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484 静かな町

 ゆっくりと畑の道を進み、町に入る前に足を止める。死角の多い町の中に入りたくはないのだ。罠なんて仕掛け放題だし、全方向から毒を撒かれた場合など防ぎようがないことも考えられる。


「ネゼキュイア側も少しは考えているようだな。向こうから姿を見せるつもりはないらしい。」

「隠れている場所は分かるのですから、攻撃を仕掛けていけば出てこざるを得ないのではないでしょうか?」

「その前にこちらが罠にかかる可能性が高い。近づかぬ方が賢明でしょうな。」


 騎士の意見も分かれるが、慎重派の方が多い。騎士だけが相手ならば不意打ちをされることもないし先んじて攻撃をすることが可能だが、気配の分からない平民兵は本当に対策が難しい。


 周囲が開けていれば風で守ったり周囲を無差別に攻撃することで排除できるが、建物の密集する町の中ではそうはいかない。周囲の建物全てを粉砕しながら進むという作戦も取れなくはないが、後のことを考えるとあまり乱暴な方法は取りたくない。


「町の周囲に潜んでいる者を潰していきましょう。敢えて目立つように行動していれば、向こうから出てくるかも知れません。」


 ミュンフヘイユは町のすぐ外で伏兵を一掃していくことを提案する。平民兵は戦力的には大したことはないが、罠に使える人員を減らしてやれば今後の戦いが楽になるという算段だ。


「方向性としては悪くはないが、その前にネゼキュイアの兵の姿を確認しておく。」


 モッテズジュ伯爵領の者が強制徴用されていないとも限らないため、ネゼキュイアとウンガスの両国の民の識別がどの程度の難易度なのかは知っておきたい。


 区別が難しいならば、兵を見たら(まと)めて始末することも今後必要になってくる。そう心配しながら畑の道を横に進んでいくと、折り重なるように倒れている兵が見つかった。


 念のために雷光を浴びせてから死体をひっくり返して顔を露わにしていくと、色々と考えていたことは杞憂だったことが分かった。


「思ったよりも見た目で区別できそうですね。」

「もしも不安があれば、水を浴びせれば良いのではないでしょうか?」


 騎士たちがそう言うほどに一目瞭然だった。


 ネゼキュイアの兵は、やはり薄汚れてはいるものの髪の色の違いは明らかだ。

 うつ伏せに倒れている者をひっくり返していくと、顔つきにも特徴があることが分かる。鼻が低く、頬が張っていて顔が角張った印象を受けるのは捕らえた騎士とも共通している。


 そして、もう一つ共通していることがある。


「ネゼキュイアでは黒い衣服が流行しているのか?」


 そのような疑問が浮かぶほど、見た者すべてが黒い衣服を身にまとっている。

 以前に戦った騎士は全て黒ずくめだったし、ここで倒れているネゼキュイア兵も一人として例外なく黒を基調とした服装だ。騎士の着ていた服とは品質も比ぶべくもないし服の形には差があるようだが、色の組み合わせに差があるように見えない。


 バランキル王国でもウンガス王国でも、ここまで服の色を統一していることはない。騎士の場合は隊の識別用にマントの色を同系色に統一することもあるが、その下に着る服は自由だ。

 私は赤系統の色の服を好んで着ているが、それを部下に押し付けるつもりもない。実際、ミュンフヘイユは黄、ソルニウォレは緑系の衣服を着ていることが多い。


「確かに、今までに見た騎士もみな黒い服を着ていましたね。」

「もしかすると、ネゼキュイアでは染料が不足しているのではないでしょうか?」

「赤や黄がなく、黒ばかりというのは考えづらいのだがな。」


 鮮やかな青は高くつくと聞いたことがあるが、安い青は市中にも出回っており珍しいという印象はない。私の感覚では黒い服の方がよほど珍しい部類だ。


 それに、農民や猟師などの間では染めていない布を使った衣服が普通だ。態々(わざわざ)黒く染めた服を着るのは染料不足が原因ではないだろうと思う。


「夜襲を掛ける前提なのではありませんか? 一般の民まで同じような服装はしていないのではないかと思います。」

「なるほど。昼間は町の中に隠れて守りに徹し、攻撃を仕掛けてくるのは陽が沈んでからということか。」


 他の国に攻め込むにはその方が確実性が高いと言われたら反論は難しい。私自身がネゼキュイアの騎士を滅ぼすために町に踏み込む判断ができないでいるのだから、効果は明確にあると言えよう。


 それが事実ならば、我々も早めに休むべきかとも思うが、まだ情報が少なすぎる。この町に潜むネゼキュイア騎士はまだ一人も見ていない。


 もしかしたら、本当に流行や偶然である可能性もある。


「情報を集めるためにも、町の外に潜んでいる者を狩っていく。ほとんどが魔力を持たぬ平民兵だ、いつも以上に索敵に気を使うように。」

「承知しました。ところで、この兵の死体はいかがしましょう?」

「そうだな、集めて焼いてやるか。」


 夏の盛りに死体を放置すれば、すぐに腐り虫や獣に荒らされる。どうせ弔われることもないならば、灰にして埋めてやった方が良いだろうとも思う。


 それにもう一つ理由がある。

 周囲の畑は収穫期を迎えた麦が放置されている。このままにしてしまうならば、適当に刈り取って二足鹿(ヴェイツ)に与えてしまった方が良いというものだ。


 死体を集めて火を放つと、周囲の麦畑を短剣でザクザクと刈り取っていく。それを桶に入れて出してやれば二足鹿(ヴェイツ)は喜んで藁ごと麦をもしゃもしゃと食べる。


「何でも美味しそうに食べるな、二足鹿(ヴェイツ)は。」

「これをシチューに入れたら美味いと思うか?」

「それは人の食べ物ではないでしょう。私は食べたくありません。」


 麦を人が食べられる形にするにはいくつかの工程が必要だ。刈り取ってただ煮ただけのものは食べたくないと騎士たちは揃って首を横に振った。



「これだけ煙を上げても、近寄ってくる者もないか。」

「この辺りに騎士はいないと分かっているのだろう。兵のために危険を冒しはしないのは冷静と言うべきなのかね。」


 こちらが居場所も明らかにしているのにもかかわらずネゼキュイア側に全く動きがなく、騎士も少し不満そうな顔をする。

 兵を見捨てるのは冷静に見極めていると取れるが、臆病とも言える。騎士が援護にもやってこないと分かれば、兵の士気も上がらないだろう。


 兵の不満が溜まれば最終的には離反することも考えられるわけで、大局的に見て静観が正しい判断であるかはわからない。


「北へ回り込み、町への道を可能な限り破壊する。」

「道を、ですか?」

「少々荒らした程度では徒歩や馬ならば進めるが、馬車を使うことは難しくなる。畑の収穫物を運ぶのも難しくなるということだ。」


 隊を移動させるのにも手間がかかるようになるし、行動を制限するには道を塞ぐのが最も手っ取り早い。ネゼキュイア軍が町の中で飢えて弱ってくれれば、それだけ叩きやすくもなる。


 意図を説明すると騎士たちは道という道に水の槍を突き刺し、飛礫を撒き散らしてガタガタのボコボコにしていく。


 ついでに、畑に潜んでいる兵も見つけ次第魔法を次々と飛ばして排除する。


「そろそろ頃合いだ。一度、引き上げる。みんな、魔力の限界だろう。」


 そう呼びかけて来た道を引き返すが、ミュンフヘイユらが水の槍を小一時間ほど撃ち続けていたところで、魔力が尽きることはない。

 私がウンガスに来たばかりの頃の騎士たちでは一時間程度が精一杯だっただろうが、毎日畑に魔力を撒いていれば嫌でも鍛えられる。


 しかし、そんなことをネゼキュイア側に教えてやる必要はないのだ。


「追ってくるでしょうか?」

「こなければ正真正銘の臆病者だ。」


 力を完全に使い果たしたわけではないが、少なくともこれ以上は危険だから撤退したと考えるだろう。数倍の騎士を出せば確実に討てると思ってもおかしくはない。


 町の西側を回り込んで南に抜けようとすると、逆に南側からやってきた部隊が目に入った。

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