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469 帰還と報告

 モジュギオの城に着くと、公爵に建物の外に来てもらいたいと使用人に言伝を頼む。当主を呼びつけるなど本来はとても失礼なことなのだが、さすがに捕虜を城内に入れるわけにはいかない。


 この城で捕虜をどのような扱いにするかの決定権は公爵にあるし、私が勝手に牢に入れることなどできないのだ。かといって、客扱いとするのは違う。


「ネゼキュイアの騎士を捕らえただと?」

「うむ。あちらがそうだ。」


 駆けつけてきたモジュギオ公爵の問いに、少し離れたところで縄で縛った三人を示して言う。

 この三人は、城門を入る際に縛り直している。多くはないものの食事は与えてあるため、それなりに元気なのだ。ここで暴れられても困る。


「見るからにネゼキュイアの者だな。それで、尋問はどの程度行っているのだ?」

「移動を優先していたため、それほど多くは聞けてはいない。騎士団を大きく三つに分けていることと、そのうちの一つ、彼らの所属していた隊に勇者と呼ばれる強力な騎士がいる二点だけだ。」


 侵攻の目的に関して聞いてもよく分からない憎悪の言葉しか出てこないし、軍の規模や位置に焦点を当てることにした。


 ネゼキュイアの国内情勢や、ミラリヨム男爵領を焼け野原にした理由など、聞きたいことは盛りだくさんだがそれらはモジュギオ公爵に任せてしまいたい。


「承知した。今日のところは騎士棟の独房にでも入れておく。」

「彼らの乗っていた二足鹿(ヴェイツ)も一緒に連れてきている。(うまや)に入れて構わぬな?」

「奴らもあれに乗っているのか⁉」


 ネゼキュイアの騎士が二足鹿(ヴェイツ)を使うとは聞いたことがなかったようで、モジュギオ公爵は眉を上げて厩の方を見る。


 三頭の二足鹿(ヴェイツ)はまだ厩舎には入れられておらず、建物の外で桶に口を突っ込んでいる。

 騎士とは違い、馬や二足鹿(ヴェイツ)は捕虜や人質ではなく戦勝品と同列に扱う。その際の所有権は誰にあるのかは揉めやすいが、その話は戦いが落ち着いてからだ。


「外にまで来てもらった用件は以上だ。」


 共有すべき事項はいくつもあるが、建物の外で立ち話ですることでもない。


「詳細な話も聞きたいが、その前に休憩が必要そうですな。」


 公爵はそう言って一度客室に引き上げるよう促す。

 灰だらけの焼け野原を走り回っていたせいで服も髪も随分と汚れてしまっている。着替えの用意はないが汚れを叩くくらいはしておきたいし、湯浴みもしたい。


「気遣い感謝する。そうさせてくれると助かる。」


 礼を言って客室に案内される。側仕えの一人も連れてきていないため、客室には二人の下女まで用意してくれている。


「湯浴みをしている間に下着は洗っておいてくれるか?」

「替えの御召し物が見当たりませんけども」

「同じものをまた着る。」


 そのようなやり方をしたことはないのだろう、下女は戸惑った様子を見せる。魔物退治の遠征で来た騎士の世話をすることもない城の下女だと簡易的な浄めも知らないのかもしれない。


「服は汚れを叩いてくれれば良い。下着の乾燥は自分でやるので、石鹸で洗っておいてくれ。」


 洗ったあと濡れたままの下着を出してくれと言うと下女は困ったように眉尻を下げるが、小領主(バェル)の下女ならばそうしてくれると言うと脱いだ服を持って引き下がってくれた。


 下着を乾かすのはいつもの温風魔法だ。野菜の高速乾燥を目的に開発した魔法だが、冬に部屋を急いで温めるときになどにも使えるし何かと便利なものだ。


 裸のまま魔法を使うと下女はぎょっとした顔をする。

 そういえば、杖も腕輪もなしに魔法は使えないのが常識である。


 色々と訓練と実験をしてみた結果、私は杖も腕輪もなしに魔法を使えるようになったが、魔力の消費は桁違いに大きい。

 あまりにも効率が悪いため攻撃に常用しようと思わないが、建物の中で下着を乾かす程度ならどうにでもなる。


 一分もすれば下着も髪も概ね乾く。ただし、髪は乾燥させるまでに何度も櫛を通さねば絡まって大変なことになってしまうので、やりすぎないよう気をつけねばならない。


 身支度を整えると、使用人に案内されて公爵の執務室へと向かう。


「もうじき夕食だ。私としては話は食後でも良かったのだがな。」


 部屋に入ると、モジュギオ公爵は少し戸惑ったように片眉を上げる。

 確かにミラリヨム男爵領での詳細な話はそれなりに時間がかかるし食後でも良いと思う。しかし、その前に決めて動く準備をしなければならないことがある。


「明日には王宮やオードニアム公爵、それに周辺領地への遣いを出してほしい。」


 ミラリヨム男爵領はモジュギオ公爵領との境界付近までが焼け野原と化しているのは間違いない事実だ。今後、軍をどの方角へ向けるかの情報を捕虜から得たらすぐに連絡を出せるようにしておいた方が良い。


「どこに戦力を集めるのかは重要な話だ。攻撃を受けると予想される地方では住民を避難させることも考えるべきだろう。」

「なるほど、理屈だな。では書状に書くべき事柄から聞こう。」


 モジュギオ公爵も納得すると、発見した敵部隊の規模と位置、ミラリヨム男爵領の町や村の状態について説明する。


「位置関係が分かりづらいな。」

「そう言われても野も畑も道も区別がつかぬからな、方角と距離以外に説明のしようがない。」

「明日、商人や文官を集めて地図を起こそう。領都や主要な町の様子を見に行くにも位置が分からぬだろう。」


 地理に詳しい者を集めておくようにとモジュギオ公爵が指示を出すと、文官たちはすぐに動きだす。人を集めるのには時間がかかるものだし、今から動かねば明日中に地図を完成させるのは難しくなるかもしれない。


 敵がいつ、何処から攻め込んでくるのか分かっていれば対処もできるだろうが、何も情報がなければどれだけの被害が出るかも分からない。


 配下の文官にも意思統一が図られているようで、可能な限り早く多くの情報を集めるべく動き回っている。


「次に出るのはその地図が出来上がってからの方が良さそうだが、今まで作ろうとはしていなかったのか?」

「正直、そこまで酷い状況とは思っておらなんだ。何度か偵察は出しはしたのだが、帰ってこない者が多くてな。」


 無駄に犠牲を増やしたくはないし、かといって情報を得ようともしなければ侵攻の対策を練ることもできはしない。


 私が来るまで実のところかなり手詰まりに近い状態だったらしい。


「可能であればミラリヨムだけではなく、メレレシア子爵領やムスシク伯爵領の地図も作りたい。」

「うむ。順番としては、ミラリヨムが最優先で良いか?」

「ムスシク伯爵領とどちらを優先するかは任せる。」


 正直言って、優先度を決めるための情報が何もない。モジュギオ公爵が早くできると期待できる方を先に進めてくれれば良い。



「あの、お食事の用意が整いましたが、まだかかるでしょうか?」


 話が一旦止まったところで使用人が声をかけてきた。いつの間にかそんな時間らしい。何だかんだと話していれば、時間はすぐに過ぎていってしまう。


「すぐに行く。」


 モジュギオ公爵が答えて立ち上がると私も席を立つ。

 時間が惜しいと言うことで、私も食堂に呼ばれてついていく。


 領主としてあまり好ましい振る舞いではないのだが、まだまだ話さなければならないことが山とある。どこかの時間を削らなければならないのだが、ほかに削れるところは無いのだろう。


二足鹿(ヴェイツ)についてだが、捕らえた三頭は通信用としたい。」

「通信用? 戦いには使わぬのか?」

「ほとんど訓練もせずに実戦に投入しても、大した効果はないだろう。」


 いきなり慣れない二足鹿(ヴェイツ)に乗って出撃せよと言われても、騎士も困るだろう。効果的に使うにはそれなりに訓練が必要だ。


 それに、敵は二足鹿(ヴェイツ)を知っているのだ。対策は用意してあると考えると、中途半端な熟練度では逆に危険である可能性すらある。


 それならば、何も考えずとも馬の倍ほどの速さで進むことは他の領地や王宮への連絡のために使いたい。


 そう説明すると、モジュギオ公爵は「なるほど」と大きく頷いた。


二足鹿(ヴェイツ)で思い出したが、ネゼキュイアの騎士は皆あれを用いているのか?」

「いや、普通の馬を使っている騎士もいたのは確認している。比率やどのように使っているかなどは不明なので、その辺りも捕虜から情報を得た方が良いだろう。」


 ネゼキュイアの考え方がどのようなものか分からない以上は聞くしかない。価値観次第で、二足鹿(ヴェイツ)をどのように運用するのかは全く変わってくるだろう。


「発見した部隊の規模は五、六百人。そのうち数十は倒した。多くの騎士の力はこちらと大きく変わらないようだったが、かなり高い力を持つ者もいる。実際に戦ったのだが二人は逃がしてしまった。」


 どの程度の力かを説明しなければと、その時の様子を思い出していると何か酷い違和感がある。それについて考えこんでいると、モジュギオ公爵は「どうしたのだ?」とたずねてくる。


「今思ったのですが、あの二人は人間ではないかもしれぬ。」


 敵対者なのだから嫌な感じがするのは当然だと思っていたし、二足鹿(ヴェイツ)の存在や力の強さなどに気を取られていたが、あの二人の気配は異質すぎるような気がする。

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