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491 嫌がらせ

「これは燃やしていく。」


 恐らく、最後の信号により見張りが襲撃されたことは本隊にも伝わっているだろう。ならば、全滅したと分かりやすく示してやった方が良い。


 遺体を集めるとともに周辺の草を土に埋め水を撒いて延焼防止処理をしてから火を放つ。その辺りの手順は魔物退治と変わりがないし、騎士たちも手際よく進めていく。


 二分もあれば作業を終えて、遺体の山は黒煙を上げる。

「一旦、ここから離れる。北からハリョニオの西側へ回り込む。」


 私たちが付近にいることは示せているのだ、わざわざ罠を張って待っていると思われる所に近づくこともないだろう。それよりも、エゼエミに直接向かって無事を確認した方が良いかもしれない。


「エゼエミへ向かうことは私も賛成です。ネゼキュイア軍が近づいていることは彼らにとっても重要な情報のはずです。」


 全軍で襲われれば勝ち目などないだろうが、事前の情報があれば、少数の斥候の撃破くらいならば小領主(バェル)の騎士でも不可能ではないだろう。


 それに、今からでも避難できるものはさせた方が良いだろうとは私も思う。


 意見の一致をみたならば、速やかに行動に移すだけだ。とりあえず北西へと進み、ハリョニオを大きく回り込むようにしてエゼエミへと向かう。


 特に急がずとも、二足鹿(ヴェイツ)の足ならば半日もかからずにエゼエミに到着する。遠目に見ても畑で仕事をしている農民らしき姿もあれば、恐らく収穫物を運んでいるのであろう荷車もある。


「今のところ、ここは無事なようだな。」

「急いで小領主(バェル)に面会しましょう。」


 今無事だからといって、ネゼキュイアが今後も攻めてこないなんてことにはならない。敵が南下してきている以上は、警戒するに越したことはない。


 小領主(バェル)の邸に向かうと、シェルニオからハリョニオでのネゼキュイアの動きについて説明をする。


「そう遠くない未来に、我が町も攻撃を受ける可能性が高いということですな?」

「そうだ。住民を避難させるならば、この二、三日内にということになる。」


 ネゼキュイア軍は慎重に動くようになるだろうが、いつまでも何もしないでいるわけではない。何らかの対抗策を立て、準備が整えば再び攻撃を開始するだろう。


 それまでに私がするべきことは、とにかく嫌がらせを繰り返して準備を妨害することだろう。


 その日は小領主(バェル)邸で休ませてもらい、深夜のうちに町を出発する。

 暗闇の中を北へと進んでいくと、特に敵に見つかることもなくハリョニオの畑の外縁に着く。ここまでは、順調に進んでいるが、問題はこの先だ。


「これは、面倒だな。」


 畑の中に点在する騎士の気配に、腕組みをして考える。ハリョニオにかなりの数の騎士がいることが明らかになったということで一度退いて作戦を考えるべきだろうか。

 あるいは何かを仕掛けて反応を見た方が良いのか、判断が難しいところである。


「少数でしか配置していないのであれば、外側から叩いていけば良いのではありませんか?」

「そう思わせるための配置だろう。畑の中に落とし穴や毒槍など、どれだけ仕込まれているかも分からぬ。」


 それに、もう一つ重要なことがある。


 私たちが優位に戦える理由に索敵能力がある。そろそろ敵も、私たちが視覚に頼らずに索敵できることに気づき始めていると思った方が良いだろう。


 だが、できるだけ確信できるような情報は与えたくない。『もしかしたら』と『間違いなく』では対策の仕方も変わってくるだろう。魔力の気配を頼りに索敵し始める可能性すらある。


「点在する伏兵の()()を走っていれば、敵の居場所を知る術があることが明白になる。どのような方法であるかまで暴かれれば、かなりの優位性を失うことになる。」

「しかし、ここで引き返すのも不自然ではありませんか? 伏兵や罠に気付いたことになりますよね?」


 ソルニウォレが指摘するが、だから難しいのだ。ある程度は罠に飛び込んでいくことも覚悟すべきなのだろう。


「あまり気は進まぬが、乱暴な方法を取ることも考えねばならぬか。」

「乱暴な方法とは、どのような?」

「畑を焼く。」


 道を進みながら左右の畑に火を放ってやれば、潜んでいる騎士も奇襲するどころではなくなるだろう。無差別に焼いていけば、どこにいるか分からない伏兵への対策と理解さらるだろう。


「伏兵があることを知っていることを疑問に思われないでしょうか?」

「平民の兵を伏せていることが予想される場合と、そう変わらぬと思うが?」


 とにかく片っ端から飛礫や水の槍を打ち込むことは今までもしている。ネゼキュイア軍が拠点としている町への延焼を防ぐために騎士を出さざるを得なくする作戦、と考えればそれほど不自然な方法でもないだろう。


「作戦の意味は理解できますが、可能ならば避けたいですね。」

「私も畑を焼くなどしたくない。」


 騎士や農民がどれだけ苦労して豊かな実りを得られるのかは、よく知っている。

 この辺りの畑は私が管理していたものではないが、他人の畑だから焼いても良いなどと思うこともできない。


 もっと上手い方法があれば良いのだが、簡単に思いつくものでもない。


「畑ではなく、畑の上に炎を放つのではダメなのでしょうか?」


 考え込んでいると、ぽんと手を打って騎士が提案してくる。

 本当に畑に火を放たずとも、作物の少し上に火炎旋風を浮かべてやれば、ネゼキュイアの騎士たちは出て来ざるを得ないのではないかという案だ。


「なるほど。防風林の影に隠れて、出てきた騎士を奇襲してやれば良いということか。」

「水の槍で周囲を片付けながら近づいた後にそれをやれば効果は高そうだな。」


 方針が決まると少し西に移動して、町の南西部を目指して進んでいく。

 畑に点在する騎士の多少は気にしない。とにかく町の西端に当たりそうな道を選んで進んでいく。


 周囲に暴風で矢除けの防御を展開するのはいつものことだ。魔力の気配の有無に関係なく、周囲に水の槍をこれでもかというくらいに撃ちながら進んでいく。


 道の上は飛礫で薙ぎながらゆっくり進めば、落とし穴や隠し槍を破ることも問題ない。


 防風林を二つ越えたところで、右後方の畑の上に火柱をいくつも並べ、さらに火炎旋風を猛り狂わせる。



 凄まじい勢いで噴き上げる炎は、防風林の向こう側からでも見えるのだろう。あちこちから叫び声が上がり、周囲の気配が動きだす。


 藪の中に隠れるようにしていればネゼキュイアの騎士が次々と集まってきて、防風林を越えていく。私たちの十歩ほど先を走っていく者もあるが、全くこちらに気付いている様子もない。


 防風林を越えた者たちが浮かぶ火炎旋風を見て何やら大声で叫んでいるが、それで何かできるわけでもない。

 宙に浮かぶ火炎旋風を消す術はないし、消す意味もない。


 そして、それに気付いた時にはもう遅い。


「行くぞ。こちら側に集まっているのは全て倒してすすむ。」


 そう言って指示を出すと、二足鹿(ヴェイツ)は一跳びして道の上に出る。


 騎士とともに前後左右の全てに向けて飛礫を放ち周囲を一掃すると、南へと進む。


 何事かと振り返る者もいるが、それでは遅いのだ。異変を感じたら即座に攻撃か防御に動くべきだろう。

 あっという間に飛礫の嵐に呑み込まれ、三十ほどの騎士が吹き飛んでいく。


 あとは来た道を引き返していくだけだ。右側からは騎士がいくつも近づいてくるが、左側は火炎旋風を恐れてから近づいてくる者はない。


 ならば、右にも火炎旋風を浮かべてやれば良いのではないだろうか。試しに放ってみると何人かが炎に呑み込まれ、免れた何十人かは距離を取る動きをする。


 徒歩で身を屈めれば火炎旋風の下を潜り抜けてくることは可能なはずだが、それをやろうとする者はいないようだ。


 何故だろうかと一瞬だけ疑問に思ったが、ネゼキュイア騎士からは絶対に罠だとしか見えないだろうと気付いた。


 安全な場所があると見せかけて、炎を落とすくらいはしてくると思っているのだろう。

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