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481 小領主への指導

「ここで話をしていても仕方があるまい。町へ戻るので良いか? それとも青鬣狼(グラール)以外に何かすべきことがあるのか?」

「他の用件はないが、あれは放っておいて良いものなのです?」

青鬣狼(グラール)は、こちらから敵対的態度を取らなければ彼らから危害を加えてくることはない。」


 追い払うでもなくそのままにして帰るということに対して小領主(バェル)ジャオキは心配そうに言うが、青鬣狼(グラール)は決して敵ではない。放っておいても町や村の住民を襲うなんてことはない。

 青鬣狼(グラール)がこんな町の近くに現れることは珍しいが、恐らく大火の様子でも見に来たのではないかと思う。彼らとしての用が済んだら、再び人里離れた野や山へ帰っていくだろう。


 そう説明しても小領主(バェル)の不安そうな表情は晴れないが、根本的に彼らをどうにかする方法なんてものがないのだ。私が全力で攻撃すれば追い払うことは可能だと思うが、そんなことをすれば、青鬣狼(グラール)どころか〝守り手〟全てを敵にしかねない。


 そんなことを言い合っていてもきりがないので町へ向けて二足鹿(ヴェイツ)を進めると、仕方なしに小領主(バェル)らもついてくる。

 馬と二足鹿(ヴェイツ)では歩く速度も違うが、速歩(はやあし)で進んでもらえば足並みは揃う。二足鹿(ヴェイツ)をあえてゆっくり歩かせて馬の速度に合わせることも可能だが、それだと町へ着く前に日が暮れてしまう。



 町に戻る前に村に寄って青鬣狼(グラール)は見ても無視していれば良いと伝えておく。村人らは不安そうにするものの、青鬣狼(グラール)はむしろ危険な魔物を退治してくれる獣だから邪険にするなと言ってやれば諦めたように頷いた。


 町に到着することには陽は西の丘の向こうに沈み、小領主(バェル)の邸に着いた時には空に星が輝いていた。


「お帰りなさいませ、ルクルアーグ様。お帰りがけだったのでしょうか、ティアリッテ様と合流できたのですね。」

「それについては後で話す。食事や部屋の用意を頼む。私も少々疲れた。」


 そう言って小領主(バェル)は自室へと戻っていった。小領主(バェル)代行の方はこんなことも予想していたのか、使用人に言って速やかにポポナガッツや私を客室に案内させる。


 軽く湯浴みを済ませて出された食事を摂っていると、小領主(バェル)から会議室に来てほしいと伝言を持った使用人がやってきた。


 急いで食事を終えて会議室へ行くと、既に今回の騒ぎの報告会は始まっていた。


「大型の狼の中でも、(たてがみ)を持つ魔狼は危険度がたかいという認識だったのだが、本当に大丈夫なのですか?」

「東の方でもそのような認識が一般的だったのだが、彼らの流儀や挨拶の仕方が判明して以降は危険度は極めて低いと改められている。」


 小領主(バェル)らに対していちいちバランキル王国の名を挙げても意味はない。このミラリヨム男爵領はウンガス王国の中でも西の国境に接する領地なのだ。単に()としただけで十分だ。下手をすればバランキル王国どころか東の領地の名前を知らない可能性もある。


 とにかく、青鬣狼(グラール)だけではなく〝守り手〟全般が魔力の塊を交わすことで友好の確認をすることを伝えておく。


「魔力の塊を投げたときの反応は三つある。一つは受け止めて投げ返してくるもので、これは比較的友好な関係を作ることができる。魔力の塊に対し物凄い勢いで食いついてくるのは滅ぼすべき魔物だ。その場合は全力で攻撃を加えると良い。」

「残る一つは?」

「それはただの野の獣だ。それらは原則として貴族が相手にする必要はない。それらを狩るのは猟師の仕事のはずだ。」


 王都周辺ではウサギが大繁殖してしまったために騎士も動員したりしたが、それは例外だ。ウサギでもシカでもクマでも、野の獣ならば猟師に任せておけばいい。獲った肉や皮、爪や骨などは彼らの大事な収入源でもあるのだ。それを貴族が奪ってしまっては路頭に迷う者がでてきてしまう。


 さらに魔力の塊の投げ方も教えておく。畑に魔力を撒いているのならば、魔力の塊を投げること自体はすぐにできるはずだ。問題は受け取って投げ返すことだが、一年生(8歳)のころの私にでもできたのだから、頑張ればなんとかなるだろう。



「守り手のことも重要だが、私がこの町に来た理由も説明しなければならない。」


 話が一段落したところで切り出す。ネゼキュイア(西国)の動向や、滅ぼされた町や村から避難してきた者たちの受け入れは彼らにとって他人事(ひとごと)ではない。


「二千以上の避難民がゾネフラに流れ込んでいるだと⁉ 三日ほど前までは三百程度だったはずだ。」


 昼にも軽く伝えておいたが、改めて現状について説明をするとポポナガッツは顔色を変えた。一日あたりの避難民の数が一気に十倍以上になるなど予想してもいなかったのだろう。


其方(そなた)が町を出発して以降から急増したと言っていた。頑張ってはいたが、ミュールフールでは対処しきれぬだろう。早々に戻ってやるといい。」

「避難民はこのジャオキにも来るでしょうか?」

「可能性としては十分にある。許容できる人数を超えるようならば、モジュギオ公爵領に行くよう誘導せよ。」


 そう言って私の名を記した証書を渡しておく。ミュールフールにも同じように渡してあるとも伝えたが、ポポナガッツは苦い顔で(かぶり)を振る。


「手を打ってくれているのはありがたいが、その状況ではミュールフールには荷が重すぎる。」


 今すぐにでも戻りたそうな顔をするが、いくらなんでもこれからの出発はありえない。一日を争う事態だが、一秒を争うというほどでもない。今夜は休んで明朝早くにでも出発すれば良いだろう。


「こちらにはネゼキュイア軍の情報は入っていなそうだな?」

「特に何も聞いておりません。男爵閣下からの連絡が途絶えているため、それぞれの町で周辺を警戒している状態ですが、不審な人物を発見したなどの報せもありません。」


 そんな中、魔物の報せを受けて出ていったら青鬣狼(グラール)だったということらしい。それで小領主(バェル)が出ていくことなのかとも思ったが、領主からの支援が来ない上に小領主(バェル)自身も動いていないと気力が続かないのだろう。情報がない中で踏ん張るのは精神が削られるのは私も経験があるし、その苦しさはよく分かる。


「南側の敵は一旦排した。態勢を立て直して再度進攻してくるまで早くて一週間、順当にいけば二週間ほどかかるだろう。その頃には東より援軍が到着する予定であるしモジュギオ公爵の迎撃態勢も整うだろう。」


 近いうちに大きな動きがあるのは間違いない。その頃にはネゼキュイア側も偵察を各方面に向けて出すだろう。

 ウンガス軍がどこに陣取るかなど調べないはずもないし、恐らくこの町の近くにも偵察部隊はやってくると考えた方が良い。


「それを討てば我々に有利になるのですね?」

「その通りだが、無理はしなくて良い。また、兵を活用することも考えよ。」


 偵察班の数が二、三人ならば、その倍の数の騎士で当たれば倒せる可能性は高い。だが、七人以上の小隊の場合は正面からの戦闘を避けた方が良いだろう。弓兵を伏しておき、そこに誘導するなどの策を取った方が確実だ。


「平民の弓で騎士を倒せるものなのですか?」

「こちらの騎士に気を取られている横から射てやれば、平民でも騎士を打ち倒すことは可能だ。」


 正面から射かけたところで全部魔法で撃ち落とされてしまうだろうが、死角からの攻撃を防ぐのは簡単ではない。私ならば全方位に対応した風の守りを敷くが、魔力に自信がある者でなければそこまでのことはしない。

 もっと準備時間があれば、穴を掘るなどして敵の動きを阻害することなども考えられるのだが、今からでは間に合わないだろう。簡単に準備できる罠をいくつか用意しておくことを勧めておく。


 聞きたいことを聞き、伝えるべきことを伝えたら会議は解散となる。客室に戻り一泊休んだら、翌朝からまた二足鹿(ヴェイツ)(またが)り北に向かって駆けていく。


 途中の町にいくつか立ち寄り情報を集めながら進み、夕方に着いたエゼエミの町でネゼキュイアと思しき部隊の情報を得ることができた。


「北より逃れてきた者の話によると、この街道の先、シェルニオの町を占領、駐留しているようです。」

「その町までの距離はどれほどある?」

「手前にハリョニオの町があり、その向こうですから馬で一日ほどです。」


 ハリョニオの町は既に攻撃され廃墟と化しており、この町(エゼエミ)でも何時敵軍がやってくるのかと戦々恐々としているところらしい。


「周辺の地図はあるか? できる限り詳しい情報がほしい。」


 要求すれば小領主(バェル)エゼエミはすぐに地図をもってこさせ、説明を始めた。

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