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470 方針について

「ミラリヨム男爵領の状況だが、夕食後で良いか?」

「いや、今話してくれ。領主一族が集まる時間を別途設けていられるほど時間に余裕がないのだ。」


 食事時の話題としては相応しくないと思ったのだが、この一週間ほどは領主一族の情報共有は食事時に行っているらしい。


 結局は食事時に話題に上がることになるし、先延ばしにする理由もないということでその場で説明することになった。


「詳しい場所は後ほど地図で確認したいところだが、ネジャユの町からまっすぐに西へとすすんでミラリヨム領に入った。」


 モジュギオ公爵家の者ならば町の名を言えば、位置関係は分かるだろう。特に障害となる湖沼や森などもなかったし、ほぼ真西へと進めたと思っている。少し北へと逸れていく街道はあったのだが、あえてそれは使わず野原を駆けていった。


「街道があるのに使わなかった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 そう質問してきたのは領主夫人(マクガミゼ)だ。私の行動を批判したい口振りではなく、本当に理由を確認したいだけなのだろう。


 普通に考えれば街道を使った方が早いし、わざわざ進みづらい野原を進もうとは思わない。魔物退治に行く時だって、近くに着くまでは街道を利用するのが常識だ。


「敵が馬車もなしに攻め入ってきているとは思えぬし、馬車を伴っているならば街道付近に陣営を構えるだろうからだ。」


 馬や徒歩ならばともかく、馬車で街道をはずれて進むことはできない。陣営を構えるために道から出る場合も、草を刈り地面を踏み均すなどの措置が必要だ。


 必然的に本陣は街道沿いに沿って進むことになるため、こちらも街道沿いに行けば遭遇の可能性は当然高くなる。


 本陣の周辺には見張りくらい置くだろうし、周辺には斥候を出すくらいのことはするだろう。街道を進んでそれらに見つかれば、情報を持ち帰られたときに面倒なことになる。


 その場の敵を全て撃破できれば良いのだが、そう都合良く事が進むとも限らない。もし私たちが撤退することになれば、敵はその街道を辿ってくることになるだろう。


 そうなればネジャユの町に戦火が及ぶことになる。敵を足止めしたいのにわざわざ呼び込むようなことをするのは愚かだと言えるだろう。


「敵の情報を集めに行って、こちらの情報を漏らしていては仕方がない。」

「こちらがどこから来たのかも見せないようにすれば、迂闊(うかつ)に動けぬということか。」

「今ごろ、必死に偵察を出しているだろう。」


 偵察部隊は見つけ次第叩くようにと小領主(バェル)にも言ってある。今はまだ手薄だと知られれば、全力で事に当たるだろう。


「その敵の偵察だが、一部隊を領地境界の川沿いで発見し全滅させている。」


 その際に光の柱で合図を送っていたことが重要だ。どのような意味なのかは分からないが、簡単な連絡手段を持っていることは確かだ。


 そして、それを知っていれば妨害するのも難しくはない。


 西に深く入り、村の跡らしきものを発見したこと、そしてどこまでも焼け野原が続いていたことも報告しないわけにはいかない。


 恐らく、ミラリヨム男爵領は全域にわたって焼かれているのだろうと思われる。


「全域だと? 戦闘により発生した火災が広がったのではないということか?」

「野火の類ならば、ネゼキュイアの騎士とて放置はするまい。周囲を火に囲まれては煙に巻かれる危険性が高い。」


 水の魔法で火を寄せ付けないことはできるだろうが、周囲全てが煙で覆われたら風の魔法での対処はできなくなる。


 消火しようとした跡も見当たらなかったし、焼け方を見れば計画的に火を放ったのだと考えた方が自然だ。


「ミラリヨムの全てを焼いてどうするのだ?」

「私にも全く分からぬ。何が目的なのかは後ほど捕虜に質さねばならぬだろう。」


 何を目的としているのかは、まったく予想することすら叶わない。


 私の知識の範囲内では合理なんてちっとも感じられないので、問い質すしかない。全く意味のない難癖である可能性もあるが、理由が分かった方が対応しやすいだろうと思う。



 見つけた部隊の位置と、捕虜に聞くべき事項、そして捕虜への尋問の仕方について話をする。

 特に、尋問開始以降は三人が互いに連絡を取れないようにすることが重要であることも付け加えねばならない。


「別々の場所で質問をして、全く同じ回答だった場合は信憑性が高いと判断できる。数日後に同じ質問をしてやればさらに信頼性が上がる。」


 捕虜が口裏を合わせることは十分に考えられる。それを見破るのに最も簡単な方法がそれだ。さらに、釈放を匂わせるとともに、尋問している部屋の近くで誰かに悲鳴を上げさせる。


 いくつか尋問の際にしておいた方が良いことを挙げると、モジュギオ公爵は口元を歪ませていく。


「部屋を分けるのは分からなくないが、悲鳴を聞かせるのは初耳だな。」

「戦いもそうだが、相手に冷静に考えさせないようにするのが要だ。そればかりに時間をかけてもいられまい。」


 同じ質問や関連する質問を何度も繰り返せば嘘は見抜きやすくなる。しかし、そのために何十日も費やしてなどいられない。


 正確な情報をより早く得たい今は、とにかく精神的に揺さぶっていく方向が良いだろう。


 拷問はやり方を間違えば死んでしまうし、回復不能の傷を与えれば逆に覚悟を固めてしまう恐れもある。


「精神的にとは、どのようにするのが有効と考えているのです?」

「彼ら自身の命もそうだが、ネゼキュイアという国そのものの存亡も話題に出すと良いのではないかと思っている。」


 具体的に言えば、ウンガスからの報復の話だ。

 今、侵攻してきている者たちを蹴散らすのは当然だが、逆にネゼキュイアに攻め込んで滅ぼす未来もあり得る。


 そうなれば彼らの家族も無事では済まないだろう。自分の命は覚悟をしていても、故郷の家族まで害が及ぶとなれば割り切れるものでもないだろう。


 被害が増えれば報復を望む声も強くなる。そうなる前に戦いを終息させた方が良いと唆すのだ。


 協力すれば戦後に釈放することも約束してやれば、さらに揺れるだろう。


「分かった。そのようにしよう。」


 モジュギオ公爵はうんざりしたように言うが、捕虜の尋問はとても大事なことだ。




 翌日は朝から会議室を借りて、ソルニウォレやミュンフヘイユらと私たちの通った経路の認識合わせをする。地図作成のために商人が揃うのは午後だが、その前にでもできることは進めておく。


 概ね一致をみた頃にドアがノックされた。


「ティアリッテ様、領主(ミョルダ)様がお呼びにございます。」

「捕虜の尋問の件だな? すぐに行く。」


 返事をすると立ち上がり会議室を出る。部屋の片付けは三人の騎士に任せ、ソルニウォレとミュンフヘイユも同行する。


「粗末な場所で申し訳ございませんが、こちらにお願いします。」

「構わぬ。」


 捕虜を客室に通すはずもないし、尋問するのは牢かその付近の控室ということになる。建物の外に出るのかとも思ったが、階段を下りて薄暗い半地下の通路を進んだ先に目的地があった。


「私は何処を担当すればよろしいでしょうか?」

「ティアリッテ殿には一番奥を担当してもらいたい。」


 捕虜の前では言葉遣いを変えて話をする。私よりもモジュギオ公爵の方が上と認識させるためだ。私がウンガス王宮でも最上位に近い立場にあることは隠した方がいい。


 そう言ったときはモジュギオ公爵は困ったように表情を崩していたが、この場ではしっかりと上位者として振る舞っている。


 わざわざ敵に弱味を見せる必要なんてない。そんなことは公爵も分かっているだろうし、有利な立場を得るために芝居を打ってみせることくらいは今までもしているだろう。



 通路の先にはいくつか扉がある。

 その一番奥に騎士が立っている扉がある。そこが私の向かうべき部屋だ。


 中に入ると、さらに五人の騎士が捕虜の一人を取り囲んでいた。


 大した広くもない部屋の中には粗末な作りの椅子とテーブルしかない。

 中央に置かれたテーブルの向こう側に、顔色の悪い捕虜が椅子に縛り付けられている。


「これからいくつかの質問をする。其方(そなた)や仲間の待遇にも拘るゆえ、偽ることなく正直に答えよ。」


 正面の椅子に座りそう言うが、捕虜は一言も発することなく顔を強ばらせたまま視線を彷徨(さまよ)わせていた。

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