472 質問の嵐
「軍の責任者は誰だ? どこにいる?」
一つのことをしつこく質問すると、変に勘繰られて余計に情報が出てこなくなる。次々に話題を変えていく方向で進めていく。
「何故、そのようなことを聞く?」
「其方らを捕らえたことは伝えた方が良いと思ったのだが、生きていると知らせない方が良いか?」
話が通じる相手ならば平和裏に撤退してもらったほうが良いという理由もある。それができる可能性が高いとは思っていないが、最初から無視するのも違うだろう。
「モディノゴム将軍は北寄りの隊にいるはずだ。」
しばらく考えたのちにディズボルトは口を開いた。隊の配置を言うことに抵抗があったのだろうが、よくよく考えればこちらがいつまでも布陣の確認をしないはずもない。隠すだけ無駄だと判断したのだろう。
「ネゼキュイアでは二足鹿の飼育や運用は古くから行われているのか?」
さらに唐突に話題を変える。この質問は戦いや二国間の関係に何の関連性もない。恐らくモジュギオ公爵らが同じ質問をしていることはないだろう。
「あれは十年ほど前からだ。私が幼いころは見たこともなかった。」
「一体、誰が始めたのだ?」
「私も二年ほど前に私も乗るように言われただけで、誰が主体となって推し進めていたのかまでは知らぬ。」
乗ってみれば有用性はすぐに理解できたので、上司に抗議ようなこともなく皆すぐに受け入れていたらしい。むしろ、与えられなかった者からの妬みの方が問題で、ある程度広がるまでは人間関係で苦労することになったという。
「過去の話ということは、今では上級騎士はみな二足鹿に乗るようになっているのだな。」
「そうだ。」
ディズボルトは特に否定も沈黙もせずに答える。一部の者しか二足鹿に乗っていないのは私も見ているし、そんなところで意地を張るべきでもないということか。
「さて、念のために聞いておくが、其方はネゼキュイアの今後の作戦方針について話す意思はあるか?」
身を乗り出すようにして質問をする。もっとも、この質問に肯定の返事がされるとは思っていない。
普通に考えれば、何の取引も持ち掛けていないのに、機密事項を話す意思などあるはずがない。
「話さなければ、どうなる?」
「話しても話さなくても、あまり変わりはない。私たちは侵攻軍を片っ端から潰していくだけだ。」
情報の有無が影響するのは、こちらに出る損害の大きさについてだ。ネゼキュイアの軍はどちらにしろすべて叩き潰す予定なので、そこに差はない。
「とはいえ、対話の用意がないわけでもない。其方が進軍をやめさせ全軍を撤退させると約束するできるならば、解放してやっても構わないと思っている。」
そう言うとディズボルトは目一杯に見開き物凄い形相で固まった。ついでにソルニウォレとミュンフヘイユも似たような表情をしている。
「できるか?」
確認のために問うてみると、ディズボルトは奥歯を嚙みしめる。生きて帰れる望みがあるならば、縋りたいという思いはあるのだろう。
「無理だ。」
一分ほど迷ってから、ディズボルトは首を横に振った。進軍中止を訴えても、それが実現する権限や発言力はないということだろう。
私との約束など無視することもできるだろうが、万が一、約束に拘束力を持たせる何かがあれば大変なことになりかねない。
「モディノゴム将軍とやらは、進軍中止を呼びかければ聞くと思うか?」
「それも、無いだろう。」
「できれば、早期に戦いを終わらせたいのだがいい方法はないか?」
「それを考える利点が私にあるか?」
「戦いが長引けば、ネゼキュイアという国がなくなるぞ。」
ネゼキュイア側があくまでも戦うことを選ぶのならば、最終的には国ごと滅ぼすことになる。当たり前の話なのだが、ディズボルトは顔色を変えた。
「我々には滅び以外の選択肢は無いのか⁉」
そう悲痛な声で訴えるが、そんなことを言われても何を苦しんでいるのか全く分からない。
先に侵攻したのはウンガスというかバランキルと主張していることから、ネゼキュイアには何らかの被害があったのだろう。それが分からなければ話も進まない。
「話し合いを望まぬのならば、選択肢が限られるのは当然だろう? 先に侵攻したのはこちらだと言うが、一体、何を侵攻と勘違いしているのだ?」
「魔物を放ち、土地を呪っておいて惚けてくれるな。」
「魔物? 呪い? 分かるように言ってくれるか?」
魔物に関しては思い当たるものが全くないわけではないが、呪いに関しては何のことだかさっぱり見当もつかない。
「昨年より、恐ろしい魔物が東から大量に押し寄せてきている。知らぬとは言わさぬぞ。」
「全く知らぬ。というか、魔物が活発化しているのはネゼキュイアだけではないぞ?」
バランキル王国でも魔物の活発化は何度か話題になっている。ハネシテゼが広めた雷光の魔法の方が上回っているために魔物は特に問題視されていないが、それがなければかなり大きな被害を出していてもおかしくはない。
それに、短期間で岩の魔物を何体も発見するなど、これまでに例のない事態が起きているのは間違いない。そもそも岩の魔物は、存在が忘れ去られるくらい長い期間、人の前に姿を現していなかった魔物だ。
「活発化に対抗して駆除を強めたため魔物がネゼキュイア側に逃げていった可能性はあるが、それを侵攻などと言われても困る。」
二年前に私たちが来て以降、モジュギオ公爵は、割と真面目に魔物退治をして魔力を撒いていたのだろうと思う。野や畑の様子を見れば、不作の面影など既にどこにもない。
公爵が頑張っていたならば、周辺の小領地だって何もしないということはないはずだ。
その結果、魔物が大量に逃げ出していった可能性はあるならば、もしそれでネゼキュイア側の魔物の害が増えたならば、普通は使節の一つでも出して国境付近の駆除討滅について話し合いをするものだろう。
いきなり侵攻だなどと決めつけていては、外交になどならない。
「呪いの方はどうなのだ? 一体何があった?」
「一昨年の秋より、作物がほとんど収穫できなくなった。日照りや大水があったわけでもないのにだ。作物だけではない。野の草木も枯れ果てているのだ、知らぬなどと言わさぬぞ」
「残念だが、全く知らぬ。伝染病の類ではないか?」
以前、ハネシテゼは草木にも病気があると言っていた。同じ作物ばかりを育てていれば、病気が流行したときに全滅しやすいため色々な作物を育てなければならないらしい。
野の草木まで全滅するような病気までは知らないが、小さな魔虫が大繁殖した結果である可能性は予想される。
「そんな、莫迦な……」
私の説明にディズボルトは呆然とするが、ネゼキュイアという国が侵攻という手段に出たのは間違いようのない事実だし、こちらとしてはそれに武力で対処するのも必然の流れだ。
「対処の相談や支援の依頼であれば、引き受けていたのだがな。改めて問うが、進軍をやめさせ全軍を撤退させると約束はできぬか?」
「無理だ。」
絞り出すように言う。今回は一分も待つことはなかったが、ディズボルトの目には迷いしか感じられない。
「ならば、少々の被害は覚悟してもらわねばならぬのだが。」
核心の質問をする機は今しかない。これだけ動揺していれば、知っていることを口にする可能性は十分にある。
「ネゼキュイアのこれからの軍の動きを教えてくれるか。情報が無ければ、片っ端からすべてを倒していく必要がある。」
逆に言えば、最小限の被害で撤退させるには情報が必要ということだ。どこに拠点を置き、どんな作戦をとるのか。本国からの食料支援や増援はあるのか。その経路はどこになるのか。
聞きたいことは山ほどある。それら全てについて正確な情報を持っているとは思っていないが、いくつかが明らかになるだけでもこちらの作戦は変わってくる。
「南の隊は陽動と抑えだ。今の位置から先に進む予定はない。」
ぽつり、ぽつりとディズボルトは話し始める。最も詳しいはずの自分の隊についてからではないのは、知っている仲間を売るようで後ろめたいからだろうか。




