465 焼け野原と敵
戦場となっているミラリヨム男爵領へ行く前に、できるだけの情報を集める。
まずはモジュギオ公爵や文官から話を聞き、翌日には商人を呼んでもらうようお願いする。これは二足鹿をゆっくり休ませてやる意味もある。これからまた数日は駆け回ってもらうためにも休息は与えるべきだろう。
私にとって必要な情報はいくつもある。ミラリヨム男爵領やその周辺の地形について把握しておかなければならないし、国境を越える道の整備状況などは交戦するうえでとても重要だ。
そして、ネゼキュイアという国そのものについての知識は、今後の方針を決定する上で必要なものだ。
何が目的なのかも判然としていないのでは、どうすれば戦いが終わるのかも分からないし敵がどう動くのか予測も立てられない。
「まず、ネゼキュイアは我々ウンガスと同じく国王を戴く王国で、国土面積は我が国の半分以下であるはずです。」
「食料事情は比較的豊かで、二年前までは我がモジュギオ領でも麦や豆などの一部をネゼキュイアからの輸入に頼っていたくらいです。」
その辺りはモジュギオの文官たちの間では常識的なことらしく、質問すればすぐに答えが返ってきた。
私たちが農業生産強化を打ち出してウンガス王国が食料自給できるようになったことで、ネゼキュイアは外貨獲得の機会を失ったことが不満だったのかもしれない。
しかし、それだけであれば攻撃を仕掛けてくる前に使節の一つでも寄越すだろうと思う。攻撃すれば敗れる危険もあるのだから、もっと何か別の理由があるはずだ。
「商人が揉め事を起こしたという話もないのですか?」
「特には聞きません。むしろ揉めているのは北や東の領地の方です。領主や王宮が取り図るようなことでもありませんが。」
約束していた量と違うとか、金額の折り合いがつかないとかいったことは商人の間ではよくある話だ。私も、エーギノミーアにいた頃もブェレンザッハでも聞いたことがあるくらい、よくあることだ。
同様の揉め事はどこにいってもあるようで、商人の愚痴は毎年の恒例行事だと文官たちも苦笑いを浮かべる。
「ネゼキュイアで内乱があったとか、王権が交代したとかは?」
「少なくとも、昨年まではそのような話は報告されておりません。」
そうなると、本当に侵攻の動機が分からない。ウンガス王国の場合、食料の奪取が主目的だったと先王は言っていたのだが、恐らく口減らしという目的もあったのではないかと思う。
しかし、売れるほど食料があったネゼキュイア王国ではこの目的はあり得ないだろう。
「人が住む土地が不足しているのではないですか? 食料が豊かにあるならば、人も増えやすいでしょう。」
「それならば、こちらに遣いを出して話し合いをした方が良くないか? わざわざ危険を冒す意味が分からぬ。」
ブェレンザッハがそうしていたように、移住希望者がいるならば受け入れれば良いだけだろう。少なくともここまでに通ってきた町を見る限り、拡大できないなんてこともないと思う。
あまりの理解不能さに私が首を傾げると、文官たちは首を横に振る。
「モジュギオの住民となったのでは、彼らは税が取れません。税源を好んで手放したくないのでしょう。」
その理屈は分からなくもないが、そんなことで隣国に攻め入るなんて発想にはならないだろう。民を流出させたくないならば、相応の施策を考えるべきだ。
家の作り方を工夫して、もっと少ない土地に多くの人が住めるようにするとか、畑の生産効率を上げて土地の転換を進めるとか、取り組むことはいくつもあるだろう。
それ以外に文官から聞けたのはいくつかのネゼキュイア貴族の名前と、彼の国の者たちの容姿が私たちとは大きく違うということだった。
「容姿が違うとはどういうことだ?」
「最も目につくのは肌の色です。何と言いますか、枯れた草のように浅黒いのです。」
さらに顔が角張っているとか、黒い髪の毛をしているとかいう特徴があるらしい。
「想像するのが難しいな……」
言われた特徴を思い浮かべてみようとしたが、どうしても人の形にならない。肌が黒いとなると鬼の印象が強く出てきてしまう。
実際問題、そんな人間など見たことがないのだ。ウンガスとバランキルでは顔の形や肌の色に違いはない。髪の色はバランキルの方が赤味が強いが、その程度の差だ。
まだ、言葉は通じるものの発音の仕方が聞き取りづらいというが、こちらは言わんとしていることがわかる。ウンガスとバランキルでも言葉の端々で微妙に発音が違うことがあるし、それ以上に貴族と平民では異なっている。
異国となれば距離的に隔てたところにあるわけだし、異なる文化を持っていても不思議はない。
また文化や常識が異なる者たちと話し合いをせねばならないと思うと気が重い。それほど大きな国でもないのならば滅ぼしてしまった方が早いのではないかとも思う。
商人たちからもネゼキュイア王国についての情報を集め終わると、二足鹿に乗り騎士とともに実際の被害状況を見に行く。
モジュギオ公爵が騎士を何人か同行させたいようなことを言ってきたが、それは丁重にお断りする。馬では二足鹿の足に並べない。
最初の一時間くらいは頑張ってついてこれるだろうが、休憩も取らずにそのまま二時間も三時間も走り続けるのは実質的に不可能だ。
公爵には小領主への書状だけ書いてもらい、七騎で領都を出発する。
向かう先はミラリヨム男爵領の南部だ。西門からミラリヨム領都方面へと伸びる街道から外れて野原を突き進んでいく。
二足鹿は馬では越えられないような岩場も難なく登り下りして進んでいくし、少々の川ならば全速力の助走をつければ飛び越えてしまう。
南西に向かって軽快に走っていると、二時間ほどで町が見えてくる。小領主に軽く挨拶をして次の町の方角を確認し、小休憩を取ったらまたすぐに出発だ。
町をもう一つ過ぎ、昼過ぎには領地境界のモルミミ川へと至る。
川の土手に登ってみると、そこからの光景は私の想像していたものからかけ離れたものだった。
「一体、何が目的だ?」
「何がしたいのだ? 土地を奪うつもりなのではなかったのか?」
騎士たちも動揺の声を漏らす。
私にも全くわけが分からない。
まさか、野も畑も全てが焼き払われているとは思わない。
そんなことをして一体何になるのか、どのような利益があるのか、全く理解ができない。
「彼方に何かいるぞ!」
所々に煙が立ち昇る焼け野原を見渡して呆然としていると、騎士の一人が南の方を指して声を上げる。
目を凝らしてみると、何か影が動いるように見えなくもない。一度深呼吸をして落ち着いて魔力の気配を探ってみると、確かに動いているものがあった。
「行ってみましょう。ミラリヨムの者か西国の者かも分かりませんので、川のこちら側を行きます。」
遠過ぎて相手の数も分からないのに川を渡ってしまっては、退路を自ら狭めてしまうことになりかねない。
二足鹿の向きを変えると土手を下りて南へと進んでいく。もし、あれが敵であるならばこちらの接近を報せてやる必要などない。
気配を頼りに近づいていくと、川の向こうの集団は三十人程度であることが分かった。向こうも川に沿って南に向かって進んでいるようで、未だこちらに気づいた様子はない。
さらに近づき、そろそろと土手を登っていくと、川の向こうも数人が馬に乗り土手の上を歩いていた。
「攻撃準備を。私が名乗りますので、二人だけ随伴を。残りは姿を隠し、敵だと判断した場合はそのまま撃ってください。」
領地の境界としているとはいえ、川はそれほど大きくはない。土手の上から向こうの土手までおおよそ百歩もない。ならば、私ではなくても土手の向こうの一団に攻撃は届く。
準備が整うと、二足鹿を土手の上に進めて大きく息を吸い込む。
「私はティアリッテ・シュレイ。ウンガス王宮の遣いである。其方らの所属を問う。」
大音声を上げると、土手の上の者たちが一斉に振り向き、さらに数騎が姿を見せる。
しかし、すぐに返答はない。その時点でミラリヨム男爵領の者ではないことは明白なのだが、何かを話すばかりで動こうとしない。
「其方らはどこの騎士かと問うている。返答がなければ敵と見做して攻撃する。」
重ねて問うと、土手の向こうにいた騎士が一斉に姿を見せた。




