479 状況確認
ミュールフールらが周辺の状況をどこまで把握しているかも確認したが、全く把握できていないと言っても差し支えないようだった。
彼らの力不足なのかとも思ったが、小領主らは把握できていなかったのではないかと言う。
「西の国が攻めてきた、町がいくつも焼かれたとは聞いています。しかし、具体的にどこが被害に遭っていてどこが無事なのかといったことは全く分かっていません。」
邸に残る騎士も少なく、周辺を警戒するので精一杯で調査に出すこともままならないという。
「避難民が押し寄せていることは小領主らは知っているのか?」
「知らない可能性が高いです。三日前まではこれほどの人数はなかったのです。」
小領主と入れ替わるように、二日前から大量の民が押し寄せてきたらしい。小領主も、まさかそんな事態になるとは思っていなかったのだろう。
経験も知識もない事態にミュールフールらも有効な方策を出せなかったというが、それも仕方がないだろう。
「到着したのが二日前からならば言いづらいこともなかろう。避難してきた者を全員受け入れることができぬことくらい、民でも分かる。」
一時的に休憩のために滞在することは許すが、居住させることはできないとはっきり言うべきなのだ。変な希望を持たせ、それが長引けば不満は大きくなる。
「隣の町との連絡は?」
「そのために小領主が南のドネネヨに、父が西のジャオキへ向かったのです。」
隣の町までは徒歩で行っても一日なのだから、馬で行けば半日程度で到着するはずだ。
一晩、小領主どうしで話をして翌日の夜には戻ってくる。ミュールフールも、それくらいならば留守を守れると思っていたのだろう。
しかし、三日目になっても小領主らは戻ってこないし、どうして良いのか分からない数の避難民が押し寄せてきたりすれば途方に暮れるしかない。
「本来、私が口を挟むべきことでもないのだが。」
念のため、予め断りを入れておく。
王宮付き貴族という立場の私が、地方の小領主やその一族に命令するのは本質的に筋違いだ。
避難民を越境させるのは、私の指示がなければ小領主の責任では判断しようがないためやむを得ないと言えるが、今から言うことはあくまでも助言なのだ。
「しばらくは、邸の中の執務は諦めた方が良い。急ぎ避難民を捌いていかねば町の治安も悪くなるし、時間が経つほど仕事が増えていくであろう。」
嵐が到来したりすれば別だが、天気に問題がないならば、どんどん東に送り出していかないと食料の奪い合いが始まりかねない。
おそらく、既に畑から野菜が盗まれるなどのことは起きているのではないかと思う。町を出ていく者には食料を与えるなどすれば、避難民の不安も少しは軽くなるだろう。
「倉から出して与えるのですか?」
「出した分は記録しておけば、後ほど他領からの支援物資が届くように手配はする。」
つまり、約束できるのは冬の備蓄に対してということになる。冬を迎える前に自分たちの食べるものがなくなってしまわぬように調整することは必要だ。
「騎士も文官も畑に出て魔力を撒き、魔物を駆除することも必要だ。特に、いくつかの芋類は今らでも収穫量を増やすことができるはずだ。」
増やせるのは、収穫まで一ヶ月以上ある作物だけだ。今からどんなに魔力を撒いても、来週収穫の豆は全く増えない。
「文官も、ですか?」
「この町に限った話ではないのだが、危機的な状況にあると思った方が良い。対応を誤れば、一年後にはこの町はなくなっていることになる。」
脅すわけではないが、事実の認識ができていないならばそう言うしかない。文官とか未成年とか言っていられるほど余裕はない。
支援の食料は回すしてやるつもりではあるが、受け入れた避難民のための冬の備蓄は基本的にこの町で頑張ることだ。
総出で避難民の誘導と収穫の向上に努めなければ、暴動が起きる可能性が非常に高い。
そう説明するとミュールフールは落ち着かなく視線を動かすが、頑張って一つずつ進めていくしかない。
そもそも経験不足なのに、あれもこれもやろうとすれば全部失敗してしまいかねない。後回しにできることは全部後回しにして、優先度の高いことに集中して取り組んだ方が良いだろう。
「小領主が戻ってきたときのために書類は残しておこう。」
後で、経験もない未熟者が勝手な施策をとった、などと言われても困るだろう。町の状況を手短に纏めて、有効と思われる施策を列挙しておく。
その後は、ミラリヨム男爵領の現状について私の知る限りを伝えておく。
領地の大半が焦土と化しているとまでは思っていなかったらしく、ミュールフールらは酷く衝撃的な表情をしていたが、そこは呑み込んでもらいたい。
「他には無事な町は無いのですか?」
「ミラリヨムの領地内で、初めて見つけた無事な町がここだ。」
もしかしたら西隣の町などは無事なのかもしれない。しかし、何の確証もない以上は私も「分からない」とするしかない。
その後、干し野菜や麦を受け取って町を出る。
向かう先は西の町だ。ミュールフールの父親が向かい、未だ戻らないというのは何かがあったと見て間違いないだろう。
もしも敵が迫っているならば排除しておきたい。早く北に向かいたいが、敵がいる可能性が高いのにもかかわらず無視していくのは無責任だろう。
数人の小さい班ならばともかく、数十人の小隊がうろうろしているならば小領主の戦力では対抗できない可能性がある。
二足鹿で駆けていけば、馬で半日の距離は本当に僅かな時間で到着する。雑踏の中、町を出るのに手間取っている時間の方が長いのではないないかと思うくらいだ。
真昼に出発すると、まだ夕方というには早い時間帯に町は見えてきた。
ところが、畑で働く農民の姿はない。どう見ても瓜や葉物野菜などが収穫時期を迎えているのに誰も作業をしていないのは不気味なものだ。
「何かがあったのは間違いないようですね。」
「ネゼキュイアの騎士か、あるいは火に追われてきた魔物が現れたのかもしれんな。」
少々の火では魔物は焼け死んだりはしないが、大規模な野火ともなれば耐えきれないのかもしれない。餌が全て灰となってしまったために彷徨い出てきたということもある。
どちらにせよ、周囲にそれらしき気配はない。ならば、町へ行って話を聞いた方が早い。
手綱を握り首を軽く叩いてやれば二足鹿はものすごい勢いで駆けていく。道に人がいる場合は危険すぎて走らせられないが、誰もいない道ならば遠慮はしなくて良い。
二足鹿というのは全力で走り回るのが好きな生き物らしい。存分に走らせてやらねば、段々と不満そうな態度になっていくのだ。
その後で休憩ができると分かっているのであれば、体力の心配も必要がない。町までの畑道を二足鹿はあっという間に駆け抜けていった。
「私はティアリッテ・シュレイ。ウンガス王宮からの遣いである。」
町の入り口に着くと、そこを守る兵士が絶望の表情で待ち構えていたが、私は敵ではない。近づくものがあれば警戒するのは分かるが、そこまで死にそうな顔をしなくても良いのにと思う。
「ここの小領主は無事か? 東の町から遣いがあったはずだが、こちらに来ているか?」
ミュールフールの父親は、道中に何かあってここには着いていない可能性もある。尋ねてみると、兵士たちは互いに顔を見合わせて指折り数えて答えた。
「小領主に何かあったとは聞いていません。それと、ミュルネビオ様は、三日までにいらしています。」
「その返答だと、帰ってはいないのだな?」
「は、はい。」
兵士が頷くと、私は二足鹿の足を進める。無事ならば、本人に話を聞いた方が早い。
こちらの町も道に人が溢れているが、活気に乏しい。そうなる理由はもはや明確で、何者かの襲撃を恐れているのだ。
小領主の邸に着くと、再び名乗りを上げて通してもらう。
正面扉が開かれると邸内は明らかに慌ただしいといった様子で、出てきたのは小領主の代行だった。




