463 西への旅立ち
連れていく六人を決めると、すぐに出発の準備にとりかかる。
騎士棟を出るとすぐ隣の厩に行き二足鹿の確保をし、次に食料庫へ向かう。
二、三日で帰る予定であれば使用人に任せてしまうのだが、一か月以上となる長期外出は自分で選ぶようにしている。
どれだけ食べたいか、どれだけ食べれば足りるかを考えて、きっちり計量して袋に詰める。
これは、城からほとんど出ない使用人では微妙な匙加減が分からないのだ。
麦や堅果は袋に入れる前に石の器に取り槌で叩いて潰す。同じ重さならば、嵩が小さい方が良いからだ。
さらに袋に芋や干し野菜を詰めると部屋に戻り、衣服を選ぶ。
ブーツも問題なく履けることを確認し、磨き上げてもらう。数日もすると汚れてしまうのだが、汚いブーツで城を出ていくものではない。
そんなこんなをしていれば夕食の時間となり、食堂へと向かう。
「いつも済まないな、ティアリッテ。」
席に着くと神妙な顔でジョノミディスが謝るが、彼が悪いわけではないだろう。何をどう考えても攻撃してくる方が悪いのだ。
「後方支援とて簡単なわけでも楽なわけでもないでしょう。」
「人を出さねばならぬのに仕事が増えるのですから、こちらも容易ではありませんね。」
「それに前線の負担はこちらの働きによっても変わる。気を抜くことはできぬぞ。」
メイキヒューセとフィエルナズサも、王宮での仕事も重要であることに変わりはないと頷きあう。
仕事以外の部分でも、王宮でも食事や睡眠の時間は削られることになるだろうし、排泄だって自由に行けるわけでもない。
「今はできるだけ早く問題が終息することを願うばかりですわ。そのために各々が全力を尽くすだけでしょう。」
「実際、どれくらいかかるでしょう?」
「どのくらいの規模なのか全然分かっていないですから何とも言えませんけれど、一か月や二か月で方が付くならば公爵らが慌てて遣いを寄越さないと思います。」
情報が少ないなりにも見当をつける方法はある。噴火の際も使わなかったような急使を立てている時点で敵戦力は相当に大きいと予想される。
問題は進行してきている範囲だ。ウンガス王国がバランキル王国に侵攻したときと違って、西国との国境は通行が可能な道がいくつもある山岳部だ。
一か所からしか攻めてきていないならば、こちらも全戦力を一点に集中すれば良いだけなのだが、恐らく敵もそこまで愚かではないだろう。
複数箇所から攻めてきている場合、それに適切に対応するのはとても難易度が高い。
「ティアリッテ、予め言っておくぞ。」
「何でしょう?」
「報告は早めにしろ。状況がいつ変わるかも分からない場合、ティアリッテは報告を先延ばしにする傾向がある。」
「気をつけます……」
心当たりがありすぎるため、フィエルナズサの指摘に私も反論のしようがない。なんとか報告用の人員を確保しながら進めるよう心がけなければならないだろう。
引き時を見誤るな、人心掌握を甘く見るななどの諸注意を受けながら食事を終え、部屋に戻ると一晩ゆっくりと休む。
翌日は日の出の開門とともに王都を出発する。
二足鹿で街道を西へとひた走り、夕方にはトリノテムの領都に到着した。
途中の町で二足鹿を休ませながら進んでいたのだが、思っていたよりも速い。馬では頑張っても一日で町を三つ進むのが限度だが、その倍を軽く超える7つの町を通り過ぎてきたのだ。
同じ距離を馬を乗り継いでやって来た急使は、一昼夜をかけていたと聞いている。町ごとに食料と水を与えて休ませねばならないが、逆にいえば二足鹿とは餌と水さえ十分に与えれば恐ろしい勢いで走り続ける生き物ということだ。
「トリノテム伯爵に会うことはできるか?」
「し、少々お待ちください。」
邸の門で名乗って取り次ぎを頼むと、門衛は目を見開き私を見上げ慌てて城へと走っていった。
「そんなに驚くようなことがあったでしょうか?」
西国が国境を侵して攻めてきたことを王都に伝えたのはトリノテムの騎士だ。なんらかの要請があったときにすぐに動けるよう準備しているものと思っていたのだが、周知されていないのだろうか。
そう思って首を傾げたのだが、騎士たちは苦笑して首を横に振る。
「これほど早くに王宮から来るとは思っていなかったのでしょう。トリノテム伯爵が使者を出したのは二日前のはずです。」
確かに言われてみるとその通りかもしれない。
常識的に考えれば、使者が昼夜を問わず駆け抜けて一日に王都についたとしても、王宮から一日でやってくるとは思わない。
騎士の準備にも移動にも時間が必要だ。馬を使い捨てにするような勢いで走って、戦力として機能するはずがない。
出てきたトリノテム伯爵と話をしてみると、騎士の意見が正解だった。騎士の大部隊の前の先触れが来るのもあと数日は先だと思っていたらしい。
「早速だが、西側からは続報はあるか?」
「今のところはございません。馬を使い捨てにするような急使もそうそう出せぬのでしょう。」
真っ当な速度で遣いを出せば四倍近くも時間がかかるのだから、続報が届くのは二週間くらいは先の話になるだろうとトリノテム伯爵は言う。
使い捨てと言っても、実際には馬は数日休ませれば回復できる可能性は五分五分といったところだ。それでも、酷使していればすり減っていくのは火を見るより明らかだ。
だからといって、続報が来るまで右往左往しているのは愚かの極みだ。
「こちらとしても続報を待ってから動くのでは遅きに失するだろう。ついては、トリノテム伯にも騎士の供出を頼みたい。」
「そのつもりで、現在三十騎を出せるよう準備しています。」
「五十まで増やせぬか?」
そう聞くと、トリノテム伯爵は表情を強ばらせる。
あまり大きくない伯爵領としては、三十の騎士というのは決して少ない数ではないだろう。しかし、それが限界かというと、もう少し出せても良いと私は思っている。
「無理に五十揃えよとは言わぬ。王宮からの部隊に合流させてくれ。」
言葉を返せないでいる伯爵に、言葉をさらに投げかける。
王宮からは最低でも百以上を、可能ならば二百を出すつもりでいる。守りがほとんどなくなってしまうが、こればかりは仕方がない。
それが十日後にはこの領都付近にまでやってくるだろう。伯爵にはそれが速やかに移動できるようにも協力してもらう必要がある。
「大変だろうと思う。だが、協力を頼む。」
「オードニアム公爵閣下、モジュギオ公爵閣下からも助力の要請が来ております。できる限りのことはしたいと思いますが、期待に添えるかは保証できかねます。」
トリノテム伯爵側にも内政上の問題はあるだろう思う。やろうと思っていた計画が全て台無しになっていてもおかしくはないし、あちこちから上がってくる不満を考えたら頭が痛いということもよく分かる。
だが、それでも西国からの侵略に対して何もしないという選択肢はない。西側の諸領地には少々の無理は押してもらうことになる。
「オードニアム公爵閣下からは食料生産も強化するように来ているのですが、あまり騎士を出すとそれも叶いません。」
「糧食に関してはオザブートン伯爵やヘージュハック侯爵にも協力してもらう。東や南には期待できないが、北の領地にも活躍してもらう予定だ。」
昨年、あれだけ機会すらなかったことに不服の意を示していたのだから、ナノエイモス公爵あたりは頑張って結果を出してくれるだろう。
北には二足鹿で遣いを出す手筈だし、明日か明後日にはナノエイモス公爵には要請は伝わる。それで間に合わないなんてこともないだろう。
トリノテム伯爵の城に一泊し、翌朝、日の出とともに出発すると夕方にはエリハオップの城に到着してしまった。
二足鹿の脚力と体力には本当に恐れ入る。




