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476 小競り合い

 追っていくと、足跡はしばらく北西へ向かい休憩なのか一度止まる。その後、再び東へと向かってモルミミ川に当たると川に沿って北へと進む。


「止まれ。北西に何者かいる。」


 感じた気配の方を指差すが、黒焦げになった茂みが連なっていて直接の視認はできない。

 それでも間違いなく野原の向こうに騎士と思しき魔力を感じるのだ。


 一度止まり、集中して千歩以上も先の魔力を探る。


 以前は信じられないと思っていたが、最近は私も千歩数百歩程度までなら気配を感じられるようになってきている。

 といっても人の多い城の中では無理だ。周囲にほとんど人がおらず、じっと集中していれば、微かに感じ取れるという程度ではあるが。


「動きまわっている、というより魔法を使っている? 何かと戦っているようだな。まっすぐ向かうぞ。」


 もしかしたらミラリヨム男爵領の貴族が生き残っているのかもしれない。それがネゼキュイアの騎士と戦っているならば、無視するわけにはいかないだろう。


「数はわかりますか?」

「遠すぎる。」


 さすがに千歩以上も離れていては数まで捕らえることは難しい。一人や二人ではないことは分かるが、五人なのか十人なのかまでは区別できない。


 そんなことは近づけばわかるのだから、すぐにそうすれば良い。幸い、二足鹿(ヴェイツ)の足ならば千歩程度の距離はあっという間に駆けてしまうのだから。


「あれは一体?」

白野羊(メーンピゥ)に加勢するぞ。」


 右手奥側に白い獣がいくつか固まっており、左手前の騎士と魔法を交わして水や炎を周囲にまき散らしている。そして驚くべきことにその周囲は草原が燃え残っていた。


 目の前の光景に理解が追い付かないのか騎士たちも戸惑ったような声を上げるが、今すぐにすべきことは一つだ。


「私はティアリッテ・シュレイ。ウンガス王宮の遣いである。其方(そなた)らは何処(どこ)の部隊だ?」


 念のために大音声を張って名乗り所属を尋ねるのは怠るべきではない。服装からしてそれはないと思われるが、万が一ということもある。もしかしたら、ミラリヨム男爵領の者がネゼキュイアの騎士に(ふん)して活動しているかもしれない。


 ほとんどの場合、その懸念は無駄に終わる。今回も例外ではなかったようで、騎士たちは方向を転換して南方へ逃走を図ろうとする。


「撃て。」


 指示を下さずとも騎士たちは水の玉や槍を一斉に放つ。敵がいる可能性が高いと事前に言っているのだから、当然全員がいつでも攻撃を開始できるよう準備をしている。

 走りだしてまだ十分に速度が乗る前に側面からの一斉射にさらされれば、次々に倒れていった。


 騎士が乗っていたのが二足鹿(ヴェイツ)ならばそれでも逃げ切れたのかもしれない。

 しかし、普通の馬であることは変えようがなく、五人いた騎士は数秒で全員が地面に転がる結果となった。


「彼らを動けなくしておいてくれ。私は白野羊(メーンピゥ)の相手をする。」


 騎士はずぶ濡れのうえ土と灰にまみれて横たわっているが、白野羊(メーンピゥ)の方は状況が呑み込めていないのか警戒を未だ解いていない。私たちが敵ではないことを示さねばならないだろう。


 まずは周辺に魔力を撒く。今にも攻撃をしてきそうな白野羊(メーンピゥ)に向かって魔力の塊を投げれば、変な勘違いをされかねない。そう思って右に左にと魔力を撒いていると、地面に横たわり動かない白い塊がいくつもある。


 そのうちの一つ、右側にある中で一番近いものに向かうと、想像通り、いや想像より遥かに酷いものが目に映った。


「なんて可哀そうなことを……」


 思わず声に出てしまうほど惨い状態だ。

 これは、殺すために殺すやり方だ。私も数えきれないほどの魔物を殺してきたからわかる。ほかに目的が無いから、死骸の状態など気にもしないのだ。


 普通は、獣に対してこんな殺し方をしない。全身に魔法を撃ち、ずたずたにしてしまったのでは肉や毛皮を得ることなどできないだろう。魔物を狩る場合でも、食用にする前提の場合は頭だけを撃ち抜くなど気を使うことは多い。


 二足鹿(ヴェイツ)を降りて、動かず横たわる白野羊(メーンピゥ)の頭にそっと触れる。

 まだ、体温が残っているものの、既に生命は感じられない。もっとも、まだ生きていたとしても私にできることなど何もないのだが。


 もう少しだけ早く来ることができていれば。


 足跡を見つけた時、迷わずにこちらに来ることを選んでいれば。


 最早どうしようもない過去が悔やまれて仕方がない。


 思わず立ち尽くしていると、白野羊(メーンピゥ)が私の近くまでやってきていた。


「申し訳ありません。私たちの戦いに巻き込んでしまったようです。」


 謝罪を述べるとともに、魔力の塊を三つ放る。

 もしかしたら受け止めてくれないかとも思ったが、三頭の白野羊(メーンピゥ)は魔力の塊を鼻先でつついて受け止めると、ほんの少し躊躇(ためら)った後に投げ返してくれた。


 いつもならば挨拶の後は近くに寄ってくるのだが、今回はそれはなかった。白野羊(メーンピゥ)から投げられた魔力の塊を投げ返すと、ぷいとそっぽを向いてしまった。

 それでも敵対しないだけ良いとするしかない。


「戦はまだまだ終わりそうにありません。東の川向こうまで行けばここよりは安全でしょう。」


 ここの緑が残っているのは、彼らのお陰だろうと思う。数十頭の白野羊(メーンピゥ)が手分けして水を撒いてやれば、半径数百歩程度の広さを確保することはできただろう。


 だが、この面積の草原だけでは残っている十八頭を支えることはできないだろう。守った土地を離れろと言うのは酷だが、一年ほどは諦めざるを得ないだろう。


 白野羊(メーンピゥ)は私と東の方を何度か視線を行き来させ、一頭が歩き始めると残りも一緒になって東へと向かっていった。



「ティアリッテ様。二人が生きていますが、いかがいたしましょう?」


 白野羊(メーンピゥ)を見送っていると、ミュンフヘイユが声をかけてきた。

 つまり、無力化を図る最中に三人の息の根が止まったということでもあるが、それは気にするべきことでもない。


 情報を得るのは大事なことだが、それ以上に大切なのは自分たちの安全を確保することだ。情報を得たところで、それを持ち帰られないならば全く意味がない。


「本隊の場所を聞き出せるか?」

「尋問してはいますが、答えるかは定かではありません。」


 言われるまでもなく、すでに尋問は開始しているらしい。ミュンフヘイユの先ほどの質問は、他に聞き出すべきことがあるのかの確認だ。


「本隊はどこだ? 今すぐに、話せば其方(そなた)らは解放してやろう。」


 再び二足鹿(ヴェイツ)(またが)って捕虜二人のところまで行くと、上から質問を投げ落とす。

 両手両足を縛られて身動きするのも大変そうなのだが、二人は身をよじって私を見上げると、そろって顔を大きく(ゆが)める。


 その顔が赤く染まっているのは、私の火球が彼らを照らしているせいだ。浅黒い肌の顔は、表情は分かっても顔色の類は読み取りづらい。青褪(あおざ)めているのか紅潮しているのか、さっぱり分からない。


「残り二十秒。」


 固まったままの彼らが話そうと思うまであまり長々と待つつもりもない。話すつもりなないならば、この場で処分するだけだ。以前に捕らえた騎士と違って、彼らを

 モジュギオの城まで連れ帰る利点はほぼない。


 それに必要な時間を考えれば、この場で処分か解放の二者択一だ。


「ここからだと、ほぼ真西だ。馬で一時間以上掛かる距離だから、ここからだとどう頑張っても目で見つけることはできぬはずだ。」

「裏切るのか、貴様⁉」


 一人が本隊の位置を離したことに、もう一人が非難の声を上げる。捕虜となってしまった際にはこのような演技をするよう指示されているのでなければ、位置情報はわりに正確であると予想される。


 その後も言い合いを続けるが、それに付き合う義理など僅かたりともない。


「全員、騎乗しろ。西へ向かう。そこのネゼキュイア騎士は国へ戻ると良い。二度とこのようなことをするな。」


 速やかに話せば解放すると言ったのだから、その約束は守る。〝守り手〟である白野羊(メーンピゥ)を殺した腹立たしい者たちであるが、彼らを殺せば済む話ではない。むしろ、隊に戻って白野羊(メーンピゥ)を殺してはいけないと触れ回ってもらったほうが都合が良い。


 騎士が全員二足鹿(ヴェイツ)に跨ると、小さな火の玉を放って捕虜の(いまし)めを解いてから出発する。


「良かったのですか?」

「二人くらい、構わぬだろう。」


 別にあの二人に対しては今後永久的に攻撃をしないなんて話ではない。単にこの場では見逃すだけで、次も敵として会ったら容赦なく攻撃する。

 そもそも名前すらきいていないし他の騎士と見分けがつく保証もないのだから、今後の安全など何も約束など出来るはずがない。

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