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466 偵察

 対岸の土手に並ぶ者たちの第一印象は、「黒」であった。髪や肌が黒いというのは聞いていたとおりなのが、衣服まで黒いのは彼らの文化なのだろうか。

 その一方で騎乗している馬は明るい茶色で、黒服の騎士が浮いた印象を受ける。


 もしかしたら赤い服で黄色い二足鹿(ヴェイツ)に乗っている私も奇異なのかもしれない。


 そんなどうでもいいことが頭を過ったりするが、見たところ彼らは敵だ。悠長に余計なことを考えている暇はない。


 見ている間に黒い一団は次々に土手に上がってきて大きく広がっていく。隊形は横列を前後に三段。これは数を多く見せるつもりなのだろう。魔力の気配から、私には見えている後ろには誰もいないことは分かっているのだが、それが露呈しているとは思っていないのだろう。


 並んだ騎士がすぐに攻撃に移らないのはこちらの戦力が分からないためだろうか。あるいは威嚇が通じないことで戸惑っているのだろうか。可能性はいくつかあるが、手っ取り早く潰していこうと思う。


「所属を答えよ。名乗ることもできぬのならば敵と見做(みな)す。」


 再三の問いかけの最中に、魔力の気配に変化があった。中央付近の数人が魔法を使おうとしているのだ。

 私としてはそれを待つつもりはない。


 右手を手綱から離し、前へと伸ばすこともなく雷光を放つ。発動までのんびりと数呼吸かけていては、狙ってくれと言っているようなものだ。


 四人の騎士が崩れるように馬から落ちると、黒い一団は悲鳴なのか怒声なのか一斉に騒ぎ、そして杖を私に向ける。


 その次の瞬間、黒い一団から橙色の光の柱が立ち上がり、それと同時に数十の火球が直撃した。可能ならば話を聞くために一人か二人は生かして捉えたかったのだが、そのような指示はしていなかったのだから仕方がない。


「あれは何の合図だと思う?」


 燃え上がる炎の上に、黒い騎士が立てた光の柱はまだ残っている。そこから何かの攻撃が飛び出してくる様子もないし、恐らく合図用の魔法なのだと思う。


「少なくとも、敵を発見したという意味はあると思います。増援の依頼かは判断が難しいですが、位置を知らせている以上は無視はできぬでしょう。」

「私も、念のためここを離れた方が良いかと思います。」


 ミュンフヘイユもソルニウォレも、ここは安全を取るべきだということで意見を一致させる。

 私もそれに反対するつもりはない。光の柱を見て駆けつけてくる敵が十人や二十人程度ならばそれも倒してしまえば良いのだが、数百人の部隊がやってこないとも限らない。


「川沿いに北に移動する。」


 とりあえず今すぐの指示を出す。

 敵の応援がやってくるとしたら、西か南だ。もしかしたら東から来るかもしれないが、その可能性は低い。最も可能性が低いのは私たちが来た方角である北だ。


 道を戻ると得られる情報は少なくなってしまうが、安全の確保は大切である。


 土手を下りて二足鹿(ヴェイツ)を急がせる。時折振り返りながら進んでいると、数十秒で光の柱は薄くなり溶けるように宙に消えていった。


「光は消えたようですね。どういたしましょう?」


 完全に光が見えなくなったのを確認し、ミュンフヘイユが質問する。


「休憩を兼ねてここで様子を見よう。どのような動きがあるのか確認しておきたい。」


 まさかあの光が、離れた部隊に対しての総攻撃の合図ということはないだろう。少なくとも、敵を発見したと伝えるものであるはずだ。


 であれば、向こう側にも何らかの動きがあって良いと思う。


 背を下りて軽く体を動かしていると、二足鹿(ヴェイツ)はそこらの草むらを突き回す。二足鹿(ヴェイツ)が好むような果実の類はないだろうと思っていたのだが、彼らの目的は根だったようだ。


 尖った口と足の爪を使って土を掘り返したと思ったら、やたらと根菜を引き抜く。丸薯(タエパ)のように根にいくつもの芋ついているのではなく、中央の太い根から細い根が無数に伸びているものだ。


 それが美味しいのかは定かではないが、二足鹿(ヴェイツ)は土がついたままの根菜を一口でぱくりと食べる。


 周囲には同じような葉の草はいっぱい生えており、二足鹿(ヴェイツ)はどんどん掘り返して食べていく。


 そこかしこに生えていることから、一瞬、畑なのではないかと周囲を確認してみるが、人が手入れをしている様子は見当たらない。恐らく、この植物の群生地なのだろう。


「コイツらは気楽で良いですね。」

「十分良く働いてくれているのだ、好きに食べさせてやればいいだろう。」


 次から次へと根菜を掘る二足鹿(ヴェイツ)を見て騎士が羨ましそうに言うが、勝手に空腹を満たして体力を回復してくれるならそれを止める必要もない。私も背負い鞄からパンと干し肉を取り出して齧っておく。


 そんなことをしながら周囲を見張っていると、数分もせずに南西方向に動きがあった。


「あちらで何か光っていませんか? 彼らの合図の可能性があります?」


 土手の上で背伸びをしてソルニウォレの指す方角を見ると、地平の先で黄色い光っている点があるように見えなくもない。


「あれも何かの連絡の光か? 先程とは色が違うな。」

「合図の理由は応答か? それにしては遅くないか?」

「続報を出せと催促しているのか、続報がないことで周囲に警戒を呼びかけているのか。色々なケースが考えられますね。」


 色々な意見が出てくるが、適合しそうなケースが多すぎてどれとも判断がつかない。このまま静観するのが良いのか、動いた方が良いのかも判断が難しい。


「南西に敵がいるならば、南東方面へ向かい敵への警戒を促すのが一つ。北側に別の部隊がないか探すのがもう一つ、といったところでしょうか。」

「敵に攻撃を仕掛けます。」

「ティアリッテ様、それは危険すぎます!」

「何も正面から当たるつもりはありませんよ。まず、こちらからも合図を出しましょう。赤で良いでしょうか?」


 上空に火柱を放てば、かなり遠くからでも見える。敵からも見えればそれに注意が向くし、調査班を出したりもするだろう。


 その上で、私たちは大きく西から回り込んで南西の光に向かって進む。敵が火柱に気を取られていれば、虚をついて攻撃することができる可能性が高い。


 私が理由についても説明すると、騎士たちはすぐに意見を出してくる。


「あちらの人数くらいは確認したいところではありますね。」

「偵察に来た者を倒してやれば、この場はそれで十分ではないか?」

「どうせならば、もう少し西に移動してからの方が良いのでは? 少しでも敵をこの焼け野原に留める考えた方が良いだろう。」

「確かにそうだな。東側に近づける必要はどこにもない。」


 火柱を放つこと自体は反対なし。その後の動きについては意見が分かれるものの、やるならもっと西に行ってからの方が良いという方向で落ち着いた。


「集まってください!」


 立ち上がり、声をかけると二足鹿(ヴェイツ)が集まってくる。この生き物にどこまで言葉が通じているのかは分からないが、私たちのところに来れば桶に水を出してもらえるとは分かっているのだろう。


 並んで座る二足鹿(ヴェイツ)の前に桶を置いて水を注いでやると、口を突っ込んでばちゃばちゃと勢いよく飲んでいく。



 休憩を終えると荷物を纏めて西へと向かう。

 川を越えた先は一面の焼け野原だ。草は灰となり、木は枝葉が焼け落ちて焦げた幹が無残な姿を晒す。


「これは、酷いな。」

「あれは建物の跡ではないか?」


 あまりの光景に騎士たちの顔も苦々しく歪められる。

 村らしき跡も見つけたのだが、全てが焼け落ち原形をとどめている物がほとんどないために本当に村だったのかも定かではない。


「このような状態から畑として使えるものなのか?」

「そもそも、作物ごと焼いてどうするのだ? 全く理解できぬ。」

「その辺りは、やった者たちを捕らえて尋問するしかあるまい。」


 そうは言ったものの、私も全てを焼き尽くす真っ当な理由があるとは思えない。吐き気を催すのは所々に燻っている煙のせいだけではないだろう。


「ここを見ていても何も見つかるまい。」


 そう大きくもない村ならば、家も数軒しかない。

 特別頑丈に作られている施設などあるはずもないし、数人の騎士に攻撃されただけで全てが灰になってしまうだろう。


「ここに火柱を立てる。異論はあるか?」

「ございません。」

「遠すぎず近すぎず、ちょうど良い距離かと存じます。」

「ならば、まず偽装工作をする。」


 四方に向けて足跡を残し、さらに二重に囲むように足跡で輪を描く。

 ここに駆けつけた敵の部隊が、簡単に私たちを追えないようにするためだ。


 火柱を上空に投げた後は足跡に沿って西へと向かい、外側の輪を南に折れる。

 輪を外れて南西に進んでいくが、そこからは小さな爆風を地面に並べて足跡を消していく。


 それでも、よくよく注意深く探せば見つかりはするだろうが、時間稼ぎの効果はあるはずだ。

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