482 生き残り
小領主エゼエミから聞いた話によると、モッテズジュ伯爵の指揮する騎士団は領都のある北東部に本拠を構えているらしい。
ミラリヨム領南部にも別部隊が攻め入ってきていることは既に報告されているということで、伯爵はネゼキュイアの部隊を北や東に進ませないように頑張っているということだ。
「それでは、敵がこの町の方に来る可能性があるということか?」
ミュンフヘイユは眉を寄せて質問する。
北東に戦力を集中させているならば、南部の防衛態勢は手薄であるということだ。ネゼキュイア軍がそれに気付かないなんてこともないだろうし、そうなればこの町も攻撃対象になるだろう。
「うむ、それ故、何割かの住人は既に避難をしている。」
答えづらい質問とは思うが、小領主はつとめて平静に答える。
どんな策を取ろうが、現状の戦力ではどの町も危険に晒さずにネゼキュイア軍を撃退するなど不可能だといえるため、内心がどうであろうとも結論としては諦めるよりないのだ。
伯爵の方針に異を唱えたところで、それは犠牲にするのは他の町にしろと言うのと同義である。そんなことをしても賛同してくれる者などいるはずもない。
もっと言えば、越境避難してモジュギオ公爵領に入ったところで、ネゼキュイアが標的と定めてこない保証なんてない。
みんな与えられた選択肢の中で最善を尽くしていくしかないのだ。
「とりあえず、この町を我々の拠点とさせてもらってよいか?」
「構いませんが、なぜここを?」
「我々が欲しいのは食料と情報だ。この先のハリョニオの町が廃墟と化しているならば、情報が集まってくることはない。」
食料は残されているかもしれないが、すでに全て奪われた後である可能性もある。騎士も二足鹿も食料なしで長期間の活動はできない。現地調達できれば良いのだが、敵軍が近いと悠長に食料集めなどしていられないし野営で煙を上げれば敵に居場所を知られることにもなる。
それに、馬ならば一日がかりの距離であっても二足鹿ならば半日もかからずに走り切ってしまう。距離的に離れすぎているということもない。
それらを説明すると、小領主も得心顔で頷いた。
さらに食料生産に力を入れるようにとも言っておく。首を傾げる小領主だったが、滅ぼされた街から逃げ延びた者がやってくる可能性があることは指摘しておかねばならない。
エゼエミの町で一泊させてもらい、翌日は早朝に町を出発する。街道を北東へ進み、二時間ほどでハリョニオの町に到着すると、周辺と町の中を軽く調べる。敵の哨戒基地となっていることも十分に考えられるため、何も確認せずに素通りすることはあり得ない。
案の定というべきか、一時間も経たずして町の北東の畑に不審な者が見つかった。本来、農民が畑の作物を収穫しているのは何も不審なことはないのだが、町が廃墟と化しているのに畑で一心不乱に鎌を振るっていれば怪しさしかない。
「其方は何者だ? どこから来た?」
ボロボロの服を纏う五人は魔力の気配がないため遠慮なく近づき問いかける。疑うまでもなく本当にただの農民だろう。他の町や村から逃げてきた者ならば、いつどこから来たのかは確認しておきたいところだ。
「ここらはワスらの畑じゃ。何も悪いことなんぞしとらんよ。」
「そンだそンだ。みンな殺さンたり逃げたりしたけど、ワスらに行くところなンざねえや。」
農民は私たちを見上げ必死に自分たちの正当性を訴えるが、別に彼らを責めるつもりはない。ネゼキュイアに作物を奪われるくらいならば、土地を追われてきた者が消費してしまう方が良いというものだ。
「其方らの他に、この町に住人は残っているのか?」
「この辺にはいンねなあ。」
「見たことねえけンど、町の向こう側とか行ったことねえからなあ。」
詳しく聞いてみたところ、ネゼキュイアの騎士が攻撃してきたのは町の南西側だということで、彼らとしてもそちら側には行ってみようとも思わないらしい。実際のところがどうなっているのかはまるで分らないと言う。
「自分の畑ではなくとも、可能な限り収穫して手近な倉にでもしまっておくと良い。」
「勝手にそんなことして良いんか?」
「作物がすべて畑で朽ちてしまうより良いだろう。ただし、独り占めすることは認めぬ。故郷を追われてきた者がいれば分けてやると良い。」
労力としては大変だろうが、食料の確保は彼らのためでもある。他者に分けるだけの量があれば、争いにならずに済む。最悪の場合、食料を巡って殺し合いが発生してしまう。
そう言うと目を剝いて怯えた様子を見せるが、避難民の間で争いが発生するよりもネゼキュイアに襲われる可能性の方が高い。そういう意味では彼らも逃げた方が良いのだが、そのつもりがないのならば強要しても無駄だろう。
必要なことを伝えたらまたすぐに探索に戻る。二足鹿の背の上で首を目一杯のばして目の上に手をかざしても、町の向こうまでは見通せない。町の逆側は、気配を感知できる距離を超えているだろうし、ぐるりと回ってみるしかない。
そのまま町の外周にそって左回りに進んでいくと、北側にいくつかの魔力の気配があった。建物に隠れるように近づいていけば、ミュンフヘイユやソルニウォレらもその気配を感じ取れるようになる。
「三か所で間違いないですか?」
「一か所に二、三人ずつ、大きな動きはないようですね。」
「うむ。単に待機しているのか、もしかすると農作物を集めているのかもしれぬな。」
作業員を何人か連れてきて畑の作物を持ち去ろうとしている可能性はある。もしもそうであるならば、阻止しておいた方が良い。ネゼキュイアに食料補給させて利となることなどなにもない。
「逃げられても面倒だ。気付かれぬように近づくぞ。」
そう指示するが、別に二足鹿を下りて歩いていくわけでもない。少し速度を落とし、周囲に気を配りながら進むだけだ。
町の端に近づくと、建物は疎らになる。隠れるところも少なくなるが、最も手前の騎士もこちらに気づいている様子はない。
その騎士の向こうでは、十人以上の農夫が作物を木箱に詰め、馬車へと運んでいた。
「やはり、ここの作物が目的か。モッテズジュ伯爵の騎士だと思うか?」
「難しいところですね。」
顔が見えていれば判別しやすいのだが、フードを被り背を向けていたのでは見た目で判別することは難しい。三つの班に分かれているのは、敵の攻撃を受けた際に全滅してしまわないためだろう。百歩以上も離れて配置しておけば一撃ですべてを倒すことは不可能だし、最悪の場合でも一つの班は逃走して報告ができる。
その方針はネゼキュイア側でもモッテズジュ伯爵でもあり得ることだ。
ネゼキュイアとしては、食料は本国から運ぶより現地で獲得できた方がずっと負担が少なくて済む。そしてモッテズジュ伯爵も食料の確保は重要な仕事だしネゼキュイアに奪われるのは阻止したい。
どちらにも少々の危険を冒してでも食料を確保したい理由がある以上、可能性を切り捨てることは不可能だ。大声で話をしてくれていれば楽なのだが、そんな都合のいい話もない。結局、私が大声を出さねばならないのだ。
「もう少し西へ移動する。北側の班には届かないが、右と左の班には同時に攻撃が届く位置を取る。」
指示を出すと、二足鹿の向きを変えて半壊した建物の隙間を縫うようにして進む。
瓦礫の中を進むと足音がそれなりに鳴ってしまうが、畑の方の動きに変化はない。ときどき「これは気づかれたか?」と思ってしまうこともあったが、結局気づかれることはなく想定した位置を取ることができた。
「私はティアリッテ・シュレイ。ウンガス王宮の遣いである。」
大きく息を吸い込んで一息に名乗ると、即座に火球が飛んできた。
その直後に雷光が敵を撃ち、いくつもの爆炎が火球を吹き散らす。
魔法が収まり視界が開けた時には、北側の班は既に馬で駆けだしていた。




