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462 出征に向けて

「王子か。理解できなくもないが、騎士の選定の方が先だな。何人連れていくつもりだ?」

二足鹿(ヴェイツ)の数を考えると、私を含めて七人が先発となるでしょう。」


 反対意見は出るだろうが、今まさに被害が出ているという前提ならば最速で動くことが優先されるべきだろう。とはいっても、すべての二足鹿(ヴェイツ)を私が使ってしまうわけにもいかない。連絡用に何匹か残しておく必要がある。


「王子はともかく、騎士の選定はどうする? ブェレンザッハの騎士を連れていくか?」

「いいえ、ブェレンザッハやウジメドゥアの騎士は王宮に残ってもらいます。ウンガスの騎士が対応すべきことです。」


 戦力的にはブェレンザッハの騎士を連れていきたいのだが、バランキルが出すぎるのも良くない。

 今回の件ならばウンガスの騎士が私を害するようなこともないだろう。裏切って西国(ネゼキュイア)に利するようなことをすれば、国賊とみなされる。そのようなことになれば、モジュギオ公爵やオードニアム公爵が赦すはずもないだろう。


「騎士の人選はティアリッテに任せよう。今担当している仕事は私が引き受けるのですぐに出発の準備にとりかかってくれ。」

「騎士の人数は六人だ。王子は其方(そなた)とともに行くより、増援部隊を率いさせた方がよかろう。」


 どう動くかは即座に決定していく。そんなところに長々と検討する時間などない。

 追加で出す騎士を何人にするかも決まっていないが、それを率いる役目を王子に与えた方が良いだろうというのがジョノミディスの意見だ。私もフィエルナズサもそれに特に反論はない。


「イグスエンのときと同じ方式で進めるということですな?」


 声を落として言うのはマッチハンジだ。さすがにその話題はウンガス王宮の中で大きな声ではしづらいものだ。


「そうだ。王宮にまで援助を求めてくるということは、敵の規模はそれなりに大きいと推測される。広範囲を攻められては、いくらティアリッテでも一人ではどうにもなるまい。本隊と輜重(しちょう)支援は重大な役割を持つことになる。」


 ウンガス王国がバランキル王国に攻め入った時もそうだったが、敵を撃滅する主力はあくまでも王子率いる本隊で私の役目は被害を抑えることにあるということだ。

 今後のことを考えるならばそのやり方が真っ当だろう。私は数年もしないうちにバランキル王国に帰るつもりなのだから。


「食料の支援はナノエイモス公爵やウニムセコア公爵ら北西部に任せればいいだろうか?」

「南側は噴火の影響で余裕がない可能性が高いですからね。必然的に北側になると思います。チェセラハナやササシナハムは西からは遠いのですよね。」


 馬車で何十日もかかる領地に食料の支援を求めても途中の負担が大きくなるだけだ。私としては彼らにはぜひとも二足鹿(ヴェイツ)を提供してほしい。バランキル王国にも連絡をする必要があるし、このような事態には二足鹿(ヴェイツ)の足はとても有益だ。


「まず文官をナノエイモスに向かわせよう。二足鹿(ヴェイツ)を使えば何日で着く?」

「距離から考えると四日あれば着くと思います。」

「明日にでも発ってもらおう。」


 おそらくオードニアム公爵は他の公爵に向けて遣いを出しているだろう。だがそれは王宮から遣いを出さなくても良いということではない。それぞれの領地がどのような役割を担ってほしいのかは、王宮が主導していくものだ。


「バランキルへの遣いはどうしますか?」

「ハネシテゼ陛下がまた新しいことを編み出しているやもしれぬな。」

「それを期待しすぎるのも良くないだろう。原則としてはこちらで何とかせねばならぬ。」


 話し合った結果、戦うことに関しては特に求めることはないが、戦後処理に際してバランキル国王の名前を出すこともあるだろうと意見はまとまった。

 つまり、連絡はするが大急ぎで馬を走らせる必要ないということだ。


 私の仕事はフィエルナズサとマッチハンジに引き継ぎ、出発の準備を急ぐ。まずは同行する騎士の選定をすべく、騎士棟へと向かう。


「今すぐ上級騎士を集めてくれるか?」

「ティアリッテ様⁉  用件がございましたらお呼びいただければ対応いたします。」


 声をかけるとその場にいた下級騎士たちは驚いた顔で立ち上がる。


 騎士棟の外では、下級騎士や使用人たちが武器や馬具の手入れをしているので、用があれば彼らに話しかければ良いのだが、通常は使用人がやってくることになっている。


「至急の件だ。急いでくれ。」


 急ぎ会議室に集合するように言うと、下級騎士たちはあちこちへ走っていく。その間に私は騎士棟の会議室を開けて、準備をしておく。


「城にいる上級騎士は全員揃いました。」


 三分ほどで二十人ほどの騎士が集まり、最後に入ってきた一人が代表して言う。そして、全員が着席したところで私が口を開く。


「明日の朝、私とともに出発する六名を選ぶ。目的は、西方領に攻め込んできた西国(ネゼキュイア)の撃退だ。」


 私の言葉に理解できないという表情を浮かべる者は多いが、それでも私は話を続ける。


「明日には第三、第四王子が戻ってくる。上級中級合わせて最低でも数十人は王子とともに出撃することになる。それとは別に、私とともに出る先鋒隊六名を選びたい。」


 会議室内に沈黙が降りる。昨年の噴火もそうだが、あまりに唐突に想定外の話をされると思考がついていかなくなる。


 それは私も同じなのだが、あまり長い間固まられても困る。


「ミュンフヘイユとソルニウォレは私と一緒に来てほしいと思っている。」


 実力を考えればこの二人は外せない。相性面でも悪くはないはずだ。あとはこの二人と相性の合う四人を選ぶことになる。


 百人ほどは出すことになるだろうる本隊とは違い、先鋒隊は少数精鋭だ。当面の間は、人員の交換はない。その中で相性の悪い者同士がいると面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。


 最低でも一か月は一緒に行動することになるとして、ミュンフヘイユとソルニウォレのそれぞれ何人か指名させる。


 そのうち重なったのは三人と、ぜひ参加したいと立候補してきた者で決定することにした。


「私たちは明朝、日の出とともに二足鹿(ヴェイツ)で出発する。そのつもりで準備を進めてくれ。」


「本隊はいつ出発の予定でしょうか?」

「明日、王子が帰ってきてから決定することになるが、早くて明後日の朝だな。王子の準備時間を考えると、もう一日か二日遅くなるかもしれぬ。」


 人数も、王子が帰ってきてからの決定だ。七十人を下回ることはないと思うが、適正な人数というのは私にも読めない。


「西方領が攻め込まれたとのことですが、具体的な戦況はどうなっているのでしょう?」


 具体的にどのような準備をすれば良いのかにも関わるための質問だろうが、残念ながら今のところは詳細情報はない。


「ミラリヨム男爵領を中心に、周辺領地が大打撃を受けているとしか分からぬ。複数の領地が打撃を受けているということから察するに、西国(ネゼキュイア)はかなりの数を投入していると思われる。少なくとも百や二百という単位ではないだろう。」


 騎士の運用、特に対人戦における騎士の動かし方は非常に難しい。軍略に優れた者が指揮をとっていて、もっと少ない数で攻め入ってきている可能性もある。


 しかし、それは今は考える必要がない。いずれにせよ私たちが倒すべき相手は、百騎の領主軍と戦い敗走させられる強さを持つということだ。


「我々だけで勝てるのでしょうか?」


 ソルニウォレは不安そうに眉を寄せるが、先鋒隊の目的は情報の収集と敵の足止めができれば達成される。

 もちろん、敵を撃滅できればそれに越したことはないが、それはウンガス軍が揃ってからと考えておいても構わない。


「案ずるな。オードニアム公やモジュギオ公も騎士を出す。他の中小領地もすべて合わせれば一千以上となるだろう。」


 そして、私は少数で多数を相手にした戦い方も、騎士を相手にした戦い方もよく知っている。


 ここで大きな声でいうわけにはいかないが、イグスエンに攻め入ってきたウンガス軍を撃滅してまわっていたのは私だ。

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