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495 想定以上の苦戦

 炎による足止めも、何度もやっていればそう上手くはいかない。どう対処するのかは予め決めてあるのだろう。敵も迷わず動き、即座に追撃の態勢に入ってくる。


 だが、私が火炎旋風を一発しか放てないと思ったら大間違いだ。右に左にと立て続けに巨大な炎を放ってやれば敵の進路は限定される。


 その隙間に魔力を放っておけば、それ以上の追撃は不可能になるはずだ。


 そう思っていたのだが、敵の動きは私の予想とは全く違うものだった。


 炎の外側を大きく東側に回り込むように動き、さらに炎火炎旋風を貫くように炎の奔流を撃ってくる。二百歩以上も離れているはずで距離的に届かないだろうと思うが、万が一ということもあるため爆炎を並べて対応する。


 今までは炎の奔流を連射できなかったはずだ。少なくとも、一発撃ってから次の攻撃まで二十秒以上の間があった。この数日でどんな訓練をしたのか知らないが、何度も連続で撃てるようになったということだろう。


 そうなると、戦って勝つのは格段にに難しくなる。魔法の届く距離が同程度であるならば、互いに決め手となるものがない。


 一応、私には奥の手があるが、それをやってしまうと二千の大軍への対処が困難となるだろう。


 厄介な、と思ったのはそれだけでは終わらなかった。


 正面からも、炎の奔流をが迫ってきたのだ。ミュンフヘイユとソルニウォレが爆炎で迎撃するも、別の方向からも次々に炎の奔流が放たれてくる。


 思ってもみなかった事態に目を剥くが、驚いているばかりでは何も事態は好転しない。前にも後ろにも炎雷の魔法を放ち、炎の奔流を吹き飛ばす。


「西に突っ込むぞ!」


 叫んで二足鹿(ヴェイツ)を右に向ける。近づくと本隊側からも炎の奔流が放たれてくるが、それらは全て炎雷の魔法で迎え撃つ。


 炎の奔流が単発で放たれるだけならばミュンフヘイユやソルニウォレでも対処できるだろうが、いくつも同時に撃たれれば対応しきれない。


 必然的に私が敵の魔法への対処を行うことになり、敵を倒すための攻撃は騎士たちに任せることになる。


 全方位に向けて飛礫の魔法を放っていれば敵も近づいてこれないし、逆にこちらから近づいていけば必然的に道が開いていく。


 そして、そこらのネゼキュイア騎士を盾にすれば炎の奔流も撃ってはこないだろう。その隙に距離を取るか敵に打撃を与えていくか、と思ったときに炎が突進してくるネゼキュイアの騎士を背後から飲み込みながら迫ってきた。


「莫迦な!」

「味方ごと我らを狙うなど、気でも狂ったか⁉」


 騎士たちも声を上げるが、何が何でも先手を取り続けるのは戦術としては間違ってはいない。後手に回れば回るほどに不利になるのは明白だ。


 こちらもあらん限りの魔法を放って応戦するが、敵の方が手数が多い。とにかく右に左にと折れ曲がりながら魔法をばら撒き敵を勢いづかせないよう牽制する。


 同じ場所に止まって戦闘を膠着させれば、最終的に魔力と体力が尽きて負けるのは私たちだ。特に、火炎旋風や炎雷の魔法は消耗が大きい。雷光や爆炎の魔法ほど気楽に乱発するものでもない。


「一度、撤退致しましょう。このままここでやりあっていても、勝てる見込みがありません。」


 ソルニウォレがそう進言するのも当然だろう。現状を打破し、敵を敗走させるのは恐らく不可能だ。


 炎の奔流の使い手がここまで増えているのは完全に計算外である。この短期間でここまでの戦力強化ができるとは思っていなかった。


「敵の中央を突き破り、東へ向かう。」


 撤退する前に、可能な限りの打撃を与えておきたい。大きく回り、東へと進路を向けると灼熱の飛礫と炎雷の魔法を周囲に振り撒きながら二足鹿(ヴェイツ)を加速させていく。


 敵も正面から炎の奔流を放ってくるが、その一人は必ず潰す。これからまた使い手が増えていく可能性は高いが、一人でも危険な使い手は叩いておいた方がいい。


 渾身の力を込めて杖を振り、魔力を前方へと放つと二百歩ほど先でそれは炸裂する。

 二百五十歩以上も離れていて魔法が届くとは敵も思ってはいない。安全な距離を見極めながら移動していたネゼキュイアの騎士はまとめて何十もの遺体と化す。


 三百歩以上離れていても負傷している者もやはり何十もいる。騎士には直撃していなくても、馬が負傷すればもはや直近の戦力とはならない。


「突き進め!」


 二足鹿(ヴェイツ)を加速させるとミュンフヘイユらは動揺している者へとさらに追い打ちの攻撃を浴びせるが、私にはもう攻撃に参加する魔力も体力もはとんど残っていない。


 子どもの頃のように気を失ってしまいそうになりはしないが、戦力として役立たずとなることには変わりはない。


 そのまま東へと二足鹿(ヴェイツ)を走らせていると、後ろからやはり二足鹿(ヴェイツ)部隊が追ってくるが、それの対処も騎士に任せるしかない。


 火柱を立てるだけではなく魔力を撒いたりもしているが、見えていれば回避して追ってくる。やはり何度も同じ手段は通用しない。


 だが、一つやってみることがある。


「ソルニウォレ、最後尾について雷光を後方に。普段の二十倍の魔力を籠めて放ってくれ。」


 前を見て進んでいる限り、閃光を躱すのは恐ろしく難しい。目を閉じてついてくる者を用意することができても、二足鹿(ヴェイツ)の目が眩んでしまうのは防ぎようがない。


 ソルニウォレの合図で二足鹿(ヴェイツ)の頭にマントを広げ、一拍置いて斜め右へと進行方向を変える。さらに暴風を畳み掛けて土埃を巻き上げてやれば、視覚が戻っても即座に私たちの姿を見つけることもできないはずだ。


 後方を確認しながら走っているといくつもの炎の奔流が放たれるが、私たちに向かってこないならばどうということもない。むしろ、どの程度の距離まで届くのかの確認ができて好都合というものだ。


 数十秒すると視覚も戻ってきたのかネゼキュイアの二足鹿(ヴェイツ)部隊も向きを変えて追ってくるが、その間に距離はかなり開いている。


 このまま走っていれば振り切れるだろう。

 そう思ってしまったのがいけなかった。

 私の予想は、再三にわたって打ち砕かれた。


 正面より若干左にずれた方角で炎が噴き上がり、風で黒い煙が進路上まで流れてくる。数から考えて、この辺りにいるのは哨戒偵察だろう。私たちを発見したらとにかく嫌がらせをして時間を稼ぐようにとでも命じられているのだろう。


 この状況は最悪に近い。

 あれから逃げれば私たちの継戦能力に問題があることが露呈してしまう。かといって、強引に突破しようとして時間がかかりでもしたら、背後の二足鹿(ヴェイツ)部隊に追いつかれてしまう。


「煙の間近で、東に向きを変える。その辺りから罠があるという前提で進め。」


 飛礫でそこら中の草も藪も薙ぎ払って進めば、ほとんどの罠は無力化できる。さらに水を撒いて土煙を抑えた上で後ろから前へと風を流すことで、視界の確保を行う。


 そうして進むと分かりやすい跡が残るが、逆に考えれば追跡者はここを辿ろうとする可能性は非常に高い。

 魔力を撒いておけば掛かってくれるのではないかと期待したが、それも読まれていたようで追跡者たちはかなり北側で東へと進路を変えた。


「振り切れません!」

二足鹿(ヴェイツ)が走れなくなるまで追ってくるつもりだろう。」


 騎士たちは焦ったように声を上げるが、ネゼキュイア側もこの追跡を諦めるつもりがないのだろう。

 先行の利を活かせないように真後ろを避け、どこまでも追ってくる。


 最初に出会ったときは対人戦の基本も分かっていないようだったのに、よくこの短期間で学習したものだと思う。おかげで、やりづらいことこの上ない。


 非常に忌々しいが、そんな感情にとらわれていては先がない。冷静に対処法を考えねばならない。


 とりあえずは、体力と魔力の回復に努めるのが最優先だ。背負い鞄からパンを取り出して齧りつく。そんな姿をフィエルナズサにでも見られたら、また貴族としての品格がなどと言われるだろうが今はそれどころではない。


 騎士たちにも可能な限り鞍の上でそれぞれ食事をしておくようにと伝える。ミュンフヘイユらは、そのような指示をするといつもは嫌そうな顔をするのだが、今回ばかりは即座に従い鞄の口を開ける。


 腹を満たすのも大事だが、何とかして追跡者を振り切るなり撃退する方法も考えなばならない。具体的には、地形的に有利を取れる場所についてだ。


 援軍を期待できない以上、私たちだけでどうにかするしかない。

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