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488 離脱

 音を立てて気付かれてしまうためなのだろうか、敵の移動速度はゆっくりとしたものだ。包囲が完成するまでまだ間があるだろうと用を足し荷物をまとめていても、その動きには目立った動きはなかった。


 続々と北からやってくる騎士が西や東から回り込んで、手薄だった南側の厚みを増していく。


「ネゼキュイアは我々がまだ気づいていないと思っているのでしょうか?」

「恐らく、それを知る術がないのだろう。迂闊(うかつ)に偵察を出せば、逆にこちらに知られる危険性の方が高い。」

「とすると、包囲が完成しつつある今ならば、偵察が来る可能性もありますね。」

「いや、本当に来たようだぞ。」


 話をしていると、北の方から近づいてくる気配があった。


「あの偵察班は無視する。西側へ寄ってやり過ごした後に包囲部隊へ突撃する。」


 指示を出すとすぐに二足鹿(ヴェイツ)に乗り、二列縦隊で北西へと進む。


 向かってくる偵察班の動きは極めて遅い。私たちに見つからないようにと慎重に動いているのだろう。

 それが過ぎるのを待つべきか考えていると、左の方で獣の吠え声が上がった。


 一体何があったのかと思ったのも束の間、爆炎が壁のように並んだ。十数秒もすれば爆炎の壁は全方位に広がり、さらに距離を詰めてくる動きを取る。


 ネゼキュイア軍が攻撃態勢に入ったのは、獣が騒いだためだろう。好ましい状況ではないが、何があったのかようやく分かった。


 夜の闇の中でも獲物を追う獣はいる。それを使って私たちを追尾したのだろう。火柱の壁を突破してしまえば朝になるまでは追ってこれないと思っていたのだが、周到な罠を仕込む者を相手に甘すぎる考えだった。


 この念の入れようには舌を巻く。どうやら敵は、何が何でも私を追い詰めて討ち取りたいようだ。



「こちらも進む。」


 完全に先手を取られるのは想定外だが、やるべきことはそう変わらない。北側へと進んでいき、爆炎の壁から五十歩ほどの距離で足を止める。


「こちらも爆炎を撃っていく。敵の爆炎に重ねるように始め、足を止めたまま爆炎の位置を前方に進めていけ。」


 指示を出して私も爆炎を大量にばら撒く。それを二足鹿(ヴェイツ)が歩く程度の速さで前へと進めていくと、敵の動きに変化が起きた。


 前進してきていた部隊の足は止まり、それと共に爆炎の壁も動きが止まる。こちらも足を止めたまま、さらに前方へと爆炎を放っていくと、前方の部隊は徐々に後退を始めた。


 爆炎の壁が退いていけば、私たちはその分だけ前に進む。


 これで、魔法の届く距離に差があることはネゼキュイアにも知られたことになる。この場にいる全てを倒すことなど到底不可能だし、明日には情報は部隊全員に共有されるだろう。


 距離の差への最も分かりやすい対処法は命を顧みずに突っ込んでいくことだ。複数人で突撃すれば、誰か一人の攻撃が届く可能性がある。


 敵が動き出すのを待ちはしない。こうしている間にも包囲はどんどん狭められている。背後から攻撃される前に正面を突破しなければならないのだ。


「最大距離での飛礫の魔法に切り替えよ!」


 指示を出すとすぐに効果が現れる。

 数秒もすれば正面に並ぶ敵の爆炎の数は三分の一以下まで減っていた。手前側に重なるように撃たれていた爆炎は全てなくなり、奥の方に散発的に撃たれているだけならば十数歩は前に進んでいくことができる。


 左右にも飛礫の魔法を断続的に放ってやれば、側方の敵も近づいてくることもできない。気をつけるべきは勇者の炎の奔流だが、近くにいないのか撃ってくる様子もない。


「包囲を抜け次第、北西へ!」


 前後左右に飛礫を放ちながら進んでいれば、正面の敵はどんどん後退ていく。それでも頑張って爆炎を放ってくるが、数が少なすぎる。


 手薄となった左斜め前に向けて二足鹿(ヴェイツ)を加速させれば、馬に乗るネゼキュイア騎士では追いついてくることもできない。


「やっと抜けられましたね。」

「まだ終わっておらぬ。後方に爆炎を撒く手を緩めるな。」


 気の抜けた声で騎士が言うが、右後方から猛然と追ってくる気配がある。おそらく位置的には騎士の最後尾に配置していたのだろう、二足鹿(ヴェイツ)部隊が近づいてきている。


「少し速度を緩めるぞ。」

「このままでは追いつかれてしまいませんか?」

「こちらも全速で走れば諦めるのではありませんか?」


 ミュンフヘイユらは私の指示に疑問を述べるが、そんなことをしたら見えなくても敵を察知する方法があることを知られてしまう。


 ここまでにかなり手の内を明かしてきたが、隠せるものは隠しておいた方が良いだろう。

 振り切って安心しているような素振りをしていれば、上手く誘い出せる可能性が高い。しかも、それでネゼキュイアの二足鹿(ヴェイツ)部隊の数を減らせるならばなおさら好都合だ。


「左右に折れながら進む。こちらの二足鹿(ヴェイツ)の疲労が激しいと誤認させる。」


 速度を落とすかわりに爆炎の数を増やして厚みを作る。そうしていれば、背後の敵も頑張って追ってるが、これを振り切ることも倒すこともできずにいるように見えるのが最も望ましい。


 数十秒もそうしていると、二足鹿(ヴェイツ)の部隊は私たちの前方へと回り込んでいく。


 ここまでは想定通りの展開だ。挟撃を狙ってくる状況を作り出せば、敵の位置をかなり正確に予想できる。


「後方を撃滅する。全騎反転せよ! 二足鹿(ヴェイツ)は無視して構わぬ。」

「は?」


 返事が疑問形だったような気がするが、私が二足鹿(ヴェイツ)を急旋回させて後方に向き直るとすぐに騎士もついてくる。


 その際、周囲に罠を仕掛けておく。不自然にならないように二足鹿(ヴェイツ)を止めるよう手を打っておき、追撃部隊には灼熱の飛礫を放つ。


 初撃で先頭の十人ほどが倒れ、それでも撤退せずに止まって戦おうとするのはすぐに味方が駆けつけてくると思ってのことだろう。


 だが、数の利を活かす戦い方もできないのでは各個撃破してくださいと言っているようなものだ。魔法の届く距離が違うのだから、もう少し慎重であるべきだろう。


「右端から削っていく!」


 そう指示を出してやれば、猛烈な勢いで灼熱の飛礫がネゼキュイア騎士に襲いかかる。


 それを見て慌てて退いていく騎馬隊を追っていけば、回り込んでいた二足鹿(ヴェイツ)部隊が私たちの背後から襲いかからんと距離を詰めてくる。


「止まった?」

「一体何が?」

「後ろは気にするな。目の前を片付けることに集中しろ。時間はかけていられないのだぞ。」


 疑問の声はとりあえず無視する。包囲部隊の大部分が動き始めているのだ。せっかく包囲を破ったのにここで足止めされてしまったら、全くの骨折り損になってしまう。


「そろそろ引き揚げる。」


 数人程度の班に分かれて連携もなく魔法を乱打するだけの者など難敵でもない。逃げ出した者以外を全て倒すと再び二足鹿(ヴェイツ)の向きを変える。


「回り込んだ者たちはどうなったのです? 追ってこないようですが。」

「死んではいないようだな。」


 私の撒いた濃い魔力のために分かりづらいが、それでも何人かは生きていることが感じ取れる。ただし、それも無事ではないだろうと思われる。


 徒歩で移動しているような気配もないし、近づいて飛礫を浴びせておけば良い。


「可能であれば、何をしたのかご説明いただきたいのですが。」

「それは構わぬが、まずはこの場から離脱する。シェルニオへ向かう。」


 敵陣へと向かうことに難色を示す者もいるが、どれだけ数が守りに残っているのかは調べておいた方が良い。

 シェルニオの北東側にはモッテズジュ伯爵もいるはずだし、完全に無防備にはしていないだろう。



 そう思っていたのだが、実際に着いてみると何の気配も感じられなかった。騎士どころか兵や馬などがいるような様子も何もない。


 畑の真ん中で一度休憩を取り、夜が完全に明けてから町の中に踏み込んでみるもやはり何の気配もない。


「どういうことだ?」

「夜のうちに馬車を移動させていたのか?」

「確認が必要だ。」


 わざとに大声で会話してみたりもするが、物陰から攻撃が飛び出してくる様子もない。


 広場に出てみても以前に破壊した馬車の残骸が転がっているだけで、破壊を免れて残っている馬車は一つもない。


 小領主(バェル)の邸を覗いてみるも、やはり誰もいなかった。


「これほど厄介な相手とは思わなかったな。」

「どこへ移動したのでしょう?」

「近隣の廃墟となっている町だろう。後ほどハリョニオには行ってみようと思うが、今は休養が必要だ。」


 野営を中断され、体力の回復も碌にできていない。

 二足鹿(ヴェイツ)もしっかりと休ませておかなければ、いずれは追い詰められてしまう。


「だが、安心はできぬ。追跡用の獣がある限り、追ってくると思った方が良いだろう。」


 敵の数は数千とあるのだから、交代で追われていればこちらの体力が先に尽きる。


 なんとかして追跡を諦めさせる必要がある。

 それを考える前に、どうやって敵の二足鹿(ヴェイツ)隊を止めたのかの説明をしていないことを思い出した。

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