えてみるも、中々思い当たる場所がない。


 急な坂を真っ直ぐに登って行けるのが一番良いのだが、周囲は平地が広がるばかりだ。戦闘に影響しそうな長い坂など、遥か西の彼方にしか見当たらない。二足鹿(ヴェイツ)といえども、そこまで走り続けることは難しいだろう。そんな不確定なことをするくらいならば、モジュギオ公爵領の援軍集合地へと向かった方が良いくらいだ。


 良い案が思いつかないままに走っていると、前方に川が見えてくる。堤防として盛り上げた土手はあるが、その程度の高低差では先頭の有利を取れるほどではない。


「土手の手前を川沿いに南へ行く。進路を南に変えていくぞ。」

「川を越えてしまわないのですか?」

「越えるのはここではない。」


 一時間も走っていれば、二足鹿(ヴェイツ)の速度も少しずつ落ちてきている。追手も同様に速度を落としているのは、勝負の仕掛けどころを探しているためだろう。今、速度を上げてもこちらも上げる余地がある。互いの二足鹿(ヴェイツ)の体力の差がどれほどあるかなど全く情報が無いため、逃げられる危険性をわざわざ上げるようなことはしない。


 弧を描いて進路を変えて川沿いに数分も進めば、西の山から流れてきている支流に行き当たる。私の第一の狙いはここだ。


「正面を渡った後、堤を下りたところで停止。敵が範囲内に入り次第撃て。」


 二十歩少々の川を飛び越えると、二足鹿(ヴェイツ)の足を止めて一列に並び、数秒待つ。


 敵の姿を視認せずとも狙えるのは私たちの強みの一つだ。敵には私たちがどこにいるか分からないだろうし、直線的にしか撃てないであろう炎の奔流の魔法では私たちを狙うことができない。


 上手くいけば数人減らすこともできるかとも思ったのだが、待ち構えているところに飛び込んでくるほど敵も愚かではないようだった。


 隊を二つに分けると、片方が東へと寄っていく。恐らく視界を最大限に確保するために土手の上を走っているのだろう。もう一方の隊は南西へと進路を変えて、加速する。こちらは支流を越えるつもりのようだ。


「東側の隊に当たる。背後には魔力を()いておけ。」


 敵の素早い対処にこちらも急いで動く。敵が隊を分けた今が交戦の好機だ。挟撃される前に一人か二人に怪我でもを負わせられれば、今後が随分と楽になるはずだ。


 南北へ流れる川の土手へと登ると、支流を渡るべく土手を駆けおりるネゼキュイアの騎士が目に入った。

 敵の方も私たちが正面に現れるとは思っていなかったのだろうか、慌てた様子で二足鹿(ヴェイツ)を必死に止めようとする。


「撃て!」


 私が指示するまでもなく、一斉に飛礫が放たれて土手の下の騎士を打つ。全速力で走る二足鹿(ヴェイツ)は簡単には止まれない。もしかしたら二足鹿(ヴェイツ)そのものは止まることがでるのかもしれないが、そんな無茶な止まり方をすれば乗っている者が振り落とされてしまう。


 すぐ後ろでその様子を見ていた騎士は、即座に光の合図を出す。何を意味しているのかは分からないが、一々推測しているだけの余裕もない。


「南へ!」


 指示を出すと急いでその場から離れる。西側から支流を渡ってきた部隊が攻撃圏の間近まで迫っているのだ。二方向から攻撃を受けたら持ちこたえられはしないだろう。


 走っている際も何もしないわけではない。大した差ではないが、せっかくある高低差も最大限利用した方が良いだろう。敵がまっすぐに近づいてこれないように魔力を撒いてやってから土手を川の方に少し下りて姿を隠してやれば、敵は私たちが川を渡ったことを警戒せざるをえない。


 騎士たちに作戦を素早く伝えて実施し、再び土手の上に戻ると追手の数は一人減っていた。魔力を撒いたところに二足鹿(ヴェイツ)が一頭倒れ、少し離れたところで騎士がよろよろと動いている。もはや戦闘に参加することは無理だろう。


「心が折れるにはまだ足りないらしいな。」


 仲間が倒れたのを無視して追ってくる者たちには本当に溜息しか出てこない。このしつこさには本当にうんざりする。二足鹿(ヴェイツ)が倒れて動けなくなるまで走り続けるつもりなのだろうか。


 そこからは意図的に二足鹿(ヴェイツ)の速度を落としていく。一気に追い上げてくる可能性も十分にあると思っていたが、追手の方も同様に速度を落とすことを選んだ。向こうの二足鹿(ヴェイツ)もそれなりに疲れているのだろう。


 そして、疲れているのは二足鹿(ヴェイツ)だけではない。相手の挙動を見逃すまいと緊張している騎士の方だって疲れてきているはずだ。だから、ここで一気に勝負にでないという過ちを犯す。

 真っ当に考えれば、奇策でこれ以上の被害を受ける前に真っ向勝負に挑んだ方が勝率が高いはずなのだ。


 だが、疲労は思考を鈍らせ、安易で楽な方向へと向かわせてしまう。その結果、追手は勝負に出るよりも隊を合流させることを優先させた。少し考えれば、合流と同時に攻撃だってできたと気づくはずだ。


「休憩を取りながら進むぞ。前後に少しずらして並び、横を歩く二足鹿(ヴェイツ)に餌を与えることはできよう。」


 具体的にやって見せると驚いた顔をする騎士もいるが、このような小さな工夫が勝敗を左右するのだ。

 腹いっぱいに食べさせることは叶わないが、豆や芋を摘むだけでも全く飲食をせずに走り続けるよりずっと良いだろう。背負い鞄の食料がほぼ空になってしまうが、追手をどうにかする方が優先だ。


「さて、この後だがどうしたものかな。」


 取れる方針は大きく分けて二つ。体力に任せて後退を急ぐか、反転攻勢に出るかだ。追手が途中で食事を取っているかは分からないが、可能性としてはそれほど高くないのではないかと思う。それを踏まえたうえで妙案があれば良いのだが、あまり期待はせずに隣を走るソルニウォレに尋ねてみる。


「交戦は考えず、このまま王都軍合流地まで向かえば良いのではないでしょうか?」

「それだとこちらの犠牲も少なからず出るだろう。敵の接近を伝えぬまま向かうのは悪手だ。」


 そこまで言って思い付いた。上空に火柱を上げて合図を出せば、近くの町の偵察部隊が見つけてくれる可能性は高い。盛んに炎が上がっていれば、詳しく調べようとするだろう。

 少数の偵察班は参戦してこなくても良い。というよりむしろ、出てこない方が良い。姿を見せてしまえば各個撃破される恐れがあるが、見えなければ援軍の可能性という圧力をかけることができる。


 声を張り上げて意図を説明すれば、すぐに先頭の騎士から順に火柱を遥か上空に放つ。その場に留まらず走り去ってしまうため、炎の持続時間はそれほど長くはないが、複数人で順に打ち上げていけば目立つだろう。



 三人目が火柱を上げた直後、追手の動きに変化があった。明確に速度を上げて私たちとの距離を詰めてくる。しかし、こちらはそれに合わせてすぐに速度を上げることはしない。ぐるりと周囲を囲むように水を撒いてやるだけで良い。


「魔力は撒かなくて良いのですか?」

「何を撒いているかに気付いているのかを確認する。」


 ただの水だけを撒いても避けようとするのか、無視して近づいてくるのか。水だけでも回避しようとするならば、一々魔力を消耗するようなことはしなくても良い。毒か何かを水に混ぜ込んで撒いているのだと勘違いしてくれているならば好都合というものである。


 横目で見ながら走っていると、追手は水を撒いた辺りまで近づくと大きく迂回(うかい)する動きを取った。そこは順当な判断である。ただの水かもしれない、と全く思っていないわけでもないだろうが、そこで賭けに出て敗けてしまったら最悪だ。


 川の中に中州を見つけると土手を川の側に下り、一気に加速して川を渡ってしまう。大きく左に旋回しながら跳躍を繰り返すと鞍から振り落とされそうになるが、それを乗り切ってしまえば今までにない余裕ができる。


「川に水を撒きつつ北へ向かう。」


 私たちが川に放り込むのはただの水だが、追手には脅威に映るだろう。本当に毒ならば、川の流れに乗って流れていくのは必然だ。実際に魔力を撒いてやった場合も同様なので、その認識は決して間違っていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ