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490 個別撃破

 いくつかの作物を収穫加工すると、東へ移動する。


 畑の道を進んでいると、中途半端に収穫した跡がいくつかある。元々の町の者が収穫していた途中だった区画もあるだろうが、時期的に麦畑などはおそらくネゼキュイアの手によるものだろう。


「穂先ばかりが刈り取られているが、これでは以降の処理ができぬのではないか?」

「収穫方法を知っている者がいないのだろう。食料を調達したければ、もっと楽なものがいくらでもある。」


 いつ、敵がやってくるかも分からない中で悠長に収穫や加工などしていられないはずだ。多くの人手と時間を必要とする麦の優先度は限りなく低い。


「食料の補充は上手くいっていないと考えて良いのでしょうか?」

「それも安易すぎるな。乾燥加工まで済んでいる野菜は奪われていると思った方が良いだろう。」


 ネゼキュイア軍の持つ食料の残量が分かれば良いのだが、今のところそれを推定できる情報はない。

 食料調達のために町や村を襲うことは十分に考えられることとしておくべきだろう。


 それを考えると、じっと隠れて敵の動きを窺うのは良策ではないのだが、私たちも休まなければその先がない。

 休んでいる間にも町や村が襲われると考えると、決して気持ちの良いものではないが、全てを守る方法などないのだから、こればかりは諦めるしかない。



 防風林の脇で軽く昼寝をしていると、昼過ぎごろに騎士と思しき気配が近づいてきた。

 獣の吠え声とともに町の方からやってくることから、おそらくネゼキュイアの騎士だろうと思われる。


「このままだと見つかりますね。どういたしましょう?」

「いつでも二足鹿(ヴェイツ)に乗れるよう準備をしておけば良い。」


 昼間に二足鹿(ヴェイツ)に乗って移動していれば、とても目立つ。偵察部隊ならば、私たちを見つけ次第すぐに引き返すだろう。


 追いかけていけば目の前の偵察班を倒すことはできるだろうが、発光信号を上げて情報伝達係に伝えられたら、それを止めることはおそらく不可能だ。


 私たちの取るべき行動としては、発見される前に偵察班を倒すのが最善だ。幸いなことに、防風林の向こう側からやってくる者からはこちら側は見えない。進んでくる道の脇に潜んでいれば、敵に見つからずに姿を確認することもできるだろう。


其方(そなた)らはすぐに出発できるよう準備を整えよ。」

「お待ちください、ティアリッテ様。」


 敵の撃退に向かおうとしたら、騎士全員に止められてしまった。このような場面で私一人が突出するのは騎士としては認められないらしい。


「ならば、偵察の対処はソルニウォレにお任せします。こうしている間にも近づいてきていますから、急がないと見つかってしまいますよ。」


 移動速度から察するに、敵が乗っているのは普通の馬だろう。ソルニウォレならば、見つかったところで押し負けることはないと思うが、敵に何もさせない方がより望ましい。


 少し離れたところでじっと動かないでいれば、偵察部隊が防風林を抜けてくるのが見えた。そして、獣が吠え声を上げたところで大量の雷光が撒き散らされる。


「すぐに動くぞ。」


 私の感じられる範囲に魔力の気配はないが、騎士が倒れるところを兵が見ていた可能性は否定できない。偵察班を倒したからと安心してのんびりとしているわけにはいかない。


 ソルニウォレの二足鹿(ヴェイツ)も連れて移動すると、偵察班の容貌と所持品を確認する。そして、追跡用の獣を確認することも大切だ。


「これは狼か?」

「猟犬の類ではないかと思います。」

「私の知る猟犬とは、随分と異なっているな。」


 猟師が獲物を追い立てるために犬を使うことは知っている。先年のウサギ狩りでは、猟犬が野原を駆け回っていたのを何度か見たことがある。


 その時に見た猟犬は、灰色の体躯に短く尖った耳がぴんと立っているものだった。


 一方で、この獣の頭から胴は赤茶けた体毛に覆われ、耳は長く垂れている。毛のほとんどない尾は細長く、まるで鞭のようだ。


 見た目はまるで違うが、実際に私たちの跡を追ってきているところを見ると能力は確かと言えるだろう。それを三頭を仕留めることができたが、全部で何頭を連れてきているかも分からないため、安心する材料とはならない。


 偵察班の持っていた荷物も調べてみたが、特に新しい情報となり得るものは見当たらない。持っていたナイフと短剣だけ取り上げて、他は全て放置する。


「別の道よりシェルニオの町の中に戻り、その後に南へ向かう。」


 町の中心部付近の道は石畳で覆われている。そこを経由すれば足跡を辿ることは相当に難しいはずだ。その上で周辺全てに大量の水を撒いてあらゆる痕跡を洗い流してしまえば、追跡の難度はさらに上がる。


 シェルニオを出ると、街道からは少し外れたところを通ってハリョニオの町を目指す。

 ネゼキュイア軍が拠点を移した先である可能性が高いが、だからこそ確認をしておくことは重要だ。



「ネゼキュイア軍がハリョニオにいるならば、エゼエミの町も危ないのではありませんか?」

「既に攻撃されている可能性もあるが、私の居場所が分かっていない以上、軽々しく動けないでいることも十分に考えられる。」


 ソルニウォレは不安を口にするが、おそらく私がこの辺りにいる間はネゼキュイア軍も迂闊に動けないでいると思う。


 私を危険視している様子であるのに、別の何かに注意を向けてしまうことはしないだろう。

 私の当面の目標は、その状態をできるだけ長く維持することだ。


「何にせよ、敵の本陣を見つけ出す必要はあるし、攻撃を加えていかねばならぬ。」

「ティアリッテ様、我々だけでの攻撃はあまりに危険です。ミュンフヘイユが離れ戦力が低下している今は、少々の犠牲は覚悟の上で隠れているべきと具申いたします。」

「危険など最初から承知のことのはずです。貴方(あなた)たちは、意思と覚悟が足りないのではありませんか?」


 危険だから退がるべきなどと言うならば、最初から出てこなければ良いのだ。安全に敵に対処するには、十分な時間と人手が必要なのだ。それがない今は、何らかの危険を冒して敵に当たらねばならない。


 とはいえ、安全を考えるのは悪いことではない。危険など冒さなくても良いもっと上手いやり方があるならば、それを提示するのは大切なことだ。


 しかし、言葉だけで諭したところで、意思を固めることも覚悟を決めることもできないだろう。


 どうしたものかと思うが、ここより西の町を巡って惨劇の跡を探しているような時間の余裕はない。もしハリョニオに誰もいなかったら、そこで痕跡の調査をするくらいしかないだろう。



 一度休憩を挟みハリョニオに近づくと、突然左前方で黄色い光が発せられた。


「何の合図だ? まさか、見つかったのか?」


 思わず声を上げてしまうが、それに答えられるものはないか。

 見える範囲に動くものがないか、あるいは別の信号が出たりはしないかと足を止めて周囲を窺っていると、同じ場所から今度は赤い光が上がる。

 何の合図だか分からないが、監視されているような非常に不愉快な気分である。


「西へ移動する。」


 その場に留まっていても何も良いことはないだろう。進む向きを変えて歩き始めると、今度は黄緑の光だ。

 こちらの行動に合わせて光が発せられるところを見ると、見つかったと考えて間違いないだろう。


「こんな所で見つかるのは想定外です。どんな罠を用意しているかも分かりません。一度退いて、相手の出方を窺うべきと思います。」

「退く前にすることがある。進路はこのまま駈歩(かけあし)、全員、目を閉じよ。」


 こちらを注視しているならば都合が良い。二足鹿(ヴェイツ)の頭にマントを被せると、光の方向へ向けて特大の雷光を放ってやる。


 薄く片目を開けて見ていると、昼間であるにも関わらず視界が白に染まる恐ろしい光だ。加えて体を打つほどの轟音が通り抜けていく。


「全員、反転せよ。全速であの光へと向かう。」


 この光で、敵は一瞬こちらを見失うだろう。その間にどれだけ移動してしまえるかが勝負だ。


 二度目ということもあるからか、二足鹿(ヴェイツ)は落ち着いている。合図を出してやればくるりと向きを変えて猛然と加速を始める。


 二足鹿(ヴェイツ)の全速力は本当に凄まじい。鞍の上で伏せるようにしていなければ、当たる風で前を見るのも難しいくらいだ。


 十秒もすれば高く組み上げた木の台と、その周辺を守る騎士を見つけ、その数秒後に正面から赤と黄の光が立て続けに上げられる。


「二人づつ左右に展開、最大距離で前方への攻撃を開始せよ!」


 速度を落として叫ぶと、すぐに騎士たちは動く。


 風と飛礫が草原を薙ぎ倒して進めば、伏兵も何もないだろう。

 所々に掘られた穴も露わとなってしまえば、二足鹿(ヴェイツ)の足を緩める程度の効果もない。


 十数いた騎士は反撃することも叶わずに飛礫に打たれて倒れ、見張り台もあちこちが砕けて原型を止めていない。


「完全に見つかってしまいましたね。」

「こんな見張り台など個別撃破されるだけだと思い知らせてやった効果はあるだろう。」


 あれだけ光の合図を出していながら、他の班や本陣に何も伝わっていないことはないだろう。

 こんなやり方では被害を増やしていくだけだと分かれば、動きはもっと慎重なものになるだろうと思う。

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