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485 突入

 正面から来るネゼキュイアの騎士は約五十。こちらの七倍の数だ。その全員が二足鹿(ヴェイツ)に騎乗している。


「一度当たった後、西に転進する。百五十歩よりも近づかぬよう気をつけよ!」


 一度に全てを蹴散らせる数ではない。それにネゼキュイア側も二足鹿(ヴェイツ)を投入している以上は精鋭揃いのはずだ。


 恐らく追い払うのが目的ではなく、こちらを仕留める、あるいは捕らえるつもりなのだろう。町の方に追い込む形で隊形を組もうとするだろう。


 となれば、塞がれる前に西へと退くべきだ。追われる側の優位性を最大限に活かせば、痛手を与えつつ振り切るのはそう難しくないだろう。



「撃て!」


 合図を出すと、左右に広がった騎士たちは一斉に飛礫(つぶて)の魔法を正面に放ち、直後に右に方向転換する。


 さらに飛礫の魔法を追加してやると、ネゼキュイア側からも炎の奔流が打ち出されてきた。


「勇者⁉」


 先日見た魔法とそっくりのものだ。爆炎の魔法を集中させれば吹き散らすことはできるが、決して侮れない威力と距離を持っている危険な攻撃である。


「先に行け。私が食い止める!」


 指示を出すと、不満そうな顔をしながらも騎士たちは手綱を絞って二足鹿(ヴェイツ)の速度を一気に上げていく。


 正直言って、ソルニウォレやミュンフヘイユではあの炎の奔流に対抗するのは難しい。彼らも実力を伸ばしているとはいえ、私とは一度に放てる魔法の数が全く違う。


 二百歩以上先を目掛けて飛礫の魔法を放ってやれば、敵の追ってくる速度も緩む。畑を抜けたところで火柱を並べてやれば、さらに距離が開く。


 そのまま一分も走っていると、追ってきていたネゼキュイアの騎士たちも諦めたようで、止まったと思ったらすぐに引き返していった。


「随分と諦めが早いですね。」

「我々が陽動であることを警戒したのだろうな。」


 もっとしつこく追ってくるかとも思っていたが、すぐに引き返したところをみると主力を出してきたのだろう。考えてみれば、私たちの動きも敵から見れば怪しいものだったのかもしれない。


「我々も戻るとするか。」

「エゼエミにですか? シェルニオにですか?」

「一旦、シェルニオだ。」


 ミュンフヘイユの質問に、ほんの少しだけ考えてから答える。


 先ほどのこちらからの攻撃で、ネゼキュイア側は死傷者を出しているはずだ。それを放置しておくとも考えづらいし、回収のために立ち止まっている可能性は高い。

 そう言うとソルニウォレは真っ向から意見を述べてきた。


「それは危険ではありませんか? 日没まで待ち夜襲をかけるならばともかく、今すぐに戻るというのは敵を見下しすぎです。」


 戻る途中の騎士たちが警戒を解いているという確証なんて全くなく、むしろ待ち構えているくらいの体勢でいる可能性もあると言われれば反論する材料は全くない。


 怪我人や遺体を回収する際は油断しているだろうというのは私の希望的観測に過ぎない。


「一度、休憩を取る。日没ごろに再びシェルニオに接近し、動きの様子を見る。」


 本当に夜に活動するのかは確証がほしい。それこそ憶測だけで今後の作戦は立てられない。

 そう言えばソルニウォレも納得したように頷く。


 休憩に適した場所を探していると、南に少し言ったところで村の跡を発見した。住民は既に追い出されてしまったのか殺されてしまったのか、全く姿が見当たらない。


 私たちの姿を見て慌てて隠れているのかもと大声で名乗ってみたりもしたが、何の反応もなく声は風の中に消えていった。


 見回してみても集落に血の匂いがないのでどこかに逃げた可能性が高いが、無事に逃げ果せたのかは定かではない。無事を祈るばかりだが、どこに向かったかも定かではないため、確認する術はないり


「人がいなくなってから、かなりの日数が経っているようだな。」


 収穫されないままの豆畑は完全に時期を過ぎてしまっているようで、食べられる部分が残っていない。半ば枯れた蔓でも二足鹿(ヴェイツ)ならば食べるのかもしれないが、こんなものよりも美味しそうなものはある。


秋桃(ププール)がちょうど食べ頃になってきているようだな。」


 畑を見て回っていると、赤い実がいくつも生っている区画が見つかった。まだ青い部分が残っているものも多いが、中にはすっかりと赤くなっているものもある。


 一つ捥いで齧ってみると、口いっぱいに甘味と酸味が広がる。思ったよりも酸味が強いが、果肉は柔らかくこれで熟しているのだろう。


 一つを二足鹿(ヴェイツ)に差し出してみると、口先で一度突いてからパクリと食べた。


二足鹿(ヴェイツ)秋桃(ププール)を食べるようですね。」


 特に嫌がる様子もないし、赤い実をいくつか桶に出してやればすぐに口を突っ込んで食べ始める。


「我々も秋桃(ププール)をシチューに入れましょう。」

「うむ。煮れば酸味も薄れよう。」


 秋桃(ププール)をシチューのベースとして使えば、いつもの野営食とは違った味となることは間違いない。

 騎士たちも味のほとんどしない野営食にはうんざりしている節がある。たまにはこのようなことがあっても良いだろう。


 秋桃(ププール)を潰した鍋に干した芋に肉、野菜を入れて軽く煮込む。塩と香草で味を調えればそれで完成である。もう少し複雑な調理法も知っているし野営の食事は何とかして改善したいと思うのだが、これ以上の手間をかけることは難しい。


 それでもいつもと違う甘い味付けのシチューは新鮮味がある。騎士たちも満足顔で食べ終わると壁に身を預けたり横になったりとそれぞれに休みの態勢を取る。


 私たちがそうして休んでいれば、二足鹿(ヴェイツ)も周辺の地面に座り込む。まん丸になってしまうその姿が大層かわいらしいのだが、休憩中にみだりに触れると機嫌を悪くしてしまうので距離を保って見ているしかない。



「そろそろ日没です。」


 見張りに声をかけられて起き上がると、騎士たちも伸びをしながら集まってくる。私も軽く体操をしてから荷物をまとめる。

 空を見上げると、東は大部分が雲に覆われているがちょうど頭上の辺りで途切れて陽の光に染まっている。


「丁度良い天気だな。」

「風も強くないですし、現地に着くまではこの調子でしょうね。」


 何時間も経てば雲の位置も変わるが、東の雲が晴れるまでにシェルニオに近づくことができればそれで良い。着いてすぐくらいに全天晴れてくれれば良いのだが、そこまで都合よく運ぶはずもなく南から押し寄せてきた雲が頭上にまで差し掛かってきていた。


 街道が畑の西端に差し掛かったところで北に大きく外れて町に近づいていく。昼の偵察の際に伏兵は無駄であると示したために既に引き上げている可能性もあるが、逆に強化していることも考えられる。わざわざ街道の近くを行く必要はないだろう。


 だからといって警戒は怠りはしない。地面から強風で囲んで進んでいれば、伏兵も隠れてはいられないだろう。頑張って隠れていたところで、吹き付ける砂塵の前に目を開けることなどできはしない。

 昼間はそこまで派手なことをすれば遠くからでも見つかってしまうが、夜間は少々の土煙を上げても見えはしないため遠慮なく風魔法を展開できる。


「既に動いた後か?」


 町に近づくと、どうにも騎士の気配が少ない。皆無とまではいかないが、昼に感じた魔力の気配はどこへ行ったのか半分も残っていないようだった。

 精神を集中して町の周囲を探ってみても、まるでその気配を感じないし既に攻撃隊が出てしまった後である可能性は非常に高い。


「残っているのは負傷者とその護衛でしょうか?」

「兵の見張り役という可能性もあるな。」

「いずれにせよ、馬車や食料を狙うには丁度いい機会とも言えるでしょう。」


 残っているのが非戦闘員が主体ならば直接的な戦力を削るのは難しいが、今後の進攻に必要な資材を潰してしまうには絶好と言える。その方向で作戦を決めると二足鹿(ヴェイツ)を加速させていく。


 町に入ると道を折れて中央付近にあるはずの広場を目指す。馬車があるならば町はずれの隊商用広場か中央の広場、小領主(バェル)の邸の三か所しか候補がない。

 その中で最も叩きやすいのが中央の広場だ。隊商用広場は東西南北のどこにあるのか分からないし、町の中で最も守りやすいのが 小領主(バェル)邸だ。


 通りを駆けつつ、周囲の建物の窓を破壊し中に爆炎と雷光を投げ込んでいく。狙いは騎士の気配のある建物と何やら騒がしい物音のする建物だ。全ての建物を狙うのはきりがないし、万が一大火災が発生したら私たちも逃げ場がなくなってしまう。


 いくつか角を折れて進んでいくと大きな通りに出る。そのすぐ先には篝火がいくつも並んでいる広場が見える。


「前は私がやる。ソルニウォレ、ミュンフヘイユは後ろを抑えろ。」


 石の守りを突破できるのは私だけだ。背後に少々不安が残るが、そこは騎士を信じて任せるしかない。


 見つけた馬車に炎雷と爆炎を次々と投げていけば、並んでいた馬車は無残に砕け散っていく。


 だが、とても気に入らない。


 予想よりも馬車の数が少なすぎるのだ。

 周囲を確認したいところだが、そんな余裕などあるはずもない。完全に包囲される前に離脱しなければ面倒なことになるのは明らかだ。僅か二十程度の馬車を砕くと、南へ進路を変えて二足鹿(ヴェイツ)を走らせた。

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