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483 シェルニオへ

「騎士を追う。作業している者は放置で構わぬ!」


 指示を出すと同時に二足鹿(ヴェイツ)を走らせる。兵なのか農民なのか知らないが、平民が騎士より優先されることはない。


「ミュンフヘイユは左、ソルニウォレは右を追え!」


 三人の騎士は分かれて逃げていくが、私たちを振り切るには数が足りない。馬を全速力で走らせようと、猛然と駆ける二足鹿(ヴェイツ)の前には無力も同然だ。


 逃げながらも必死に火や風の魔法を放ってくるが、一人だけでは手が少なすぎる。加えて魔法の届く距離が私とは違いすぎる。


 二百歩ほども離れていれば敵の攻撃が届く様子もなく目隠し程度にしかなっていないが、私の灼熱の飛礫が敵を叩き伏せるのには十分だ。


 正面に向けて杖を一振りしてやれば、騎士は馬ごと吹き飛んでいく。一々近づいて確認せずとも、その一撃で終わりであることは明白だ。


 即座に右転してソルニウォレが追う一人へ向かうが、そちらも追いつく前に終わり、振り向いてみるとミュンフヘイユもなんなく相手を仕留めていた。



「合図らしきものは上げていたか?」

「特にそれらしき光や音はありません。」


 左右に分かれた騎士たちと合流すると、何らかの情報伝達が行われた可能性について確認する。私が目を離した一瞬で発光合図があったかもしれないため、きちんと聞いておくことが大事だ。


「ならば、あの作業者たちをどうするかだな。」


 もしかしたら遠方からここを監視している者があるかもしれないが、少なくとも魔力を感じ取れる範囲内には何もない。


 平民兵を配置していることも考えられるが、それを探し回るのはおそらく無駄だ。こちらの異変に気付いていれば、すでに報告に帰っているだろう。


 ならば、どうにかするべきはすぐそこの畑で収穫作業をしていた者たちの処理だ。


其方(そなた)らは何者だ? どこから来た?」


 地に並び平伏す農民に先ほどと同じ問いを投げかける。


 騎士の場合は、見ればネゼキュイアの者とすぐに分かるのだが、髪も顔も服も土や埃で薄汚れた農民では見分けがつかない。


 並んで立っていれば区別がつくのかもしれないが、ここにいる者たちを見ただけではどちらのかが分からない。


「ワスらはシェルニオの畑を耕しとったんじゃ。」

「何だかよく分かんねえが戦いがあってな、お貴族様に言われてこの町の畑に生ってる(モン)を採って来いっちゅうことでな。」

「この町の名は知っているか?」

「いンや、知らねえ。」

「では、領主の名は?」

「モッテズズ伯爵様だろ? そんくらいは知っとるよ。」


 胸を張って言うが微妙に違う。とはいえ、言葉の発音自体が(なま)っているので、違うと言い切るのも難しい。


「収穫物を馬車に積んだら街道を南へ行け。シェルニオに戻ってはならぬ。これから彼の町は戦場となるだろう。」


 ネゼキュイアの騎士に労力として扱われていたようだが、そのままにしておくこともできない。家族のことを心配するが、彼らが戻ったところで何かできるわけでもない。


 私たちが馬車の中に隠れてシェルニオの中に潜り込むことも一瞬だけ考えたが、失敗する危険が大き過ぎる。町の入り口で検問があれば、その時点で退却することも難しい状態にまで追い込まれてしまう。


 避難の際には町の南東側で畑作業をしていた者たちにも声を掛けるようにと言っておき、小領主(バェル)邸を確認した後に北のシェルニオへと向かう。


 街道をそのまま進めば着くはずなのだが、その途中で西の方へ逸れて進む。そのまま二時間ほど進んでいけば、遠く右方向に町らしき影が見えてきた。


 さらに進んでいくと荒らされた村を発見し、そこで一度休憩を取る。


「ここの畑にはまだ色々と残っているではないか。何故、ハリョニオまで行かせていたのでしょう?」

「騎士がついていなければ逃げてしまうからだろう。ろくな寝床もない小さな村に滞在したい者などおらぬだろう。」


 遠いといっても、馬車で一日の距離なのだ。それならば小領主(バェル)邸などを使えるハリョニオまで行った方が騎士としては楽だということだろう。


 それに、騎士が出るならば偵察や哨戒を兼ねさせたいと思うのは同然だ。農民の見張りだけのために騎士を何人も回してなどいられないはずだ。


「ともあれ、ここの畑はありがたく使わせてもらおう。この瓜など食べ頃を過ぎてしまっている。」


 二足鹿(ヴェイツ)を下りて、蔓に成る瓜をいくつか捥ぎ取る。


 熟れすぎて柔らかくなっているが、食べられないことはない。試しに二足鹿(ヴェイツ)の前に出してやったら、ぱくりと食いつき口の端から果汁を溢しながら飲み込む。


「食べづらそうなほどに熟れているな。」


 二足鹿(ヴェイツ)は汁をぼたぼた垂らしながら平気で食べるが、私はそこまで行儀の悪い食べ方をしたくはない。


「器の上で切り、スプーンで食べた方が良さそうですね。」


 ソルニウォレが提案し、私も荷袋からシチュー用の器を出す。その上で瓜を二つに切り割ると、果肉が崩れて器に落ちる。


 それとともに甘い香りが広がるが、その中に微かに酒精の匂いも混じっている。一口だけ食べてみたが、やはり半ば酒と化している感じがした。


「酔うほどではないが、あまり多く食べない方が良さそうだな。」

「すぐそこに敵がいることを考えると、避けた方が良さそうですね。」


 見込みを誤って、酔ってしまったところを襲われてしまうのは非常に危険だ。残念だが、これは捨てるしかない。


 城の食事のデザートにはちょうど良さそうだが、戦場での食事には不向きだ。


 幸いというべきか、畑には他にも根菜や豆類がいくつかあった。当然のように麦もあるが、これは収穫して食べるまでの手間がかかり過ぎる。


 色の変わってしまった葉物野菜と根菜を洗い、煮て食べるのが最も確実だ。味の期待は全くできないが、いつも食べている野営の食事と変わりはしないものになる。


 私たちが食事をしている間、二足鹿(ヴェイツ)にも掘った餌を与えておく。


 しかしながら、ここで二足鹿(ヴェイツ)が勝手に畑を荒らすことは許すことはできない。


 誰も耕作する者がなくなってしまっているが、そのことを二足鹿(ヴェイツ)が理解しているかも分からない。王都に帰ってから、そこらの畑を荒らすようになってしまっては困るのだ。


 とても面倒だが、掘った根菜はきれいに洗い桶に入れて出してやる必要がある。



 休憩を終えると、二足鹿(ヴェイツ)に跨りシェルニオへと接近する。西へと伸びる街道を見つけ、そこを進んでいくも見張りらしきものはない。


「誰もいないというのは随分と不用心ではないか?」

「まさか西側から我々が来るとは思っていないのでは?」

「既に本隊が町から離れている可能性もあります。」


 色々と疑問はあるが、畑の道を町に近づいていくと横手から一斉に矢が射かけられた。


 とは言ってもそれに私が気付いたのは、念のために展開しておいた防御用の風に矢が吹き散らされたためだ。何もせずに油断していれば、矢を受けてしまっていた可能性はある。


「気配が、まるで感じません!」

「あれは平民兵だろう。私も小領主(バェル)らに使うようにと言ったであろう。」


 騎士が動じて声を上げるが、この程度のことならば想定内だ。

 ネゼキュイア側が平民兵を使ったところで何の不思議もない。だから、敵陣の近くでは常に風の魔法を周囲に張り巡らせているのだ。


 そして、こういう場合は必殺の距離まで近付くのを待つ部隊がいるものだ。遠方からの弓を防いだことで油断した時が襲撃の成功率が最も高くなる。


 つまり、私のやることはただ一つだ。


 周囲一面に無差別に飛礫の魔法を撒き散らす。

 その意味を説明したり指示を出したりせずとも、ミュンフヘイユやソルニウォレもそれに倣い、周囲の畑は一瞬で壊滅状態となる。


 それと同時に、矢を射かけてきた辺りにも雷光を数十ほど放っておく。もしかしたら運の良い者が逃げ果せてしまうかもしれないが、畑に火を撒き散らすようなことはしたくはない。


「さて、これでネゼキュイアはどう動くかだな。」


 これだけ派手に魔法を放っていれば、恐らく気付かれただろう。現在位置から見える町には一人の住民も見当たらないが、その奥には無数の騎士の気配がある。


 ここからの動きは互いに難しい。

 襲撃を待ち構えて防御の態勢を取るのか、それとも強気に攻撃に出るのか。相手の出方を窺いたいところだが、時間をかけると不利になるのはこちらだ。あまりのんびりと様子を見ているわけにもいかない。

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