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467 緒戦

南西に向かって二足鹿(ヴェイツ)を走らせていると、南の方で変化があった。


「光ったな。」

「うむ、青と緑だ。」


 それが何を表しているのかは分からないが、わざわざ向こうが位置を教えてくれるのだからこちらとしても動きやすい。


 進路をさらに西に寄せて回り込むように近づいていく。ネゼキュイア側も偵察くらいは出すだろう。少し頭が回る者がいれば、複数の班に分けるくらいのことはする。それに見つからないに越したことはない。


 予想通り、何分も経たないうちに注視している方角に変化が起きた。


「動いたな。念のため伏せてくれ。」


 姿が見えなくても、魔力の気配が動いていれば分かる。相手も魔力を感じているならば隠れる意味はないのだが、先程の川辺のことを考えると気配を察知することはできないのだと思う。


 二足鹿(ヴェイツ)を座らせて見ていると、偵察班なのだろう南からやってきた者たちは北へと駆けていく。

 私たちの東側を通り過ぎていく偵察班は七人だけなので撃破は難しくないだろうが、やはりその後ろからも二つの班が左右に分かれてついてきている。


 異変があればどこかの班が情報を持ち帰る算段なのだろう。問題は、その一つが私たちにかなり接近すると思われる進路を取っていることだ。


「撃破に向かう。其方(そなた)らはここで静かにしていろ。」

「一人で行くのですか? 危険でございます!」

「一人の方が安全だ。こちらの方が目立つ。」


 二足鹿(ヴェイツ)の方が大きいし、それが七頭も集まっていれば目に留まるはずだ。そちらに気を取られている隙に横から撃ってしまうのが最も安全と言える。


 簡単に説明すると、私は一人で焼け野原を走っていく。急いで走ると灰が舞い上がるが、それは風で誤魔化しておけば良いだろう。


 南西に二百歩も移動する頃には偵察班も相当に接近してきている。既に二足鹿(ヴェイツ)を見つけているのだろう、明らかにそちらへと向かっている。


 灰まみれになりながら身を屈めてじっとしていれば、私に気づく様子もない。魔法の届く範囲内に班員全てが入ったところを狙えば、走っていた勢いそのままに揃って地面に倒れこむ。


 雷光の魔法を使えば音は最小限に抑えられるが、灰がもうもうと舞い上がるのはどうしようもない。


 風の魔法で流してやって前に進んでいるように見せてみるが、それで他の班の目をどこまで欺けているかは定かではない。


 他の二つの班の動向に気をつけながら倒した偵察班に駆け寄ると、急いで杖を奪い衣服をまさぐる。

 杖は全員が持っているわけではなさそうだが、それはこちらも同じだ。倒した敵からは可能な限り杖を奪っておいた方が、後々の戦いが有利になる。


「ティアリッテ様、ご無事ですか?」

「問題ない。其方(そなた)らも此奴(こやつ)らのナイフを持っていけ。」


 敵から奪ったナイフならば遠慮なく投擲に使える。そう思って言ったのだったが、それに対してミュンフヘイユは思いもよらぬ提案をしてきた。


「この外套(マント)も奪いましょう。フードもついているようですし、身体的特徴を隠すのにも役に立つでしょう。」


 髪の色だけで敵味方の識別ができると知られているならば、隠してしまうのは有効だろうと言う。その際にネゼキュイアの外套(マント)を使えば、一見して敵と認識されなくなる可能性は高い。


「なるほど。奇襲をかける上でも効果はありそうだな。」


 頷き、私も足下に転がる黒い騎士から外套(マント)()ぎ取る。灰に塗れてしまっているが、仕方がない。汚れを叩いて落とし、背負い鞄の上から羽織る。


「それで、どちらに向かいましょうか?」

「南側だ。敵部隊の規模くらいは掴んでおきたい。」


 百足らずなのか、数百の大部隊なのか。それによっても私の取るべき行動は変わってくる。もしかしたら三つに分かれた班で全部なのかもしれないが、それならば残りの二班を叩き潰しに行けば良いだけだ。


 再び二足鹿(ヴェイツ)(またが)って南へと急がせると、程なくして数百人はあろうかという大部隊を発見した。


「偵察の方から合図はあったか?」

「そのようには見えません。」


 瞬間的な発光を合図としていたのであれば、見落としている可能性は高い。しかし、その場合は合図が本隊側に上手く伝わっていない可能性もある。


 どう動くべきか判断に迷うところではあるが、何もしないのが最大の悪手だ。


「あれの西側から近づく。できるだけ見つからないよう、速度は抑える。」


 速度を抑えるといっても走りはせずに歩いていくという程度だ。さらに足下に水を撒きながら進めば、土埃を抑えることができる。


 ある程度距離を保っていれば、それでも目立たずに移動することができるだろう。


 数分かけて移動していると、北の方に光が見えた。恐らく偵察班が上げたものだろう。それに呼応して本隊からも光の柱が立つ。


「あれの意味が知りたいな。」

「色に何か意味があるのでしょうが、情報が少なすぎます。」


 何とはなしに呟いただけなのだが、ソルニウォレは生真面目に答える。

 とにかく相手の動きを見極めなければならないのだが、特に動く様子はない。

 とすると、本隊側の光は『戻れ』という意味なのだろうか。


「こちらから見て右寄りに馬車があるのが分かるか? あそこを狙う。縦列でついてきてくれ。」

「承知しました。」


 本隊はざっと見て五百人から六百人。その中央に突撃するのはさすがに無謀というものだ。半数ほどは壊滅させられるだろうが、こちらも犠牲が出てしまうだろう。


 ならば、馬車だけ潰して早々に退却してしまった方が良いだろう。食料や野営道具を失っては、長期間の滞留は困難になる。



 二足鹿(ヴェイツ)の足を早めれば、何十もの馬車が並ぶ辺りまではあっという間だ。私たちの接近に気付く者もいたが、フードを目深に被っていたためか大騒ぎしている様子もない。


 見張り役と思しき二人組に近づく。


「私はティアリッテ・シュレイ。ウンガス王宮の遣いである。其方(そなた)らは何処の部隊だ?」


 以前もそうだったが、戦場ではしつこいくらいに名乗り相手の所属を訊ねる。見た目で区別できるらしいことは聞いているが、念のためにミラリヨム男爵の騎士ではないか確認をする。


 さらにフードを払って顔を見せてやれば、二人(そろ)って顔を引き()らせて大声を上げる。


「こっちだ! てき」


 それを言い終わるまで待ってやるつもりはない。見張り役はもちろん、周囲に見える者全員に向けて雷光を放つ。


 さらに杖を振り上げると、気合を込めていくつもの炎雷を馬車に向けて放つ。



 この部隊の馬車は、不自然なくらいに守りが少ない。

 理由は二つしかなく、攻撃されるはずがないと思っているのか、守りに自信があるのかのどちらかだ。


 炎雷が光の壁に当たって一瞬止まったところを見るとどうやら後者だったようだが、いずれにせよ思い上がりである。


 石の守りでは炎雷を防ぐことはできない。甲高い破裂音とともに光の壁が砕け、馬車が粉々になる。

 そかにソルニウォレとミュンフヘイユが火球を次々と放っていけば、一気に火の手が広がっていく。


 二足鹿(ヴェイツ)を走らせながら次々と馬車を破壊炎上させていけば、ネゼキュイアの騎士たちは大混乱に陥る。


 近づいてくる騎士には雷光を浴びせ、陣を右から左に回り込むように二足鹿(ヴェイツ)を走らせていると、前方に立ちはだかるように出てくる部隊があった。


 数は六、七十といったところだろうか。まとめて相手をするには少々面倒な数でいる。


「火柱を右に!」


 左側はいくつもの爆炎で牽制し、敵部隊との間には火炎旋風を放つ。さらに騎士たちにはその右側に火柱を並べさせる。


 そして、私が進むのは火炎旋風の左側だ。火柱を並べた後ろに隠れて右に進むと思ったら大間違いでいる。


 爆炎と雷光で天幕や慌てる騎士や馬を吹き散らし、薙ぎ倒しながら二足鹿(ヴェイツ)を進めていくと、火柱を回り込もうとしていた部隊が慌てて引き返してくる。


「全速で離脱する! 後方には可能な限り水を撒け!」


 そうしておけば、馬で追いつくことは恐ろしく困難になる。

 地面が水浸しになれば馬は全速で走ることすらできなくなるし、水を避ければさらに距離を走らせなければならない。


 そう思っていたのだが、思った以上に追ってくる敵を引き離すことができなかった。

 追いついてくることもないが、離れることもない。随分と優秀な馬がいるものだと思っていたら、後ろを走っている騎士たちは「あれは二足鹿(ヴェイツ)だ」と叫ぶ。


 振り返りよく見ると、色は濃い茶でいるものの形は二足鹿(ヴェイツ)によく似ている。


 追ってくる数は二十一。こちらの三倍だがそれほど多いわけでもない。何十もの二足鹿(ヴェイツ)の部隊がいると厄介だが、これくらいの数ならばなんとかなるだろう。


 まずは、馬に乗る本隊から十分に離れたところまで移動する。それを追ってくるならば叩き潰してしまえばいいし、諦めるならばこちらもそのまま退却する。


 この二者択一は前者であった。

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