468 撃退
「左右に広がり、爆炎を地面に!」
舞い上がる灰と土埃で視界を遮ると同時に、相手の足を緩ませるのが狙いだ。それで足を止めてしまうならばそれはそれで構わない。
一斉に放たれた魔法により互いの姿が見えなくなるが、次の瞬間には横薙ぎの風によって土煙は吹き散らされてしまった。
この相手は思っていたよりも対応が早い。ネゼキュイアにも対人戦に長けた者がいるということに他ならないが、それがどれほどの数なのか気になるところだ。
報告も必要だなと思うが、それよりも先にこの相手をどうにかしなければモジュギオの領都に戻ることもできはしない。
とりあえずは背後に向けて大量に爆炎をばら撒く。目眩しと牽制のためなのだが、それを突き破って炎の奔流が迫ってきた。
私も炎の帯をぶつけて、さらに騎士の爆炎がいくつも重なると炎は散っていったが、かなりの威力の魔法だ。
「ティアリッテ様」
「進路を北に。真っ直ぐ走り灼熱の飛礫で迎え撃て。」
ミュンフヘイユが何か言いかけるが、指示を出す方がさきだ。
合図を出して斜め左へと方向転換すると、黒い騎士もその後ろをついてくる。そのまま一直線に走っていれば狙いやすいためだろう、敵は再び魔力を集中させる。
しかし、こちらは既に準備を終えている。
一斉に放たれた灼熱の飛礫に呑み込まれて、追跡者の半数以上が倒れていった。
恐らく攻撃用に準備していた魔法を防御に転用したのだろう、中央付近を凄まじい爆炎が覆い灼熱の飛礫を阻んでいた。
「離れろ! まだ残している!」
最も攻撃の準備に時間がかかっていた者が、魔力を解放せずに蓄えたままだ。先ほどの炎の奔流を考えても百数十歩までは届くと考えたほうが良いだろう。
二足鹿を加速させた直後に、黒い騎士は炎の奔流を放つ。同じ魔法ならば同じようにするだけで、炎の帯と爆炎を叩きつけてやれば炎は散っていった。
先ほどよりも魔力を込めて撃ったところでその結果は変わらない。こちらも全力で押し返せば良いだけだ。
むしろ、問題は他の騎士の攻撃だ。散発的に放たれてくる炎の槍は現在の距離では届かないようだが、届く可能性のある炎の奔流に気を取られ過ぎてしまうのは良くない。
「何と面倒な!」
騎士たちは炎の槍に反応して撃ち返したりしているが、それはあまり効果がないだろう。こちらの間合いを教えてやるようなことはしなくて良い。
「単発に張り合うな! 数と範囲の広さを活かせ!」
炎の奔流を使えるのは一人だけなのだろうか、連続で放ってくる様子はない。また、炎の槍なども届いていない。
ならば、私たちが灼熱の飛礫を間断なく放ち続けていれば、相手は手の出しようがなくなるということだ。
そう思って指示したのだが、敵の動きの方が早かった。中央に二人を残し、左右に三人ずつが回り込むように動いていく。
「ミュンフヘイユは左、ソルニウォレは右を抑えろ。中央は私がやる。」
灼熱の飛礫を主体に戦えば、攻撃距離で劣ることはないだろうと思う。魔法の届く距離が百二十歩でも、放たれた飛礫はそこから二十歩先でも十分な殺傷能力を持つ。
それに対抗するには、百五十歩以上の攻撃距離が欲しいところだ。百二十歩程度しか届かない者でも相討ち覚悟で突っ込めばどうにかできるかもしれないが、現在の状況から考えると、その選択をする可能性は低い。
ネゼキュイア側はこちらの戦力を全て知っているわけではない。この場は相討ちで倒せても、後ろに何十人控えているかも分からないのに戦力の使い捨てなんてできないはずだ。
そう割り切って左右の敵はミュンフヘイユらに任せる。私は私で中央の二人をどうにかしなければならない。
この場を切り抜ける手段はいくつかいる。
魔力を直接叩きつけてやれば、一般的な魔法では防げない。地面に撒くだけでも騎士はともかく二足鹿の方は簡単に倒せるだろう。
敵方に二足鹿がなければ逃げるのは容易い。ほとんど労することもなく逃げ切れるだろう。
やりすぎ雷光で目を眩ませて足止めする方法もある。
しかし、これらを今やってしまうと後々に不利を被る危険性がある。情報を持ち帰らせてしまえば対策されてしまう可能性がある。
最も対策が難しいのは実力で捩じ伏せられた場合だ。
人数を動員するのか、訓練を重ねるのか。どちらにせよ妙策一つでどうにかできる簡単な話ではない。
さて、どうするか。
一呼吸だけ考えると、火炎旋風を敵の前に放ってやる。これを吹き飛ばして進んでくるのか、回り込んでくるのかでもやり方は変わる。
どちらであっても対処できるよう思考を巡らせていると、黒い騎士は激しい炎の前に一瞬足を止めて右側から回り込むように動く。
であれば私がすることは一つだ。
左側で交戦しているミュンフヘイユの加勢に向かう。
恐らく私に狙われるとは思っていなかったのだろう。私の放った灼熱の飛礫で二人の騎士が馬ごと吹き飛ぶ。
一人残っているが、そちらはミュンフヘイユに任せておけば良い。私は二足鹿の向きを変えて中央の二人組に目を向ける。
その時には敵は雄叫びを上げながら炎の奔流を放っていたが、届く距離を考えるべきだろう。水の玉をぶつけてやれば激しい湯気が舞い上がり、炎は私に届く気配すら見せることもなく宙に散って消えていく。
次の瞬間には私の放った灼熱の飛礫が二人組に襲いかかる。これは先ほどと同じように爆炎の壁で防がれるが、その防御法には致命的な欠陥がある。
爆炎のすぐ手前に火の玉をいくつも並べておくと、見事にそこに突っ込んできた。
それで終わるかとも思っていたのだが、彼らの乗っていた二足鹿が急転回したことで辛うじて何を逃れたようだった。
二人の騎士は何やら叫び声を上げていたが、水をかぶって衣服に点いた火を消してそのまま駆け戻っていった。
あれを追うのは得策ではない。恐らく彼らの本陣に着くまで追いつけないだろう。そうなれば数の差で押し切られるのはこちらだ。
息を吐いて周囲を見回してみると、ミュンフヘイユの方は残り一人の方を片付けてこちらに向かってきているところだった。
ソルニウォレの方は戦いを決めきれていない。三対三であれば、実力差は顕著に出る。敵もそれなりに高い実力を持っているのだろう。
「可能ならばあれを捕える。取り囲んでとにかく水を叩きつけろ。」
簡単に作戦を伝えると二足鹿を走らせる。ソルニウォレもこちらの動きに気付いているようで、敵を逃がさないように立ち回っている。
黒い騎士三人を取り囲んで水の玉を何十も投げつけていると、三分もする頃には動きが悪くなっているのが見てとれた。
いくら二足鹿の体力をもってしても、短時間で急加速や急転回を繰り返せば消耗はする。おまけに足下はひどい泥濘だ。
それでも必死に抵抗を続けていたが、思いついて彼らの頭上に炎の柱を立ててやると諦めたように動きを止めた。
「大人しく投降するならば、酷い目には合わせないと約束しよう。二足鹿を下りて東へ進め。」
大声で呼びかけると、三人ともが二足鹿の背から下りて、周囲を何度か見回した後に東に向かって足を進めた。
水浸しの中を歩くのは大変そうだが、体力をさらに削っておくという意味では丁度良いだろう。
やっと泥濘を出ると、何も言わずとも黒い騎士は杖や腕輪を差し出す。
その顔は恐怖に満ちているが、そんな顔をするなら何故攻め込んでくるのかといつも思う。
攻撃すれば、反撃されるに決まっているだろう。侵略者として憎まれるに決まっているだろう。
それが嫌ならば、自分の国でおとなしくしていれば良いのだ。
「ナイフや短剣、その他の武器や刃物も出せ。」
そう言えばすぐに腰から短剣を外し、背負荷物からナイフを取り出して差し出す。
「首に縄を括ってやれ。」
「首にですか?」
「犯罪者の連行はしたことがないか? 通常は二、三歩の長さで首に縄をつけて犯罪者どうしを繋ぐのだ。」
二、三歩では二足鹿に乗ることが困難になるだろうということで、今回は七歩程度の余裕をもって三人の首に縄をつける。
ここから徒歩で連れていったのではモジュギオの領都まで一週間くらいはかかるだろう。そんな時間はかけていられないため、彼らも二足鹿に乗って移動してもらう。
「偵察はこれで十分だろう。引き返すぞ。」
「承知しました。」
捕虜も得たのだから成果として十分だ。騎士たちからも何の異論反論もなく、私たちはモジュギオの領都へと戻っていった。




