表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
487/593

487 夜の包囲網

 草原の真ん中で足を止めると、風の魔法で草を薙ぎ倒して休憩用の場所を作る。

 桶に水を注いで二足鹿(ヴェイツ)に出してやれば、あっという間に飲み干してしまった。


 空になった桶にさらに水を注ぎ、私たちも草の上に腰を下ろして足を伸ばす。


「思っていたよりも二足鹿(ヴェイツ)とはよく走るものですな。」

「まさか、炎を突き抜けることもできるとは思わなかった。」

「それはネゼキュイアの者たちも思っていなかったのではないか?」


 私は中型の魔物を蹴散らして走る二足鹿(ヴェイツ)ならばそれくらいは可能だろうと思っていたが、騎士たちの認識は人それぞれに違っていたようだ。


「できると知らなかったから包囲を抜けられたのだろうな。だが、今後同じ方法は通じはしないだろう。」


 閃光も炎の中を抜けることも、敵の手段にあると知っていれば対策ができる。これだけ思い切った作戦を立ててくる者が無策のままでいることもない。


「そういえば、勇者と言っていたが顔は見たか?」


 まず、気になっていたことを確認する。


 昼にも炎の奔流の使い手を見たが、南の部隊の主力がこんなところにいるのは不自然だ。それとも、その想定が間違いで元々遊撃的な立場であるのだろうか。


 立場や意図を考えなければ、二足鹿(ヴェイツ)に乗っていたことを考えれば、私たちが来るより先に北の部隊に合流すること自体は十分に可能なことではある。


「そこまで確認できたわけではなく、二足鹿(ヴェイツ)に乗っている二人組であることと使う魔法から判断いたしました。」


 私の質問に騎士は首を振って答える。

 明るさが足りないため服装や顔までは確認できていないものの、咄嗟に勇者を連想するに足りる状況だっだらしい。


 そしてそれは責めるべきことでもなんでもない。

 実際に炎の奔流を放ってくるのは私も見たし、あの威力と距離の魔法は警戒して然るべきだ。


 また、炎を使って敵の足を止めるのは私がやって見せた戦術だ。誰でも思いつくことではあるとも思うが、南の部隊から伝えられた可能性はある。


 さらに言うならば、今回の罠は作戦の規模が大きすぎることがある。


 どう考えても、たかだか七人の偵察班を討つためのものではない。広場に呼び込んで包囲撃滅するくらいならばまだしも、それが失敗に終わった場合を考慮してその先に布陣しているのは、何が何でも仕留めてやるという意地のようなものを感じた。


 ここまできたら、私を力を知った上で確実に討つための作戦と考えた方が自然だ。



 私の考えを述べると、騎士たちは低く(うな)って考え込む。


「ならば、あれはやはり勇者なのではありませんか?」

「ティアリッテ様の容姿を知っているのは、あの二人組だけのはずです。伝聞の報告だけでこれほどの作戦を立てるとは思えません。」

「それを破られて、今ごろ、ネゼキュイア軍は慌てていることでしょう。」

「それは、追手が来るということでもある。私ならば夜明けを待たずに偵察索敵班を出す。」


 見つけたら即座に発光信号を出せば、この夜闇の中ならばすぐに伝わるはずだ。それで実際にどれほどの戦力を動かせるかは問題ではない。


 私たちは数百はすぐに集まってくると想定して動かねばならないということだ。


「つまり、あまりここで長い間休憩をしているわけにもいかないということですね。」

「そうだ。二足鹿(ヴェイツ)も落ち着いてきたようだし、そろそろ出発する。」


 桶に入れて出した水や餌に口を突っ込んでいた二足鹿(ヴェイツ)も、今はもう食事を終えて丸くなって休んでいる。


 ゆっくりと休ませてやりたいところではあるが、ここで寝るには危険すぎる。



 方角を確認して、南へと進路を取る。そのまま一時間も進めばハリョニオの北の辺りにまで戻る計算だ。小川を見つけ、その畔で野営をすることにした。

 もう少し距離を取っておきたいところではあるのだが、いい加減に二足鹿(ヴェイツ)も疲れてきている様子だ。


 私たちも疲れているのだが、火を(おこ)すわけにもいかず食べるのは硬いパンと水に浸けて柔らかくした干し野菜だけだ。敵に発見される恐れがあるというのに、わざわざその危険度を上げる意味などない。騎士も二足鹿(ヴェイツ)も休ませなければ、まともに戦うこともできないだろう。


 全く美味しくなどないが、食べなければ体力を回復させることもできない。我慢して咀嚼し、必死に飲み下す。


 なぜ私がこんな苦しい目に遭わねばならないのかと思うと、ネゼキュイアの侵攻が心底恨めしい。それは騎士たちも同じようで、口を開けばネゼキュイアへの怒りや恨み言ばかりが出てくる。


「夜明けまで休む。日が出てからハリョニオへ入る。」

「今行かない理由をお聞きしても?」

「既に先回りされていたら最悪だ。休まず動き続けることになる。」


 夜を徹して戦い続けるなんてのは正気の沙汰ではない。私の魔力はまだまだ残しているが、体力の方はそうはいかない。二足鹿(ヴェイツ)だって、さらに全速力で走らせれば速度も落ちてくるだろう。


 持久戦になったら、数の差で必ず押し切られる。

 とはいっても、私たちであの数の敵を撃破する作戦なんてあるはずもなく、とにかく時間を稼ぐしかない。そのためには、休憩する時間と食料の確保は不可欠である。


 そして、ネゼキュイア側もそれに気付いている可能性が高い。分かりやすいところで休んでいれば襲撃されると思った方が良いだろう。



 安心して眠ることなどできないが、横になって目を閉じればすぐに睡魔が襲ってくる。疲労を自覚できないのも困りものだと思いつつ眠りに落ちると、突然腰のあたりを強く叩かれて目を覚ました。


 まだ周囲が暗い中、起こし方にも方法があるだろうと苦言を呈そうとしたのだが、周囲の魔力に気が付いた。

 他の騎士も次々に叩き起こされ、大急ぎで身支度を整える。


「一体、どういうことだ?」

「分かりません。気が付いた時には囲まれていまして」


 低い声で見張りをしていた騎士に訊くが、包囲されていることに全く気付かなかったと言う。そんなはずは無いだろうと思うのだが、ここで責めても何一つ良いことはない。囲んでいる敵(ネゼキュイア)に時間を与え、騎士の士気を挫くだけだ。


二足鹿(ヴェイツ)を起こして水を与えておけ。ところで、今は何時頃だ?」


 周囲のネゼキュイア軍は一気に襲ってくる様子はない。ならば、気づかれないように離脱の準備を進めるべきだ。こちらが包囲に気づいたと知られたら、総攻撃をかけてくるに決まっている。


「夜明けまで二時間ほどです。あの、大変申し訳ございません。」

「謝罪は要らぬ。それより、其方(そなた)は私がどちらへ離脱すると予想する?」


 どのような理由でその方角を予想するのかを知りたい。ネゼキュイア側も私がどのように動くか色々と予想、検討しているだろう。それの裏をかかねば離脱も難しいことになる。


「最も手薄であるはずの南、には罠があると考えて東か西でしょうか?」

「私も南には勇者などの高い戦力が置かれていると考えるべきかと思います。」

「西と東ならばどちらを選ぶ?」

「ネゼキュイアを東に寄せたくはないので、西ですね。同じ理由で南を選ぶ可能性も低いと考えます。」


 騎士たちの出す意見は、順当なものだ。私がすぐに思いつく理屈も同じものだ。南に穴があるとは考えづらいし、騎士が多い北は最初から選択肢にない。


 気配を探っていると、続々と北からやってくる騎士を西や東、南へと配置している最中のようだし、時間をかけるのも得策とは言い難いだろう。だが、そこに一つ穴がある。


「もう少しだけ待って、北側を破る。」

「北ですか? しかも今すぐではなく?」

「北側の騎士がもう少し減ってからだ。北の選択肢が無いのは騎士の数が多すぎるからだ。」


 全速かつ全力で突破し、火柱を並べて敵の足止めをする。日が昇る前に追撃を振り切ってしまえば、また暫くは時間の猶予ができるだろう。


 そう言うと、ミュンフヘイユたちは震える声で反論をする。


二足鹿(ヴェイツ)であれば、火柱は突破できることをネゼキュイアの目の前で証明してしまいました。追手を振り切るのは不可能と思います。」


 代替案も問題解決のための方針もなにもなく、ただ否定するのでは話が何も進まない。それを咎められるのを恐れているのだろうが、今はそんな話をしている場合でもない。

 実際、追い討ちを絶つ方法はもう二つある。


 そのうちの一つを使うことで、ここからの離脱は可能であると私は確信している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ