473 二人目
途中で長い沈黙を続けることもあったが、ディズボルトは軍の進め方について、大雑把に説明してくれた。詳細については知らないというか決まっていないのだろう。
敵といつどこで遭遇するかも分からないのに、行程を細かく決めても意味がない。普通に考えれば、計画通りにになんてなりはしない。
特に、私たちが攻撃した部隊は、予定を大幅に変更するだろうと思われる。
というのも、あの勇者とやらはもちろんだが一緒にいた他の騎士は精鋭揃いで、敗けることなど考えてもなかったらしいからだ。
「我々が梃子摺るどころか、敗退するとは思いもしなかった。」
視線を落としたまま、ディズボルトは呟くように言う。
「それは少し思い上がりすぎではないか? 確かに勇者とかいうあの二人組は脅威だが、公爵家の主戦力ならば対処できるだろう。」
そうは言ったものの、実際に戦ったら勝つのは難しいと思う。しかしそれは、馬と二足鹿の差によるところが大きい。私が攻める側ならば、わざわざ強い敵と戦うことはしない。面倒な相手など置き去りにして、別のところから叩き潰していけば良いのだ。
もちろん、そんなやり方など教えてやりはしないし、公爵の騎士団が正面から戦ったらどの程度の被害が出るかなど、こちらの戦力の詳細を明かすつもりもない。
「真っ当に考えれば、一旦退いて態勢を立て直すだろうが、次にやってくるまでどれくらい掛かると考える?」
「分からぬ。貴方らの攻撃の被害がどれほどなのか私には把握できておらぬ。」
「分からないものは、無いものとして考えるとどうだ?」
被害の程度次第と言われたら、それ以上どうすることもできない。ならば最短でどれくらいになるかを考えるべきだろう。
「引き上げるのに三日から四日、部隊の再編成や訓練に一週間程度、再度進行するのにやり三日から四日といったところだろう。」
合計すると約二週間というところだ。ならば、本当の最短はその半分の一週間と考えた方が良いだろう。それを過ぎれば、いつまた進行を再開するか分からないとするべきだ。
「再編成後の動きは予想できるか?」
「まったく予想できぬ。モディノゴム将軍の出す作戦ならば想像ができるのだが、勇者様の考えは私には図り知ることができぬ。」
勇者というのは、私たちにとってのハネシテゼのような存在なのだろうか。常識を超越した発想をする者が作戦立案に加わるのであっては、分からないと言われても仕方があるまい。
光の信号の意味についてなども尋ねたが、やはり予想通りというべきか数日で意味を変えるということだ。一応、橙が敵発見で青が敵影なしなどとなっていたが、既に変わっているはずと言う。
――あああぁあぁあぁああ!!
一通りの尋問を終えるころ、廊下の向こうから恐ろしい悲鳴が聞こえてきた。思わず笑いそうになってしまうのを眉間に力を込めて必死に抑える。
「何事だ?」
「捕虜のどちらかが無礼でも働いたのでしょう。」
「今更、敵意を燃やしても仕方なかろうに。」
今更だが、予め決めておいたやり取りをミュンフヘイユとしておく。ディズボルトを今すぐ処刑する予定は全くないし、酷い劣遇をするつもりもないのだが、それを本人に伝えることはしない。
「私は無駄な戦いはしたくないのだ。其方も変な気を起こさぬようにしてくれ。」
そう念を押しておくに留める。ディズボルトは既に迷っている。恐怖を与えずとも、しばらくの間は変な動きはしないだろう。
私は立ち上がると、「早く戦いを終わらせたくなったら早めに言うがいい」と言い残して部屋を出る。
薄暗い廊下を戻っていくと、途中に扉が開いている部屋がある。そこを覗き込むと中から声をかけられた。
「ティアリッテ様、もう終わったのですか?」
声の主は、ディズボルトを取り囲んでいた騎士の一人だ。すぐに立ち上がると部屋から出てくる。
「うむ。聞きたいことは概ね聞けた。」
「では、捕虜を牢に戻してまいります。ティアリッテ様はこちらでお待ちいただけますか。」
言われて中に入ると、室内にいた騎士たちが大急ぎで整えて私の椅子を示す。だが、ここで待つのも非常に退屈そうだ。
「モジュギオ公はまだ尋問中か? 私もそこに行ってはまずいだろうか?」
「領主様は現在捕虜の尋問中にございます。ティアリッテ様もご一緒にですか?」
「一人終わった、と圧をかけた方が喋りそうではないか?」
一人目と二人目の言ったことが一致していれば、三人目を待つ必要はない。話をしようともしないならば、処刑してしまった方が早い。
そう言ってやれば、正直に話しやすくもなるのではないだろうか。
私の案を伝えると騎士は物凄く困った顔をするが、後どれほどの時間がかかりそうかを聞きに行ってくれることになった。
「ティアリッテ様がいらしても構わないとのことです。」
一分もせずに戻ってきた騎士の報告で私は席を立つ。茶菓子もなく固い椅子にいつまでも座っていたくない。
「こちらです。」
開けられた扉から覗き見れば部屋の大きさは先ほどと同じで、そこに七人の騎士とモジュギオ公爵に囲まれた捕虜の一人がいた。
「申し訳ないのですが、一人か二人、出てもらって良いでしょうか?」
私が騎士二人を伴って入るには狭すぎる。私が尋ねるとモジュギオ公爵は出ていく二人を指名する。それでも一人増えることになるが、モジュギオ公爵としては騎士の総数を減らしたくないらしい。
「私の担当していた者の尋問は終わったのですが、こちらはまだ意地を張っているのですか?」
「うむ。ネゼキュイアの騎士はウンガスに屈したりはしないとの一点張りだ。」
モジュギオ公爵はとても面倒な相手に当たってしまったらしい。何を聞いてもほとんど回答といえるようなものは返ってこないと言う。
「何故、そのように意地を張るのです? 私が担当したものは実に素直に答えてくれましたよ。」
「そのような出鱈目に引っかかると思われては心外だ。」
「青の光は敵影なし、なのですってね。」
既に知っていると揺さぶりをかければ口を割る可能性も高くなるだろう。
役に立たない情報を出して様子を見る。将軍の名は出しても良いと思っているが、それが北寄りの部隊にいることはここでは口にしてはいけないことだ。
「ふん。それが真実だと思ったか?」
「二足鹿を用いるようになったのは十年ほど前からなのですって?」
私を睨む目が揺れた。そんなに簡単に動揺を悟られてどうするのか。
「名前と爵位くらいは言えますよね?」
「王宮騎士第一爵、フジンリョウ・ファン・ハイラビットだ。」
「思ったよりも上の方だったのですね。ならば問います。ネゼキュイアが戦いを止める条件は何ですか?」
「戦いを止める条件だと?」
「ええ。終える条件と言っても良いですけれど。何がどうなれば貴方たちにとって勝利なのですか?」
ウンガスの王宮を焼き滅ぼせば勝利なのか、バランキルまで攻め落とすまでは勝利にはならないのか。
また、どうなったら敗北を認めるのかも重要だ。進軍してきた者が全滅したら認めるのか、ネゼキュイア王族が残らず滅ぼされるまでみとめないのか、貴族全てを根絶やしにする必要があるのか。
「戦いを始めた以上、終わり方は想定されているべきです。何も考えていないというならば、進軍してきている者を無視してネゼキュイアの王宮を攻め落とすことを考えることになります。」
「な、なんだと⁉」
私の言葉にフジンリョウは顔色を変える。
だが、そんなことは当たり前だろう。ネゼキュイア国王の喉元に刃物を突き付けてでも戦いの終わりを宣言させねばならない。当然、その場合はこちらからネゼキュイアに攻め込むことになる。
「現在はウンガス王宮の主力部隊はこちらに向かっているのですが、貴方の返答次第では道を変えて直接ネゼキュイアに攻め込むよう手配しなければなりません。」
ネゼキュイアの王宮めがけて進軍する場合、道の途中の町がどうなるのかなど考えるまでもない。かなりの戦力をこちらに差し向けていることを考えれば、地方の町の守りは堅くはないだろう。
「それで、どうすれば終わるのです? 私は戦争なんて無駄なことはしたくないのです。」
フジンリョウを真正面に据えて、そう強く問う。




