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478 ミラリヨム領最北の町

 領地の境界付近を北へと進んでいく途中で近くの村に立ち寄り農民に話を聞いてみたところ、一週間以上も前に川向こうで大火事があったが、それ以降は特に何の変化もないらしい。


 彼らはネゼキュイアがミラリヨム男爵領に攻めて来たことは知っていたが、誰もネゼキュイアの騎士が川を越えてきたのを見たことはないらしく、とくに警戒もしていないという。


「この辺りにも敵が攻め込んでくる可能性がある。何かあればすぐに小領主(バェル)に報せるといい。」

「な、何かあるのかい?」


 念のために注意喚起だけはしておくべきかと思ったのだが、置かれている状況が全く分かっていない農民に対し、無用に不安を煽るようなことになってしまったらしい。


「近くにいた敵は蹴散らしておいたので、今すぐにどうこうということはない。ただし、ネゼキュイアがどう動くかは全く読めぬ故、不審なことがあればすぐに報告するように。」


 そう言ってやると、農民は神妙な顔で頷く。


 大きな動きがある前には必ず偵察が活発に走り回るはずだ。いきなり本隊が攻め込んでくることは常識的にあり得ない。地形も把握せずに突っ込んでは、一網打尽の憂き目に遭いかねない。


 その偵察も、無用に村を襲うことはしないはずだ。騎士が駐留していれば戦力を削っていく意味はあるが、戦力にならない村人を殺して回る意義はとても薄い。動きを察知されやすくなる不利益を考えれば、痕跡は残したくないはずだ。



 村に立ち寄ったついでに、私たちの食料も補充しておく。証票を書いてやれば嫌な顔もせずに収穫したばかりの麦や野菜を提供してくれる。

 徴税の際にそれを示せば、書いてある分は既に納めたものとして減免されるのだから断る理由もない。


 なお、村人の話では二足鹿(ヴェイツ)が好んで食べる根菜は、人が食べると腹を下すらしい。馬も食べようとせず家畜飼料としても役に立たないため、畑で栽培することもないという。


 楽しみにしていた騎士には悪いが、二足鹿(ヴェイツ)の餌という位置づけで良いだろう。むしろ、いくら与えても近隣の住民にはなんの影響もないならば、遠慮も心配もせずにいられるというものだ。


 一晩野営してさらに北へと進むと、昼前くらいに西へと伸びる支流に当たった。ずっと続いていた焼け野原もそこで終わり、支流の北側は草木が茂る野原が広がっている。


「ネゼキュイアの騎士は、この辺りには来ていないということか。」

「無事なのは良いのだが、無性に気に入らんな。」


 平和な光景にほっとすると共に、言いようのない不快感に襲われた。騎士たちを見ると、やはり数人は不愉快そうに顔を(しか)めている。



「モディノゴム将軍とやらは、方針が違うのでしょうか?」

「単に、北の部隊までの距離が離れているだけと思うが、もう少し情報を集めねばなんとも言えぬな。」


 この近くにも襲われた町や村があるならば、方針が異なっているのだと明確に分かる。さらに北に行けば川の支流はまだあるはずだし、その向こうはまた焼け野原という可能性もある。


「最も可能性が高いのは、北の部隊の位置があと一日以上先ということだろう。」


 近距離で部隊を分ける合理性はないし、馬で数日以上の距離をあけているだろう。


 距離を取って複数の部隊を配置して、こちらに連携をさせないのが狙いなのだろうと思われる。守る範囲が広くなれば必要な人員も多くなるし、どれか一つの隊が目的を達すればそれで良いという考えならば有効な作戦だろうとも思う。


 二つの部隊が近すぎると、その中央付近に戦力を集めれば両方に対処できてしまう。よほど特殊な地形でもない限り、互いに戦力を分割する合理性なんてないだろう。


 そうなると攻め込まれている地域から遠く、隊の中間にある町や村は無事である可能性もある。ネゼキュイアが東を目指すならば、それらを一々攻め落とすのは戦力の無駄遣いだ。



 地図を頼りに町を探してみると、攻撃も野火も免れた町は実際に見つかった。農民たちは思ったよりも平和に畑の収穫に勤しんでいたが、町の様子は少々違う。


「随分と人が多くありませんか?」


 町の中は、とにかく人でごった返していた。王都でも見かけないほどの雑踏に騎士が怪訝そうに言う。


「南の方から逃げてきた者もあるのだろう。小領主(バェル)に話を聞かねばなるまい。」


 焼かれた地域の者が全て殺されてしまったわけでもないだろう。何とか避難が間に合った者たちが無事な町へと集まってきたのだと予想される。


 避難民をどの程度受け入れられるかは大事な話だし、他にも無事な町の情報などあれば、探し回る手間も省ける。私としては小領主(バェル)と話をしない選択肢はない。


「道を開けよ!」


 大声を上げると、道路に(あふ)れる人だかりが分かれていく。その中央を進んでいるとやたらと視線が注がれるが、二足鹿(ヴェイツ)が珍しいためだろうか。


 町はそう大きくもなく、そんな中を進んでいけば、すぐに小領主(バェル)の館に到着した。門で名乗ればすぐに通され、慌ただしく出てきた三人に迎えられた。


「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。私はミュールフール・ネイズと申します」


 そう挨拶するのは、見たところ私とそう変わらない年齢の女性だ。その横には、恐らく弟だろう、明らかに年下の男性二人がいる。


小領主(バェル)は何処だ?」


 そう名乗っていないし、態度からして彼らは小領主(バェル)ではないだろう。状況が分からない以上、こちらから尋ねるしかない。


「申し訳ありません、ただいま不在でして……」

「所在を尋ねただけだ、謝る必要はない。事前の連絡も無いのだ、外出していることもあるだろう。」


 迎えに出た三人は頭を下げるが、別に彼らに非は何もない。行くと伝えていた日に不在にしていれば怒るだろうが、そもそも今は平時ではない以上、小領主(バェル)がどこを駆けまわっていてもおかしくはない。


 町の周辺の安全の確認や危険の排除など、小領主(バェル)としてすべき仕事は多いだろう。騎士だけでは手が足りず、小領主(バェル)が自ら現場に出ていても何も不思議もない。


 そう言うと、少し安心したように姉弟は(そろ)って息を吐く。


小領主(バェル)や父は、三日前に出て行ったきり戻らないのです。」

「あまり良い状況ではなさそうだな。場所を移しても良いか? それと、騎乗してきた二足鹿(ヴェイツ)を休ませてやってほしい。我々の食事は不要だが、野営用の携行食を融通してくれるか。」


 言い方から察するに、ここに残っているのは現小領主(バェル)の孫だろう。

 戸惑っている者にあれこれ要求するのもあまり気分が良いものでもないが、小領主(バェル)の急な不在で不慣れな者しか残っていないならば仕方がない。


 通常は気を遣って手を回してくれることも、一つ一つ伝えてやらねば分からないこともあるだろう。


 はっとしたように使用人に指示を出し、会議室へは自らが案内をする。そのあたりは不慣れというよりも人手不足が原因だろう。そもそも邸の中には手が空いてそうなものがいない。


「こちらにどうぞ。すぐに茶を用意させます。」


 案内されたのは広めの会議室だ。おそらく、この邸で最も広いものだろう。左の壁を囲むように三つの長机が並び、私は右の長机の中央に着く。


「いくつか確認したいことがあるのだが、まず、この町および周辺の状況を聞きたい。町の様子はざっと見たが、避難民の数など把握できているか?」

「大変申し訳ございません、詳細は把握できておりません。」

「いちいち謝らずとも良い。元の人口は把握できていよう? そこから何百人、あるいは何千人増えている?」

「元の人口は千八百……、ほどでございます。少なくとも、それと同数以上が流れ込んできているとは思います。」


 その数を受け入れてしまっていることに驚きだが、どこが安全なのかも分からなければ出ていけとも言えなかったのだろう。

 だからといって、このままにしておけば遠からずこの町が滅びてしまう。


「この町で受け入れる避難民は、最大で九百程度までにせよ。残りは全部東へ向かうように言うと良い。人口が倍になれば、食料が全く足りなくなるはずだ。今は良くても冬を越すことができぬ。」


 冬のために備蓄する分もすべて消費してしまえば、秋までは持つだろう。しかし、そんなことをしても先はない。食料が尽きた状態で冬を迎えれば悲惨なことになるだけだ。


「領地を越えて移動して受け入れられるのでしょうか?」

「モジュギオ公爵領の小領主(バェル)に宛てて私の名で避難民を受け入れるようにと書簡を用意しておけば、悪いようにもされないだろう。」

「お心遣い、ありがとうございます。」


 越境しての移住は、本来は両方の領主の許可を必要とする。移住させることに責任を負いきれないと小領主(バェル)が言うのは想定の範囲内だ。


 根本的に、領主にとって住民とは財産の一つなのだから、勝手に移住していれば大変なことである。


 ウンガス王国からブェレンザッハに何百人もの民が流れてきていたが、元の領地では住民の行き先が分からないために苦情を言えないだけだ。

 すぐ隣の領地で人口が大量に増えていて分からないはずがなく、平時にそんなことがあれば普通は大問題になる。

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