464 西へ、西へ
オードニアム公爵と話す内容は、特に新しい情報もないということでトリノテム伯爵とそう大きく変わらない。互いの認識をすり合わせ、それから今後の動きについて話をする。
「オードニアムに協力を願いたいのは騎士の派遣についてだ。」
そう切り出すと、オードニアム公爵は「言われるまでもない」と既に小領主らにも準備をさせており、最低でも百四十騎は出せるだろうと胸を張る。
「百四十ですか⁉」
「む? 少なかったか?」
「そうではない。王宮よりも見込み数が多いことに驚いただけだ。」
「ああ、王宮は数年前の叛逆騒ぎで騎士の数を大きく減らしていたのだったか。」
わざとらしく言ってオードニアム公爵は口許を歪める。
その叛逆騒ぎを起こした者を倒したのは私たちだったりするのだが、この場では敢えてそれには触れない。今は余計な話をしていると、どこまでも逸れていきそうだし意識し本題をすすめていく。
「西方の諸領地がどれほど騎士を出せるかは予想できるか?」
「モジュギオ公やビンツェボン侯は地理的に出し惜しみなどしてはいられぬだろう。恐らく合わせて四百にはなるのではないかと思われる。敵軍が彼らの領地に至る前に何としても叩き潰したいはずだ。」
二百も騎士を出せば領地内の治安が心配されるが、敵軍が到達してしまった場合の方が損害がはるかに大きくなるだろう。
モジュギオ公爵とは損失を最小にするために思い切ったこともする領主だということで、平民兵も投入する可能性があるという。
「一方で、周辺の中小領地はそこまでの余裕がないだろう。元々騎士の数が少ない領地もある。」
「それでも百四十は集まると想定しているが、妥当と思うか?」
「百四十か。順当な予測値だろうと私も思う。王宮が百程度とすると全部で七百八十、多ければ九百程度となるわけだな。」
少し心許ない数字だ、とオードニアム公爵は言う。被害を受けた範囲を考えると、敵の数は最低でも一千はあると考えているらしい。そして、多ければ四千ほどになるだろうというのだが、そちらの根拠がいまいち分からない。確証というほどではなくとも情報があるのかと質問してみたら、オードニアム公爵は苦い顔で口を一文字に結んだ。
「ウンガスがバランキルに差し向けた騎士の数は合計で一万一千を少し上回る程度だったはずだ。国の規模の差を考慮すると、一度に出せる騎士の数は五千を超えぬのではないかと思われる。」
ウンガス王国も一万以上もの騎士を一度に出したわけではない。最初に出したのが約五千五百で、その後、何度かに分けて援軍を出したということだ。
全戦力を一度に出せないのは食料の問題だ。一万の騎士の遠征を支えるには何千台もの馬車が必要となる。国内のすべての馬車を集めればそれくらいにはなるのかもしれないが、そんなことをすれば経済が破綻するし、税を取ることすらできなくなる。
「四千から五千というのは食料を奪う前提だろう。こちらはそんな前提で出せぬし、やはり一千が限度だ。」
ミラリヨム男爵など、攻撃を受けている領地はどちらにせよ全員死んでくれなどと言えるはずがない。そんなことをしたら、その瞬間に国内情勢は崩壊するだろう。
「参考までに、バランキル王国はどのように対処し応戦したのだ?」
「基本は少数精鋭だ。大人数の利を活かせない地域で抑え込めばどうにでもなる。」
「とすると、今回は難しいかもしれぬな。」
西国との国境はやはり山岳地域だが、バランキル国境と違って往来できる道はいくつもあるという。一か所を抑えてしまえばそれで対処できたブェレンザッハとは勝手が違うだろうとオードニアム公爵は指摘する。
「心配するな。もともと、少数で多数を相手にする前提で戦略を考えている。平地であってもやりようはある。」
陽動や囮を使ったり、あるいは場所によっては罠を仕掛けることもあるだろう。正面からぶつかるだけが戦いではない。
「例えば、少数で奇襲を仕掛け、敵が追ってくるように撤退するというやり方がある。」
そして、本隊が潜んでいるところに誘い出して一気に叩き潰してしまう。ブェレンザッハの防衛部隊でも基本戦術として訓練させているやり方だ。
しかし、いくつか例を挙げるとオードニアム公爵は非常に困ったように眉をゆがめる。
「バランキルはそんな戦い方をしていたのか……。オードニアム公などは数で押し潰せば良いなどと言っていたが、勝てるはずがなかったのだな。」
「魔物と一緒にされては困るぞ。人同士の戦いは個の力はもとより、力の使い方を熟慮せねばならぬ。」
ウンガスでは叛乱の鎮圧も数任せの力押しであることが多いらしい。オードニアム公爵ですら、作戦はどこにどれだけの戦力を配置するかというものだと思っていたという。
「西国も数頼みの戦いしか出来ぬのならば、撃滅すること自体は難しくないだろう。」
「そうあってくれれば有難いのだがな。」
頭を悩ませなければならないのは、被害をどうやって最小限に抑えるかだ。何をどうしたって、被害を完全にゼロにすることなどできはしない。何かを捨てる決断はすることになるだろう。
その日は公爵の城で一泊して翌日も朝から二足鹿を走らせ、さらに次の日の夕方にはモジュギオの領都へと着いた。
そこまで来ると、さすがの二足鹿も疲れが見えてくる。四日間ずっと走り続けているのだ、一度休ませた方が良いだろう。
城に着くとすぐに案内されたが、門衛からは本当に王宮からの遣いかと疑いの眼差しを向けられることになってしまった。
そして、それはモジュギオ公爵もそう変わりはしなかった。
「王都から、来たと? 偶々オードニアムあたりにいたところに話を聞いただけであろう?」
南の噴火の対処についての話でもしていたのだろうと言うが、そんなことはない。というか、オードニアムでは噴火の話題はまったく上りもしなかった。
「モジュギオ公をはじめ、各領地の遣いの者は素晴らしい働きをした。夜通し走り、馬も乗り手も継ぎながらここを出て四日後には王都に報を届けたのだ。」
「それでは計算が合わぬではないか。王都からの復路も同じだけ時間がかかるはずだ!」
「それはひとえに馬と二足鹿の能力の差です。」
馬あれば血を吐くような行程が、二足鹿ならば然したる問題もなく駆け抜けてしまうのだ。これは実際に乗って走ってきた私ですら信じられない思いなのだから、モジュギオ公爵が混乱するほどに驚くのも無理はない。
「それで、戦力はどれほどなのだ?」
「とりあえず、騎士六名をつれてきています。」
「それだけで何ができると言うのだ⁉ 敵の数は一千を超えているのだぞ!」
ようやく落ち着いたかと思ったら、再びモジュギオ公爵は取り乱す。だが、そんな話をする前に分かっている状況を教えてほしいと思う。情報がなければ、私もどこから片づければ良いのかが分からない。
「落ち着いてくれ。後からオードニアムや王宮から数百の騎士がやってくる予定だ。まずは、被害状況と敵の位置と数を教えてくれ。」
どこから蹴散らしていけば良いのかも分からないのでは、偵察するところから始めなければならない。騎士や支援の食料はどこに送るのが良いのかも、遣いを出して連絡した方が良いだろう。
私がそう言うと、モジュギオ公爵は両手で顔を覆って何度か深呼吸する。
「被害だが、ミラリヨム男爵領は滅びたと考えて良いだろう。小領主ミーニーゾレからの報告では二日前に境界の川の向こう側に火の手が上がっており、その後、西国の騎士と思しき一団が南へ移動していくのを確認している。」
火の手が上がっていたというのがどの程度の規模なのかは分からないが、移動していった一団は三十人程度ということだ。
領地の境界としている川はそれほど大きくなく、橋がなくても渡れる箇所はいくつもあるという。そういった箇所に見張りを出すよう指示しているが、今のところは川を越えてくる様子はないと報告されているとのことだ。
ミラリヨム男爵領の北側、モッテズジュ伯爵領も同様に攻撃を受けているおり、こちらの方は五日前に遣いがやってきて以降連絡がこないという。さらにいくつかの領地の名が挙げられるが、どこも状況は良いとは言えない。
「何か要求してきていることなどはないのか?」
「要求? 知らぬな。そんな話は出たことがない」
敵の目的が分かれば取れる対処もあるかと思ったのだが、ネゼキュイアから遣いがきたなどという報告も全くないらしい。ミラリヨム男爵が隣国となにか問題を起こしたりしていないかということも聞いてみたが、モジュギオ公は全く心当たりがないと首を横に振った。




