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492 防衛の準備

 前後から近寄ってきたネゼキュイアの騎士を全て倒してハリョニオから一旦離れると、エゼエミとの中間あたりから西にずれたところで野営を張る。


 日中は十分に距離を取って休んでおき、陽が沈んだら再び攻撃するためにハリョニオへと近づくと、畑に潜む騎士の気配はなくなっていた。


「無駄な損耗になると分かっていて、そのままにするはずもないか。」

「これは本当にやりづらいですね。これで町に入らなければ、魔力の気配を察知していることが露呈してしまいます。」

「いや。まだやりようはある。南と東に続く街道を潰す。」

「街道を、ですか?」

「道そのものを通行不能にしてしまえば、進行の妨害となるだろう。」


 水の槍を路面に向けて撃ち続けていれば、道はその役割を果たせなくなる。人夫に工事をさせれば再び通れるようになるが、ネゼキュイア軍の足止めにはちょうど良いだろう。


 町の東から始め、一晩かけて南と西の街道まで通行不能にしてからエゼエミの町へと引き上げる。


「ネゼキュイアがこの町を襲うならば、おそらく今日だ。西から北の警戒を厚くしておいてくれるか。」

「今日でございますか?」


 小領主(バェル)に告げると、顔を引き攣らせて聞き返してくる。その態度にソルニウォレは不愉快そうな顔を見てするが、小領主(バェル)の立場からすると信じたくないというのは当然だろう。


「逆に、今日来なければ、数日は大丈夫だろう。」


 そう付け加えるが、そんなことは気休めにもならない。小領主(バェル)が急いで騎士に指示を出すと、大慌てで町の周辺の見張りに出ていく。


「数日は大丈夫というのはどのような根拠なのでしょう?」

「ネゼキュイア側は私がこの町にいることを知っている。時間を置けば、町の防御体制がより強固なものになるのは当然だろう。どのような罠があろうとも打破できる策と準備をしようとするだろう。」


 とはいえ、あまり時間をかけすぎることもできない。私の目的が足止めであることは明白なのだ。遅くとも二週間もすれば、援軍が到着してしまうことくらいは予測しているだろう。


 問題は、敵の予測がいつくらいを想定しているかだ。


 私が戦地に着いて数日が経っていることはネゼキュイア軍でも周知のことだろう。ウンガスの騎士の多くが馬に乗ることは知らなはずがないし、使える二足鹿(ヴェイツ)の数が少ないことも気付いているだろう。


 ここから王都や公爵領までの距離をどれだけ正確に知っているのかで、予測値の振れ幅が変わる。


「そういえば、其方(そなた)はネゼキュイアの王都がどこにあるか知っているか?」

「ネゼキュイアの王都ですか? 申し訳ございませんが、聞いたことがございません。」


 小領主(バェル)に聞いてみるが、困ったように首を横に振る。文官や商人で知っていそうな者はと確認してみても、やはり心当たりはないらしい。



 聞くところによると、ネゼキュイアの国の規模はバランキル王国と然程変わらないと思われる。

 そこで、ブェレンザッハが王宮からの援軍を期待する場合を考えてみる。

 使者は二足鹿(ヴェイツ)で走るとして、王都に着いてから援軍がブェレンザッハに到着するのは、どれだけ急いでも二週間を要するだろう。


 先発の二足鹿(ヴェイツ)隊と馬車の速度差から遅れる日数を考えると、十二日といったところである。私が初めてネゼキュイアに姿を見せてから既に八日、ということは猶予は四日ということになる。


 実際には、ウンガスの王都からの援軍がそんな短期間でくることはない。準備が整ったものから出発したとしても、最短であと六日ほどは必要だ。普通に考えれば二週間ほどは見ておいた方が良いだろう。


 それを説明すると、小領主(バェル)も目を閉じて呻く。


「二、三日で避難を完了するのは簡単ではありません。」

「であれば、迎え撃つ方向で準備するしかない。罠の設置を進めていくと良いだろう。」


 落とし穴を掘ったり、畑道に毒を塗った刃を仕込むなどは兵や農民、その他市民でもできることだ。


「罠、ですか?」

「そうだ。騎士よりも馬を狙うと良い。」


 罠というと大仰だが、足を取られる程度のものでも馬が相手ならばかなりの効果がある。二足鹿(ヴェイツ)だと少々の悪路はお構いなしに走破してしまうが、馬はあると思っていた足場がないだけで転倒する。


 ネゼキュイアは直径が二歩ほどもあり深い大きな落し穴を頑張って掘っていたが、そんな苦労をする必要はない。


 大きさも深さも手の平より少し大きい程度で良い。穴を掘ったら軽く藁でも入れてその上に砂利を置いてやれば一見して穴があるとは分からなくなる。


 そんな穴では敵の進行を止めることはできないのではないかと疑問が上がるが、完全に止める手立てなど存在しない。


 とにかく、敵の動きを少しでも遅らせる策をいくつも用意するしかない。


 敵の接近が明らかになったら、進路付近の道や畑に大量に魔力を撒いておくのも有効だ。特に防風林の前後は待機場所とすることも多いため、広めに撒いておくと良い。


「他にも、道いっぱいに汚物を撒いておくこともできるし、弓兵を敢えて町の外に隠して待機させるなども効果があるだろう。」


 町の周辺は平坦であるため、ブェレンザッハで多用していた上からの攻撃という手段は使えない。大規模な工事などしている時間もないし、できることは少ない。


 だが、少ないだけであって、全くやりようがないわけでもない。


 いくつか案を挙げると小領主(バェル)は酷く苦い顔をするが、可能な限りやってみようということで話がついた。


 その後は騎士用の部屋で休ませてもらう。客室をと言われたが、ネゼキュイアの攻撃があった場合は一秒でも早い対応が必要になる。



 軽く湯浴みをして休んでいると、激しい鐘の音で目を覚ました。


 飛び起きて窓の外を見ると、空はまだ明るいどころか、夕方という時間にもなっていない。すぐに部屋から出てエントランスへ向かうと、小領主(バェル)も廊下の奥から駆け足でやってきた。


「敵の位置と規模は?」

「北東部に四百から六百規模の部隊を発見したとのことです。」


 答えるのは小領主(バェル)と一緒にやってきた騎士だ。


「数千、ではないのか?」

「そこまでの数は確認できていません。多くて六百程度です。」


 念のために確認してみるが、敵と思しき一団を発見した本人らしく、騎士は自信を持って答える。


「他の部隊が確認できていないならば、ただの威嚇行為である可能性が高い。町中の馬を集め、数を揃えて相対するのが良いだろう。」


 向かうのが全て騎士である必要もない。既に戦力を集めているのだと見せかけておけば、少数での攻撃は避けようとするだろう。


 もちろん、北東の部隊は陽動で別の場所に本隊が待機している可能性もある。それを考えると、私はまだここを離れるべきではないだろう。


「とりあえず、敵の進路を塞ぐように魔力を撒いておくと良い。馬を失ってしまえば、六百の騎士は大した戦力ではない。」


 周囲に大量の水を撒いておくだけで、ほとんどその場から動けなくなるような集団なんてものの数ではない。

 もちろん、六百の騎士全てが馬を失うほどの間抜けではないだろうが、攻めてこれずに引き返すだけでもエゼエミの防衛は成功と言えるのだ。


 すべきことを伝えると、騎士は大急ぎでエントランスを出て大声で周囲の者たちに指示を出していく。


 準備ができた者たちから次々に門を出ていき、数分もすると周囲にはほとんど人がいなくなる。


「敵を倒さずとも良い、か。」

「納得いかぬか?」

「いえ、敵の戦力がそのまま残っているのは不安ではありませんか?」

「叩き潰すのはこちらの戦力が整ってからだ。今、無理をする必要はない。」


 小領主(バェル)の騎士をぶつけることで敵の数を減らしていくことはできるだろうが、損失が出ることも避けられないだろう。


 戦力を出し惜しみしていても仕方がないが、今は出す時ではないと思っている。



 厩舎で二足鹿(ヴェイツ)の面倒を見ながら続報を待っていると、一時間ほどしてから一人の騎士が戻ってきた。


「北東の敵が東へ移動しています。何かした方が良いでしょうか?」


 敵に動きがあったことで指示を仰ぎにきたようだが、その報告では分からない。


「互いの損害次第だ。馬と人と分けて報告せよ。」

「申し訳ありません。我々は人も馬も、兵を含めて損害ありません。敵は十五、六の馬を失っています。」

「ならば、特に打って出る必要はない。対峙を続けていれば良い。」


 ただ睨み合っているだけでも体力を使うが、疲れるのはネゼキュイア側も同じだ。損失の差を考えると、精神的疲労は敵の方が上だろう。


 私が出てこなければ軽く蹴散らせるなどと思っていたのならば、この状況はかなり不愉快だろう。

 本隊の方はさらに焦れているだろう。北東の部隊が陽動ならば、そろそろ待ちきれずに攻撃にやってくる可能性がある。

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