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493 睨み合い

 いつ、どこから本隊が攻めてきても対応できるように待っていたが、二時間経っても三時間が過ぎてもどこからも報告はやってこなかった。


 夕方になってやっときた報告は、東に回り込んでいた部隊が北へと戻っていったということだけだった。


「騎士や兵は一度戻って休ませておくと良い。だが、見張りは必要だ。文官を出すと良いだろう。」

「文官をですか?」


 私の意見に小領主(バェル)は驚いたように聞き返してくるが、文官でも見張りくらいならばできるはずだ。ずっと前面に出ていた騎士には食事と休憩が必要だ。


「出るぞ、ソルニウォレ。私ならば、騎士を交代させるところを狙う。」


 町に戻ろうとする騎士は、少なからず緊張が抜ける。攻めあぐねているならば、その隙は好機と捉えるだろう。


 昼間にゆっくりと休んで、二足鹿(ヴェイツ)もそろそろ動き回りたい頃だろう。騎乗して南東側から町を出る。

 道の途中で引き上げてきた騎士から敵がいた場所について説明を受けると、畑の外側に沿って東から北へと回っていく。


「罠を残していっている可能性がある。草むらの中は注意をしておくように。」


 ネゼキュイア側にも十分な時間があったのだから、毒の刃を仕込んでいるくらいは想定しておくべきだ。長く伸びる草は風で一度薙ぎ倒してから進んだ方が良い。


 警戒しながら敵が陣取っていた場所に近づくと、風でいくつもの小片が吹き飛んでいった。


「何かありますね。」

「毒に気をつけよ。木片がこのような場所にあること自体がおかしいだろう。」


 周囲は背の高い草は生えているが、大きな木は近くに見当たらない。そんなところに無数の木片が転がっているのは明らかに不自然だ。


 野営の道具ならば、残していくはずもないし何かを仕掛けていたと考えるのが妥当だろう。まとめて焼き払うと町の北へとまわっていく。


 索敵に集中しながら進んでいくも、特に敵らしき気配はない。何もしないで引き返して終わるはずがないと思っていたのだが、騎士の部隊が近づいてくる様子は全くない。


「本当に何もないならば、それに越したことはないですけれど、何か引っかかりますね。」

「まさか、他の町へ向かったか?」

「その可能性はあるが、今確認する術はない。」


 ネゼキュイアの動きが読めないことは苛立たしいが、それに振り回されてもいけない。


「大きめにもう一周し、姿を確認できなければハリョニオへ向かおう。」


 そこに敵の部隊がなければ、どこへ行ったのか探さなければならないだろう。私を無視して東へ進むこともないと思うのだが、それも絶対ではない。私には思いつかない策が用意できれば、進攻を再開するに決まっているのだ。


 とはいえ、エゼエミの近くで油断するのを待っている方が可能性として高い。索敵を怠れば、町が滅ぼされてしまうだろう。


 そう思って畑の外縁から数千歩外側をまわってみるが、やはり敵の姿はなかった。待機や休憩していたような跡すらも見つからない。


 一度町に戻って小領主(バェル)にその旨を報告すると、ハリョニオへと向かう。


 もう陽が沈んでしまい辺りは暗くなってくるが、このまま敵の動向が分からないままでもいられない。

 空は曇っていて星あかりもなく、周囲はほとんど見えはしない。闇の中に二足鹿(ヴェイツ)の目だけが浮かんで見えるが、それも少し離れてしまえば分からない。


 暗闇の中を北に向かっているはずだが、相変わらず敵の気配は少しも感じない。時々、向かうべき方角から逸れてしまっているのではないかと思ってしまうが、しばらく進むと前方に微かな光が見えてきた。


「あれはハリョニオだろうか?」

「よく見えませんね。もう少し近づかねば判断は難しいでしょう。」


 夜目の効く騎士でも何の光であるか判然としないということで、さらに接近することにする。もしかしたら全然違う町に来てしまったかもしれないが、正面方向に何者かがいるのは間違いないだろう。


 暗闇の中を歩いていても、畑に差し掛かれば何となくそれと分かる。周囲の匂いや空気がなんとなく違うのだ。畑には独特の雰囲気というものがある。


 町へと続く道を見つけて近づこうとすると、風で何かが飛んでいった。ガラガラと派手な音を立てていることを考えると、敵の接近を報せる目的の仕掛けもあるのかもしれない。


「どうしましょう?」

「このまま進むのも難しいな。何が仕掛けてあるか分からぬ。」


 爆炎や飛礫の魔法を立て続けに放って進めば、罠を全て吹き飛ばしていくことも不可能ではない。落とし穴なども、あると分かれば二足鹿(ヴェイツ)ならば対処できるだろうと思う。


 だが、突破方法を見せてやればネゼキュイアの攻撃を早めてしまうだけだ。ここは引き下がるしかなかったと思わせておいた方が良いだろう。


「東側に回り込み、罠があるかを確認する。あればネゼキュイアの隊がここにあると考えて良いだろう。」


 騎士だけでこのような罠を設置できるとは思えない。畑での収穫もそうだが、工事や工作も行える兵を連れているはずだ。


 罠が南の一箇所だけならば、エゼエミに来た部隊の中に工作班もいたと考えることもできるが、人数的に複数箇所を賄えるとは到底思えない。


 東へ進みながら時折左に向けて暴風の魔法を放ってやれば、やはり何かが飛んでいくような音がする。それは東へ回り込んでみても同じことだった。


「エゼエミへ引き上げる。これ以上探してみても、ここで得られるものは無いだろう。」


 無駄だと判断したら、余計な体力を使うのは控える。この数日はゆっくり休むことができていない。自覚がなくても疲労が溜まっていると思うべきだろう。


 帰り道は途中から小さな火球で道を照らしながら進む。明かりがなくても二足鹿(ヴェイツ)は進むが、乗っている私たちの精神的疲労がつらい。


 敵に発見される危険性は上がるが、町に戻るところを見つかることによる不利益は少ない。


 夜が明ける前に町に着き、二足鹿(ヴェイツ)の馬具を外してやって水や餌を与えていると東空が白んでくる。


 日の出を待って邸に入ると、小領主(バェル)にハリョニオの様子を報告した後に私たちは客室で休ませてもらう。生活の昼夜が逆転してしまっているが、致し方がないだろう。


 何かあれば起こしてくれと言っておいたが、昼過ぎに目を覚ますまで特に何もなかった。


「町の周辺に敵の影はないとのことです。本当に数日は攻めてこないのでしょうか?」

「戦略的には、この町を攻撃する意味はあまりないのだ。東に進んだときに背後から攻撃される不安材料を消したいというだけであろう。」


 町が防衛に徹していて騎士が外に出てくる様子がないならば、無理に責める必要がないのだ。それでも何とかして攻め落とそうとするのは、私がいるからだろう。


 私がこの辺りにいることを全く知らなければ、完全に無視して構わない町であるはずだ。孤立した町であれば支配下に置くことも難しくないし、わざわざ時間をかけて攻撃するのは悪手と言える。


 そんなことをしている暇があるならば、モジュギオ公爵やピンツェボン侯爵の戦力を削るために力を注いだ方が良い。


「作戦を立て準備が整うまでは攻撃してこないとのことですが、その、数日後に攻撃してきた場合の対処法などはあるのでしょうか?」

「町を無事で済ませる方法は無いと言った方が正しい。住民には可能な限り避難させた方が良いだろう。」


 ネゼキュイアが本気で攻めてきた場合、少なからず被害が出ることになる。人的被害を最小限にしたいならば、予め避難させておくのが一番良いだろう。今から移動すれば、二日後にはモジュギオ公爵領に入る。


 ミュンフヘイユからの連絡もそろそろ到着しているはずだし、モジュギオ公爵も避難民の受け入れのために動きだすだろう。


「この町を落とすのは簡単ではない、と思わせれば無理を押して滅ぼそうとはしないはずだ。ネゼキュイアにはそもそもそんな余裕がないのだ。」


 どんどん東へと攻め進んでいくつもりだったのに、こんなところで何日も足止めをされてしまっているのだ。焦る気持ちが全くないなんてことはあり得ないだろう。


 その上で、私がネゼキュイア軍の背後から攻撃を仕掛ければ、町への攻撃どころではなくなる。


「この町を落とすために、大きな犠牲など出していられないと言うことですか。」


 少し吹っ切れたように小領主(バェル)は言う。

 その評価は小領主(バェル)としては不満なのかもしれないが、攻撃の対象外となっていた方が気が楽なはずだ。

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