475 再度、西へ
午後からは商人らと国境周辺の地図を作り、夕方前には文官を東に走らせる。
モジュギオ公爵はそんな時間ならば翌朝の出発の方が結果的に早くなるのではないかと心配をしていたが、二足鹿ならばその時間からでも日没前に隣町に着くことができる。
野営を繰り返していれば疲労により速度が落ちるが、小領主の邸で休めるならば問題はない。
王都からの援軍がどこまで進んできているのか分からないが、できるだけ早くに目的地を伝えたほうが良い。回り道が必要になってしまえば、それだけ到着に遅れが出てしまう。
私の方は、もう一晩ゆっくり休んでから西へと向かう。
勇者のいる隊に追撃をかけて、確実に後退させるためだ。可能ならば完全に潰してしまうが、別にそれに拘る必要もない。
時間を稼ぐことができれば、それだけこちらに有利になる。敵が焼け野原を右往左往している間に、さらに情報を集めていけば良い。
そう割り切って考えれば、いくつかの作戦は思いつく。それを伝えてモジュギオ公爵にも十四人の騎士を出してもらう。
「何をすれば良い?」
「街道の封鎖だ。馬車が進めないように道を塞いでしまえば、ネゼキュイアは拠点を先に進めることができなくなる。」
「なるほど。補給の経路も潰してやれば良いか?」
「それはもう少し先の話だ。撤退路を塞いだら決死で突っ込んでくることになる。」
食料を奪うしか道が残されていなければ、必ずそうする。モジュギオの各町の迎撃体制が整う前に仕掛ければ、被害が大変なことになってしまう。
「なるほど。こちらの防御を固めた上で敵の選択肢を封じていくのだな。」
「うむ。今は敵がどこに向かって進むか分からない状況を何とかするのが先決だ。」
いくつもの町に大量の騎士を駐留させることはできない。敵が数百の部隊で攻撃してくるならば、町の防衛にも数百の騎士が必要だ。
周辺の村まで守るとなればさらに人手が必要になるし、そんなことは全く現実的ではない。
ならば、敵の動きを制限し、攻撃が予想される範囲の村の住人には一時的に避難してもらうなどした方が良い。
支度を整えて領都を出発すると、真っ直ぐに西を目指して駆けていく。
空は厚い雲が覆っているが、雨は降っていない。夜の間に降っていたようで、地面にはあちこちに水溜りがあるが、二足鹿は気にしている様子すらなく軽快に足を進めていく。
領地境界のモルミミ川の手前で町へと寄る。小領主の出している偵察で敵の動きが掴めているならば聞いておいた方がいい。
「今朝、敵の偵察と思しき数名を見かけたと報告を受けています。」
聞いてみると、やはりネゼキュイアも必死に索敵を頑張っているらしい。その場での交戦はなくすぐに引き返していったと申し訳なさそうに言うのだが、そんなことで責めるのは筋違いだ。
「今の段階では無理をするな。深追いをすれば罠に嵌まると思っておいたほうが良い。」
慎重になるのは何も悪いことではない。然るべき時のために力を温存しておくのも大切なことだ。無駄に損耗してしまうことの方がよほど大問題だ。
長期的に考えると、今は農業繁忙期なのだから収穫や加工が円滑に進むように力を入れておいてくれた方が良いくらいだ。
「敵を見た場所と、去った方角を教えてもらえるか?」
「見た本人に説明させた方が良いでしょう。」
詳細について尋ねると、小領主はそう言ってすぐに使用人に騎士を呼びに行かせた。
出されたお茶を飲みつつ待っていれば、すぐに三人の騎士が畏まって入室してくる。
「ネゼキュイアの騎士を見かけたというのは其方らか?」
「はい。今朝、日の出後の見回りに出たところ、川の対岸にネゼキュイアと思しき人影を発見しました。」
話を聞くと同時に地図を出して位置を確認し、さらに来た方角など動きについても詳しく話を聞く。ネゼキュイア側も彼らを発見していたのはほぼ間違いなく、一分ほどの間、睨み合いとなっていたそうだ。
「思ったよりも北寄りだな。とすると、敵陣は以前より北に移動していると考えた方が良さそうか。」
先日、私たちに攻撃を受けたのに全く動いていないということはないだろうと思う。その裏をかくにしても、利点よりも欠点の方が大きすぎる。
順当に考えれば、北西方向への移動だ。退路や、北寄りの部隊との合流を考えればその選択しかない。
一つ懸念があるのが、馬車の損害がどれほどであるかということだ。
私がやったことではあるが、与えた被害を一々確認していられるほど余裕があったわけではない。
かなりの数があったし、全て破壊できたとは思っていないが、状況によっては残りの馬車を捨てて移動することも考えられる。
可能性ならばいくつか挙げられるが、それを悶々と考えていても何にもならない。ここから先の経路をすぐにでも決めなければならない。
「ミラリヨム男爵領へと続く街道は、橋の手前に穴を掘るなどして通れないようにしておいてくれるか。」
「お言葉ですが、街道を塞いで効果はあるのでしょうか? モルミミ川は橋がなくとも渡れる箇所がいくつもございます。」
「馬で渡ることはできても、馬車で川を越えることはできぬだろう。進軍先の候補から外れておくのは大事なことだ。」
敵の選択肢を狭めておいた方が、こちらも戦力を集中しやすいことを説明してやれば小領主も「なるほど」と納得する。
一々説明するのが面倒だが、この辺りの地方では小領主も騎士も、人が攻め込んでくる戦いを経験したことがないのだ。作戦上の機微に疎いのは仕方がない。
小領主に伝えるべきことを伝えたら、二足鹿に跨り西へと進む。まず探すのは、朝に見つけたという偵察班の足跡だ。
「この辺りのはずだが、何かありそうか?」
町からの方角、周囲の景色の特徴からすると間違えていないはずだ。敵の気配もないので、対岸含めて手分けをして痕跡を探す。
「馬の足跡です。かなり新しいものと思われます。」
騎士の一人が声を上げ、行ってみると茂みの近くにいくつもの跡がある。それの元と先を辿っていけば、土手の上からやってきているものがあった。
「これだな。」
「とするとネゼキュイアの騎士がいたのはこの向こうですね。」
「渡って向こう側を調べよう。」
これ以上、こちら側を探しても時間の無駄だ。一旦騎士を集めて対岸へと渡る。馬では渡るには深すぎる箇所もあるらしいが、二足鹿ならば川のどこでも渡ってしまえる。
小領主の騎士は、ネゼキュイアの偵察隊は少し南側から土手を上がってきたと言っていた。その言葉に従って探していれば、すぐに足跡を発見することができた。
「先を辿るのと、元を辿るのではどちらが良いと思う?」
騎士たちに質問してみるが、苦笑いしか帰ってこない。
どちらが合理的であるかなど判断できるはずもなく、これは好みとか勘でしかない。それを分かって聞いているのだから、当てずっぽうでも良いから答えてほしい。
「無責任で良いから言ってみろ。責任を取れとか言わぬ。」
そう言ってようやくソルニウォレが口を開く。
「失敗した時のことを考えると、先を辿る方が良いような気がします。」
「本隊はともかく、偵察隊には近づきますからな。捕らえれば情報を得られる可能性もあります。」
ミュンフヘイユも利点を挙げて賛同の意を示すが、メリットばかりでもない。進んだ先を追う場合、途中で気付いて足跡を消されている可能性が高い。もしかしたら、どこかに罠を仕掛けているかもしれない。
「先へ行ってみるか。」
いつまでも、ぐだぐだと考えても時間の無駄である。
かもしれない、かもしれないなどと言っていても何も進展などしない。ある程度の危険は織り込み済みで進むしかないのだ。
「承知しました。」
私が進む先を示すと、騎士たちも表情を引き締めて手綱を取った。




