471 尋問
「さて、本題に入る前に一つ聞きたいのだが、この人数でこの部屋は少々狭いとは思わぬか?」
私は本当にそう思うので聞いてみたのだが、捕虜は強ばらせた顔をより一層歪ませるだけだった。
「ソルニウォレはどう思う?」
「確かに窮屈とは思います。」
室内には私を含めて九人もいるのだが、絶対にそんな人数が入ることを前提とした部屋ではない。
天井も低く窓もない部屋でそんなにいれば息苦しくて仕方がない。
「三人は外で待機していてくれ。騎士は左右に二人づつで足りるだろう。」
そう指示すると、元々いた五人の騎士がぽそぽそと話し合って三人が扉から出ていった。残った騎士は捕虜を左右から挟み、ソルニウォレとミュンフヘイユは私の左右に立つ。
「まずは名前を聞こう。」
「ディズボルト・エリケリ・ニアライン。王宮騎士の第三爵だ。」
顔を強ばらせたままだが、割とはっきりと名乗った。どのような質問をしても完全に沈黙を貫かれるのが最も厄介だが、質問によっては答えるならばやりようはある。
「ネゼキュイアでは爵位を序列番号で表すのか? 第一が上か?」
「上だ。」
どうでも良い質問からしていく。利にも害にもならない雑談のような質問をして、答えやすい雰囲気を作れば口を滑らせるかもしれない。
「私はネゼキュイアの貴族というものを初めて見たのだが、皆、そのような黒い髪をしているのか?」
「其方らの乗っていた二足鹿は茶色をしていたが、みんな似たような色なのか?」
「普段はどのような食事をしているのだ? ここで出された食事は口に合っているか?」
次々とする質問に戸惑った様子を見せるのは捕虜だけではない。左右で監視している騎士も「もっと重要な質問があるだろう」と言いたげな視線を送ってくるが、焦っても仕方がない。
それに、どうでも良い質問ばかりでもない。食事の話題は重要だ。
「味の付け方が随分違うようで驚いた。あまりにも辛いものばかりなので、毒が入れられているのではないかと疑ったくらいだ。」
「それでも全て食べたのか?」
「私をここまで連れてきて毒殺する意味が分からぬ。」
そりゃあそうだ。尋問もせずに殺すなら、モジュギオ領都に連れてくるなんて面倒なことはしない。それを冷静に考えることくらいはできるということでもある。
「辛みを抑えるよう言っておいてやろう。量についてはどうだ? どうしても足りなければ増やすように言ってやるくらいはできるぞ?」
「全く問題ない。」
辛みを抑えても量は増やさなくても良いというのだから、本当に問題ないのだろう。それほど多くを出してはいないはずだが、後で確認しておく必要がある。
「故郷を出て何日にもなるだろうが、満足に食べられているのか? 大人数だと食料の調達や管理も大変だろう。」
その大事な食料を攻撃したのは私なのだが、そんなことは匂わせもしない。恐らくディズボルトは、馬車が大打撃を受けたことは知らないだろう。多くの馬車に守りの石が積まれていたようだし、防御力にはかなりの自信を持っているはずだ。
「食事は通常の野営とさほど変わらぬ。そもそも野営の食事に不満を言っても改善はされぬだろう。」
「ネゼキュイアでは十日以上の野営もよくあることなのか?」
「ここまで長いのは初めてだ。私の経験だとこれまでの最長は五日だ。」
言ってからディズボルトは片方の眉をぴくりと動かすが、それに気づかなかったふりをしてさらに質問を続ける。
「其方には家族はいるか? 今回の遠征への参加は反対されたりはしなかったのか?」
「反対する者などいるはずがない。私は名誉ある役職に選ばれたのだ。」
そこまで自信をもって言われるとは思わなかった。それはつまり、ネゼキュイア内では開戦派は主流というよりほとんどがそちらに傾いているということだろうか。
「ならば、今回の侵攻の大義を申してみよ。」
「大義だと? 先に侵攻を開始したのはそちらであろう!」
全くの心外だ。ウンガス王国はバランキルだけではなくネゼキュイアにも攻撃を仕掛けていたのだろうか。一瞬、そう思ったりもしたのだが、それならそうと先王やモジュギオ公爵も言っているだろう。
ソルニウォレとミュンフヘイユだって、そんな事実があるなら知らないはずがない。
首を傾げていると、ディズボルトはさらに言葉を続ける。
「私は知っているぞ。その赤い髪、バランキル王国の者であろう。ウンガス王国では飽き足らず、ネゼキュイア王国までも我が物にせんと手を伸ばしてきたのは貴方らではないか!」
ミラリヨム男爵領を灰にしたのもバランキル王国からの侵攻に抵抗する意思を示すためにやったのだというが、何を言っているのだか全くわからない。
確かに私はバランキル王国の貴族だし今はウンガス王宮で王族に準じた立場をとっている。しかし、ウンガス王族から完全に奪い取ったつもりもないし、ましてや西国にまで手を伸ばすなど考えたことすらない。それはジョノミディスやフィエルナズサも同じだろう。
何をどうしてそんな認識になってしまっているのか分からないが、大変な誤解をされているようだ。誤解を解くためにも、更なる詳細を聞かねばならない。
「全く心当たりがないのだが、ソルニウォレは分かるか?」
「申し訳ございませんが、ティアリッテ様以上の情報は私は持っていないかと思います。」
「ミュンフヘイユはどうだ?」
「私にも分かりかねます。」
念のため、左右に確認をする。
もしかしたら、私たちの名を使って誰かが横暴を働いているのかもしれないし、そうなれば安易にこのディズボルトを断罪するわけにもいかなくなる。
本当に誰かがネゼキュイアに対して恨まれる何かを仕掛けているならば、それをどうにかする必要があるだろう。
だが、これは困ったことになった。
彼らが本当に決死の反攻作戦に出たならば、その詳細を口にすることはないだろう。とはいえ、全く聞かないわけにもいかない。
「受け入れることはできぬが、主張は理解した。それで、其方らは今後どうするつもりなのだ? まだまだ足らぬと焼き続けるのか? それとも王都に向けて進軍を続けるのか? 一体、何を目的としている?」
「我らの崇高な使命は諸悪の根源を討つことにある。」
「諸悪の根源?」
「バランキル王ハネシテゼだ。」
頭がくらくらしてきた。
何故、彼らがハネシテゼの名まで知っているのか疑問だが、それ以上に彼女の力を知らないことの方が不思議だ。
「そういえば勇者とか言っていたな。それがハネシテゼ陛下を倒すというのか?」
「勇者様ならば必ず成し遂げられるだろう。」
「その勇者とは、私が戦ったあの二人組のことか? あの程度で勝てるとでも?」
「そうだ。彼らは訓練を始めて三か月と経っていない。次に会うときが貴方の最期となるだろう。」
言っている意味がよく分からない。普通、騎士としての訓練は七歳くらいから始めるものだ。成人年齢に近くなってから訓練を始めるなんて聞いたことがない。
しかし、彼らの気配が人とは異なることをを考えると、三か月しか訓練をしていないというのも嘘とは言い切れない。
「あの二人はどこから来たか知っているか?」
「聞かされていない。」
「では、あの二人が人間ではないことは?」
その質問は予想外だったのだろう。ぽかんと口をひらき、わずかに首を傾げる。
その表情が演技とも思えない。
少なくとも、ディズボルトもあの二人の出自を知らないということだ。気になるのは、そんな人物がどうして受け入れられているのかだ。
王族に縁故があるさらに別の国の者なのか。あるいは、魔物と手を結んだことを知らされていないのか。
詳細を踏み込んで聞きたいが、質問の仕方が難しいところである。




