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477 奇襲と離脱

 ネゼキュイアの本隊を探して西へと進むと、一時間ほどで見つけることができた。先ほど遭遇したネゼキュイア騎士は「馬で一時間以上」と言っていたが、実際には馬だと二時間ほどはかかるだろう。


「さて、どこから攻撃したら良いものかな。」


 千歩ほども先に無数の天幕が並んでいるのが見えるが、馬車らしき影はまばらにしか見当たらない。先日の攻撃のこともあり、馬車を一箇所にまとめて置くこと自体をやめたのかもしれない。


「馬車が見当たりませんね。裏側でしょうか?」


 私の(つぶや)きにソルニウォレが答える。


 馬車への攻撃は人的な損害は少ないが、人と相対しない分だけこちらの危険も少なくて済む。そのため、時間稼ぎや攪乱(こうらん)を目的とする場合にはとても有効だ。


 撃滅したいと思っていても、この人数差では無理がありすぎる。数百人に取り囲まれれば無傷で脱することも難しくなるだろう。持久戦になれば、先に力が尽きるのは数が少ないこちら側だ。ソルニウォレだってその危険は冒したくはないだろうし、冒す意味もないと思っているのだろう。


「期待しない方が良いかもしれぬな。一度休憩を取ってから突撃する。」


 突撃と言っても、深くまで攻め込むようなことはしない。飛礫(つぶて)を放り込みすぐに離脱する。それで何人を倒せるかは分からないが、何十人かを負傷させるだけで良い。むしろ、死者しか出さないのでは逆に不都合だ。


 休憩自体には誰も反対することはなく、騎士たちはすぐに二足鹿(ヴェイツ)を降りて水や餌を与える。しかし、突撃ということに関しては目的など察しかねるようだったようで、ミュンフヘイユが質問をしてきた。


「それでネゼキュイアは撤退してくれるでしょうか?」

「こちらの本隊がまだ到着していないことは知られていないだろう。だが、我々が動き回っていることは知られている。戻った先には当然本隊が待ち構えていると考えるものだ。」


 その本隊と当たって勝てると踏んでいるならば、被害が増える前に攻勢に出てくるはずだ。こちらは時間が経てば経つほど援軍が集まってくると予想されるのだから、その前に叩いていかねばならない。


 それができず一度引き下がったからには、態勢を立て直し終わる前に再度攻勢に出ることはできない。それでは無駄に被害を増やすだけなのだ。


 そう説明するものの、騎士たちはなかなか納得には至らないようだ。


「逆の立場で考えてみると良い。四、五十人で遠征に出て数人が負傷したらどうする?」

「遠征先で怪我人が増えると面倒ですね。怪我人だけで帰還できれば良いのですが、動けぬようだと帰還のためにさらに人員が必要となってしまいます。」

「そうすると、敵に何の打撃も与えないまま戦力が減っていくのだ。何とかせねばならないだろう?」


 運を天に任せて突撃してくることも、可能性としてはゼロではない。常識を超えた策を出す勇者とやらが何かを仕掛けてくることも考えられる。

 しかし、それは恐らく罠を張って待ち構えるという類のものになるだろう。私を追って敗けて帰ったことを簡単に忘れられるはずもない。


 つまり、私たちが深く攻める姿勢を見せなければ、敵は一度退かざるを得ないのだ。


「あの周辺に罠を仕掛けている可能性はないのですか?」

「伏兵はいくつかあるぞ。」


 心配そうに質問してくるが、何もないはずもない。おそらく、ネゼキュイア側も形振りを気にしていられる状況でもないのだろう。


 辺りは焦土と化しているものの、黒焦げになった灌木や樹木の残骸はあちこちにある。それらに隠れて近づく敵に不意打ちを仕掛けることは既に作戦に織り込んでいるようだ。


「もっとも、魔力の気配は隠せていないがな。もっと近づけば、其方(そなた)らでもわかるだろう。」


 隠れた敵は地を()わすように放った雷光で撃てば、それと気付かれぬように倒していける。

 私やフィエルナズサに対しては、騎士の伏兵は全く通じない。不意打ちだけで倒せなくても、派手に戦闘があれば本隊側もすぐに気づく目論見なのだろうが、それすらも通じない。速やかに片づけて進むのは造作もないことだ。


 他にも罠としては毒を撒いておくなどがあるが、自陣のすぐ側でやることではない。風向き次第では自滅してしまうことになる。来るかも分からない敵に対して、そこまでの危険を冒すことはしないだろう。



 とにかく慌てさせて、態勢を立て直さねばならないと強く思わせるのが目的なのだと一通り説明すると、騎士たちも納得したように頷く。


 数分の休憩を取った後、再び二足鹿(ヴェイツ)に跨ると目を凝らして取るべき経路を探し始める。


「少し左の方が障害物が多そうですね。このまま直進でしょうか。」

「うむ。私も右の方が平坦(へいたん)に見える。あちらの方が伏兵も少ないのではありませんか?」

「いや、障害物が多い方が敵に気づかれにくいだろう。近づくのは左の方が良いのではありませんか?」


 どうにも馬での行動が判断基準から抜けてない者もいる。二足鹿(ヴェイツ)は障害物など物ともしないのだから、左側で良いだろう。それに、潜んでいる伏兵は多い方が良い。そちら側の方が本隊としても油断しているだろう。


「左側に回り込みながら接近し、離脱は真南とする。」

「承知しました。」


 私が決定すると、騎士たちもそれ以上の異を唱えない。ばらばらに歩いていた騎士も列を組んで二足鹿(ヴェイツ)の速度を上げていく。


 潜む気配に近づくと、まずは水の玉を叩き込んでやる。本当に万が一だが、反撃の機を窺っているミラリヨム男爵の騎士である可能性もあるためだ。


 気を失っているであろうところに近づいてみると、やはり見た目からしてネゼキュイアの者のようだった。


「敵陣の目前でそこまで気にしなくてもいいと思うのですが……」

「これ以降は確認しないで雷光で撃っていく。」


 騎士たちは苦笑いをするが、それでも誤って味方を背後から撃ってしまうのは気持ちのいいものではないだろう。雷光でとどめを刺すと、速度を上げてネゼキュイアの陣地に向かって駆けていく。


 右に左にと雷光を放っていけば、伏兵は魔法を放つどころか悲鳴を上げることもできずにその場で命を失っていく。本当に何の役にも立たない無駄死にだが、そんなことを慮ってやる筋合いはない。


 四百歩ほどのところまで近づいた時には、ネゼキュイアの陣地で慌ただしく動く様子があったがそれでは間に合わない。そこから魔法が届く距離に入るまで十程度でしかないのだ。


 馬にも乗らずに杖を構える者たちが並ぶが、飛礫の魔法は彼らの攻撃圏外からでも十分に届く。殺すのが目的でなければ、なおさら遠くからの攻撃が可能だ。風の魔法と飛礫の魔法が一斉に放たれれば、敵側に悲鳴と混乱が広がっていく。


 その後は陣の端に沿うように南西へと回り込みながら進み、数十秒で南へと離脱する。接近時とは違い、離脱時は隠れる必要もない。敢えて分かるように伏兵を爆炎で(ほふ)っていく。


「追ってはこないようだな。」

「前回と同じ失敗は繰り返さないでしょう。」


 あわよくば、また勇者とやらが追ってくるかとも思ったが、本隊から追撃してくる様子はない。出てきてくれれば、こちらも出し惜しみせずに倒してしまおうと思っていたのだが、そう都合良くはいかないものだ。


 その後は大きく東へと回り込んでモルミミ川沿いに北上する。モディノゴム将軍とやらがいる北の隊にも牽制(けんせい)をかけておく必要がある。


 それに、この焼け野原がどこまで続いているのかの確認もしておいた方が良いだろう。


 川の東側には草が生い茂っており、二足鹿(ヴェイツ)の餌となる植物もある。川辺には以前に掘り返して食べていた根菜が多く生えているようで、見覚えのある葉を見つけたら休憩を取るようにしてやると二足鹿(ヴェイツ)は喜んで食べる。


 やはり農民が管理している様子でもなさそうだし、餌の節約にちょうど良いものを見つけたものだと思う。


「あれは美味いのですかね?」

「あのような野菜は私も畑で見たことがない。もしかしたら王都の周辺ではないだけで、この辺りでは有名なものなのかもしらぬが。」

「ひとつ、シチューに入れてみるか?」


 二足鹿(ヴェイツ)のあまりの食べっぷりに騎士も興味を持ったらしい。

 だが、今、あれを試食するのは褒められたことではない。少なくとも、このあたりの民に可食であるかを聞くべきだろう。


「我々の食料も補充したいし、村の者がどう暮らしているかなども気になる。もしかしたら何らかのネゼキュイアの情報もあるかもしれぬ。」


 近くの村へ寄る大義名分などいくらでも作れる。私がそう言うと反対する者は誰もいなかった。

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