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480 小領主と青鬣狼

 ジャオキの町でも、やはり小領主(バェル)は不在にしているという。話を聞くと魔物の群れの対処に出たらしいのだが、話を聞く限りだとその魔物とやらは青鬣狼(グラール)である可能性が高い。


 青い毛皮に全身が覆われ(たてがみ)が印象的な四足獣なんて青鬣狼(グラール)しか知らない。


「私も行った方が良さそうだな。どの辺りなのだ?」

「今から向かうのでございますか?」


 小領主(バェル)代行は眉を上げるが、青鬣狼(グラール)との敵対は一刻も早くやめさせなければならない。

 守り手と敵対する意義がないというだけではない。小領主(バェル)の騎士では、青鬣狼(グラール)に反撃されたら全滅してしまうだろう。


 それを端的に説明すると小領主(バェル)代行は顔色を変える。


「こちらへどうぞ。口頭のみの説明より地図を見た方が分かりやすいと思います。」


 地名を言われても分からないし、そうしてくれた方がありがたい。代行についていくと、執務室に通される。

 棚から出して卓に広げると、手短に説明を開始した。


「この地図はミラリヨム領北部のもので、この町(ジャオキ)はここです。」


 指差しながら隣町との位置関係を示し、その後に魔物の発見された場所の説明に移る。

 この町の西側には小川があり、その向こう側は森が広がっている。森の北と南に村があり、今回は南側の村から報告があったらいしい。


「この村のさらに南の草原で発見されたということです。」


 指先で地図を叩きながら小領主(バェル)代行は言う。地図を見る限りそれなりに距離がありそうだが、二足鹿(ヴェイツ)ならばすぐに着いてしまう範囲内だ。


「すぐに向かおう。」

「本当にこれから出発なさるのですか?」

「何か問題があるのか?」

「今からですと、日没までに到着が間に合うか分かりませんよ?」


 土地勘がある者ならば最短で向かうことができても、全く知らない土地ではそうはいかない。探しているうちに日が暮れてしまうならば、むしろ小領主(バェル)の邸で一泊して朝から向かった方が良いのではないかということだ。


「問題ない。二足鹿(ヴェイツ)ならば馬の倍以上の速さで駆けることができる。」


 特に急がずとも昼のうちには現地に着けるだろうし、それから二、三時間くらいは探索に時間を充てられるだろう。


 代行は二足鹿(ヴェイツ)を全く知らないようで、説明しても怪訝そうに眉を寄せる。それでも、彼にはそれ以上私を引き止めることはできない。


 小領主(バェル)の邸を出ると、まずは西へ向かう。畑の向こう側の川にかかる橋を越えると、地図にあった通りに森が大きく広がっている。


「この辺りは木が十分にありそうですね。」

「ここに来るまでの東側には森がなかったことを考えると、これでも減っているのかもしれぬ。」


 森を見ればソルニウォレらからも所感が口から出てくる。


 彼らには森林管理に関して直接的な仕事を与えてはいないが、護衛として一緒に彼方此方に行くことはしているため全く知識を持っていないわけでもない。


 人口当たりで必要な森の面積くらいは把握しているはずで、多い少ないという話なら彼らの間でも出てくる話題だ。


「急いで用件を済ませてしまうぞ。いくら森が広がっていても、ネゼキュイアに焼かれてしまっては元も子もない。」


 この近くに気配は感じられないが、北には大部隊が来ているはずなのだ。そちらの対処も急がねばならない。



 川沿いに二足鹿(ヴェイツ)を走らせていれば森の木が次第に(まばら)になっていく。そして、途切れるとその向こうには畑が広がっていた。


「村に一度寄る。」


 防風林もない畑の向こうに小さな村落がある。青鬣狼(グラール)発見が村の南側というのだから、北側の畑で働く者に聞いても分からない可能性が高い。


 話を聞くならば、家での仕事をしている者の方が確実だろう。


 そう思って道を折れ曲がっていたが、南の方から魔力の動きを感じた。


「急ぐぞ。あまり良い感じではない。」


 騎士たちに言うと、首を叩いて二足鹿(ヴェイツ)に加速の合図を出す。

 頭を下げて全速力の体勢を取ると、もの凄い勢いで景色が後ろへ流れていく。


 二足鹿(ヴェイツ)の最大速度は馬とは比べものにならない。銀狼や白狐に匹敵、あるいは凌駕するかもしれないほどで、一分ほどはその速度を維持できる。


 私が魔力を感じ取れる範囲内はそこまで広くはないため、十数秒もすれば騎士と青鬣狼(グラール)が対峙しているところが見えてくるし、さらに二十秒もあれば両者の間に割って入ることも可能だ。


「退きなさい!」


 叫んで青鬣狼(グラール)の側に魔力を多く含ませた水を撒き散らし、小領主(バェル)や騎士の方には魔力を含ませずにやはり水を撒き散らす。


 さらに、二足鹿(ヴェイツ)から飛び降りて十二頭いる青鬣狼(グラール)全てに向けて魔力の塊を次々と放り投げていく。


 こんな状況では挨拶に応じてくれはしないとは思うが、敵対の意思がないことを他にどうやって示せば良いのかも分からない。


 予想通りというべきか、ほとんどの青鬣狼(グラール)は私の魔力の塊を尻尾で払い退けたり、踏みつけてしまったりと悲しいくらい酷い対応だ。


 しかし、その中で中央付近にいた二頭だけが魔力の塊を投げ返してきた。

 応じてくれる者もあるのかと思ったが、少し様子が違う。次は青鬣狼(グラール)から魔力を投げてくる番なのだが、それをせずにこちらに近づいてくる。


 一体どうしたことかと思っていたら、一頭が私の目の前にまでやってきて、鼻先で突き飛ばすように私の肩を押す。


 さらに、ふんっと鼻息荒く小領主(バェル)らの方を睨みつける。


「彼らをどうにかしてほしい、ということですね?」


 それ以外に、この青鬣狼(グラール)の主張を解釈しようがない。


 了解したと首の辺りを撫でてから向き直り、笛を鳴らして二足鹿(ヴェイツ)を呼び寄せる。


 私の二足鹿(ヴェイツ)はすぐ後ろにいたはずなのだが、青鬣狼(グラール)が近づいてきたためだろう百歩ほど向こうに行ってしまっている。


「貴方も群れに戻っていただけますか?」


 すぐ横に青鬣狼(グラール)がいたのでは二足鹿(ヴェイツ)も近寄ってこれないだろうと思ってそう言うと、言葉を理解したのか後ろを向いて歩いていく。


 それを見ると二足鹿(ヴェイツ)も私の前にやってきてしゃがみ込む。走らせた後だし水や食料を与えたいところだか、それよりも優先すべきことがある。


 二足鹿(ヴェイツ)に乗ると、ミュンフヘイユらと言い合いをしている集団に大音声で呼びかける。


「私はティアリッテ・シュレイ、王宮からの遣いである。貴方(きほう)らは小領主(バェル)ジャオキとその騎士で間違いないか?」

「王宮の貴族がなんの真似でありますか? 危険な魔物を土地から排除するのも我らの務め、邪魔をしないでいただきたい。」

「危険なのは貴方(きほう)らだ。青鬣狼(グラール)と戦ったところで、貴方(きほう)らでは勝てぬぞ。そもそも、手懐けてしまった方が話が早いだろう。」


 小領主(バェル)としての使命を果たさんとするのは良いのだが、もう少し周囲を見てほしい。青鬣狼(グラール)を追い払おうとして騎士に犠牲を出していては、本当に有害な魔物に対処できなくなってしまう。


 ネゼキュイアの侵攻のせいで領主からの支援を期待できず、小領主(バェル)が自分だけで対処せねばならないということで気持ちが逸ってしまったのだろうが、もう少し落ち着いてほしいものだ。



 とりあえず、小領主(バェル)らが戦闘態勢を解いたことで、私たちも休憩に入る。全速力で走った後はやはり疲れているらしく、桶に水を注いでやると二足鹿(ヴェイツ)は競うように口を突っ込む。


「ところで、ネイズの者はここにいるか?」

「私がポポナガッツ・ネイズだが、何か御用でしょうか?」

「町に残っている娘らが大変苦労していたぞ。早く戻ってやれ。」

「娘が? 確かに三日ほど空けていますが、数日くらいならば大きな問題もないかと思われますが。」

「大きな問題が発生してしまったのだ。助言はしておいたが、経験が浅いものだけでどうにかできるとは思えぬ。」


 そう言うとポポナガッツは戸惑った表情で考え込む。彼のここでの用事が何だったのかは知らないが、済んでいるのならば早く帰った方がいい。


 とはいえ、既に夕方が近づいてきている。馬で移動することを考えれば出発は明日になるだろう。

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