474 作戦の方向性
戦いが終わる条件が定まっていないというのは大変に困ったものである。最悪の場合、どちらかが完全に滅びるまで戦いを続けることになる。
捕虜は沈黙を保ったままだが、秘密であるというよりも本人もそれを考えたことがないのではないかと思われる。
ならば、いくつかの事例を挙げて反応を見ていくしかない。
「勇者とやらを排除してしまえは、諦めるでしょうか?」
大層な呼び方をしているのだから、勇者というのは騎士たちを結束する上での中心的存在なのであろうと思う。それを失えば、進行は止まるという予測は立つ。
「速度は遅くなるかも知れぬが、諦めはしない。絶対にだ。」
「ならば、部隊をいくつか壊滅させればどうなりますか?」
現在は、部隊を三つに分けているという話だ。そのうち一つを叩き潰したところで止まりはしないとは聞いている。
ならば、二つを完膚なきまで叩きのめせば退いてくれるのか、三つ全てを壊滅させても終わらないのか。
ディズボルトの話では、それでも終わらない可能性が高いということだ。嘘を言っているようにも見えなかったが、念のためである。同じような質問を投げてみたが、フジンリョウの返答も概ね同じだった。
「皆、命を落とすことは覚悟の上だ。今、進軍している者全てが倒れても、ネゼキュイアが屈することは決してない。」
呆れるほどに決意を固めて進行に出たというのだが、何故、その前に使節の一つも出さないのか。ウンガス以上に理解に苦しむ政治である。
「逆はどうなのです? 一体、何を倒すために戦っているのです?」
「敵を倒すために決まっておろう。」
話をしていてとても不安になるのだが、これは私の冷静さを奪うために敢えてやっているのだろうか。単純に教育の質が低すぎて話が通じていないように思えてならない。
「その敵の定義を尋ねているのですよ。」
「魔の王、ハネシテゼを討つのが我らが使命だ。ネゼキュイアのため、何人倒されようが必ず成し遂げねばならぬ。」
フジンリョウの口から出てきたのもハネシテゼだった。遥か西の国がどうやってバランキル国王の名を知ったのか、何故敵視するに至ったのかは尋ねてみても思うような答えは得られなかった。
第一爵というならば情報の出どころくらいは確認していても不思議ではないと思うのだが、派閥や血縁の都合で踏み込みづらいことがあるのも分かる。
とにかく何者かがハネシテゼの情報を仕入れて、ネゼキュイア王宮内で危険な人物として吹聴したということは間違いなさそうだ。
「其方の不満の対象はバランキル王国か? ならば何故我らに敵対する? 何の目的でミラリヨム男爵領を焼いた?」
フジンリョウの言葉に、それまで黙って聞いていたモジュギオ公爵は憤怒の表情を見せる。
当然だろう。通り道だから焼き滅ぼしたなどと言われて納得できるはずがない。
元々この辺りの領地は、私たちもウンガス王族も積極的に支持していたわけではない。食料生産改善の具体的方法を示したことで、積極的な敵対は取っていなかったが決して友好的なわけではない。
話の仕方によっては、国境付近の領地はネゼキュイア側に付くこともあり得たことだと思っている。有効な対策をとれていたとも思っていないが、重要な課題であると認識していたくらいだ。
ところが、どういうわけなのか知らないが、ネゼキュイア王国はモジュギオ公爵らと話をすることもなく進攻に踏み切ったのだ。
「ウンガス王国もバランキルと同類であろう。我が国を滅ぼさんとする者に容赦など必要がない。」
ディズボルトもそうだったが、フジンリョウの態度に不自然なところはない。恐らく本気でウンガス王国とバランキル王国が手を組んでネゼキュイアを攻撃したと思っているのだろう。
「他の者にも聞きましたが、言い掛かりも甚だしくて話をする気にもなりません。不当な侵略を受けたというならば、止めるよう要求するのが正当な外交でしょう。」
「莫迦を言うな。攻撃を受けた側が話し合いを持ち掛けねばならぬと言うのか?」
「それができないならば、滅ぼされても仕方がないでしょう?」
フジンリョウはとても不思議なことを言う。
迎撃するのと攻め込むのでは全く違う。敵の攻撃を叩き潰した上で、賠償請求するのが国家の取るべき行動だ。
全面戦争に突入すれば、それこそ終わりどころが無くなる。どちらかが滅びるまで戦いが続くことになるだろう。
「ネゼキュイアを滅ぼす方向で作戦を考えるのか? 一体、どれほどの費用が必要になる?」
「蓄えが底を突く程度は必要と思いますよ。」
うんざりした様子でモジュギオ公爵が言うが、彼らだけに負担させるわけにもいかない。かと言って、ネゼキュイアの土地が欲しい者もいないだろうし、費用をどこから捻出するのかは本当に頭の痛い問題だ。
噴火の対応だって終わっていないのに出費だけが続く。本当にどうしたものかと思うが、対処しなければもっと酷いことになるのだから目を背けるわけにもいかない。
私としては、早く問題を片づけてブェレンザッハやエーギノミーアの発展のために働きたいのだ。自然災害は避けようがないとしても、戦争だなんて足の引っ張りあいをしていて一体何が楽しいのか全くわからない。
――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
モジュギオ公爵が盛大に溜息を吐くと、それが感染たのか騎士たちからも嘆息が続く。本当にうんざりである。
その後は攻め込む前提でネゼキュイアの地理などについて質問を繰り返す。もっとも、そのほぼすべてに対して回答が拒絶されるがそこは気にしない。とにかく本気で攻撃を検討していることを理解させるためだ。
「思ったよりも喋らぬな。拷問にかけた方が良かったのではないか?」
尋問が終わって執務室に戻ると、モジュギオ公爵は不満そうにそういう。だが、こういうのは一度で全て引き出せることを期待してはいけない
頑なになっているところに質問を繰り返しても、さらに意地を張るだけで情報は引き出せない。何とかして口を滑らせてしまう状態にした方が有効だ。とにかく心を緩ませてやるためには肉体的苦痛は逆効果だ。
「それでも得られた情報はある。整理しよう」
もう一人の捕虜を担当していた先代領主と一緒に情報の整合性の確認をしていく。
戦いが終わる条件を誰も知らないのは共通しているようだし、光の合図は定期的に意味を変えることなども全員から一致した答えを得た。
今後の作戦展開についても、全ての隊で情報の共有を図り態勢を整えなおすという考えは共通しているようだった。
「それで、どうするのだ? 本当にこちらから攻め込むのか?」
「その前に、隊の一つを撃滅する必要がある。」
放っておけば被害が広まるだけだ。それを無視するのは良策ではないだろう。まずは被害が広がるのを抑えたうえで、勝利を取りにいくのが良いだろう。
「バランキルの貴族が我らの被害を考慮するとは思っていなかったぞ。」
そう言うのは先代領主だ。最速で片づけるためには被害も已む無しとされた場合にどう対処するべきかは悩んでいたらしい。
「ネゼキュイアとの問題が片付いても、ウンガス内に問題が残ってしまうではありませんか。」
大きな問題を残したまま帰れはしない。どうすればきれいに片付くのかは私も必死に考えねばならないのだ。面倒だから放置してきましたなどとしたのでは、態々こんな遠くまで来た意味がない。
「いずれにせよ、王宮からの援軍の集合場所は変えてもらった方が良いだろう。」
「書類の準備はすぐにしよう。具体的な場所は、地図作成後の方が良いか。」
「そうだな。敵の場所と進攻方向は認識を合わせておきたい。」
ネゼキュイアの軍が少なくとも三つの隊に分かれて行動しているのはほぼ間違いない。一番北の隊にモディノゴム将軍というのがいて、中央に勇者。最も南は陽動が目的だ。
おそらく将軍というのも相当な実力者なのだろう。そう簡単に止められないと考えているから戦力を分けているのだ。それに対してこちらも戦力を分散するのは得策とは言えないだろう。
「私としては、主力は南の部隊から叩き潰してもらいたい。」
「北の被害はどう抑える?」
「勇者に追撃をかけた後、私が向かう。」
追い打ちをかけておけば、暫くの間は攻勢に出られないだろう。その間に私は北の抑えにまわる。
勇者が態勢を立て直したころには、王宮からの援軍が南から敵を蹴散らしていけるだろう。それを無視して東へ攻め進んでくるとは考えづらい。そんなことをすれば背後を絶たれ、時間をかけて擂り潰されるのは火を見るより明らかだ。




