461 災難は続く
冬にやることは大きく変わりはしない。私の担当することが変わりはしても、全体の流れは例年通りなのだから、大凡のことは恙無く対応できる。
もちろん、噴火の対応を今後どうしていくかは詰めておかねばならないし、功績に対する報賞も決めてしまわねばならない。
それらは比重として小さくはないが、複数の領地に跨る課題の一つである。他の地域で別の災害に見舞われないとも限らないのだから、その対策を怠るわけにはいかない。
そんな中で、少し毛色の異なる話題がある。
城の庭を所狭しと走り回る二足鹿のことだ。
秋に生まれた十二匹の二足鹿の子はすくすくと育ち、元気に庭を走り割っている。城にやってくる者たちが目にすることも多く、日々大きくなっていく二足鹿は、お茶会の話題になりやすいのだ。
特に南の領地では珍しいということで、そして二足鹿の生息数の多い北の領地では実用性についての話が多くなる。
「確かに馬より便利な場面はありそうですな。」
「うむ。雪などまるで気にせずに走っているではないか。馬ではそうはいかぬ。」
そう好意的に言う男爵があれば、眉を顰める子爵もいる。
「荷車も橇も牽けぬのでは困らぬか? 荷も馬ほどは詰めまい。」
「馬と同様に乗れるものなのか? 訓練をし直さねばならぬのであれば、騎士への導入も簡単ではないだろう。」
「その上、馬と二足鹿の混成とした場合にどのような問題があるのかも分からないではありませんか。それを考えれば、使える場面が少なすぎるように感じます。」
それらはそれらで正論だ。二足鹿の大部隊は私も想像ができないし、恐らく、全ての騎士が二足鹿に騎乗するようにはならないだろうと思う。
「私の想定は文官による運用だ。領主と小領主の間、あるいは領主間の通信用に使うのが最も受け入れられやすいだろう。特に災害時は情報の早さは重要な課題だ。」
「なるほど、大人数での運用をしないならば訓練はそれほど大きな障害にはならぬな。」
「早馬の代わりか。それ専用に飼育する経費に見合えば良いのだが。」
納得する者も難色を示す者もあるが、畑への魔力散布と違い、導入せよともするなとも他者に強制するものではない。
興味があればやってみれば良いのだが、こちらからはもう一つしておく話がある。
「其方らの領地の民は二足鹿の雌雄の区別はできるものなのか?」
「残念ながら、獣の雌雄の区別の話などしたことがございません。」
そんな話をするのは、可能ならば捕獲した二足鹿を何頭か譲ってほしいからだ。その際、可能ならば雌雄の数を揃えたい。
そんな話をしていると、一度二足鹿に乗ってみたいという申し出も出てくる。
鞍に跨がり訓練場内を歩き回るだけでも、と要望するのは馬と二足鹿では背の高さがまるで違うからだろう。
乗ってみたときの感覚がどれほど違うのかは、言葉で説明するよりも実際に乗って体験してみた方が早いのは間違いない。
春までに試乗会を何度か催してみると、最終的に、導入を検討してみようという領主は思っていたよりも増える結果となった。騎乗する側が特別な訓練を何もしなくても、訓練場内を歩き回るくらいはすぐにできたことは大きいだろう。
冬の魔物退治に二足鹿を使ったことも検討を推し進める要因になりえたと思っている。例年ならば出かけてから戻るまで一週間ほどはかかるのだが、朝に出発したら翌日には退治を終えて帰ってきてしまうのだ。この速さは圧倒的である。
雪が解けてくると、領主たちは自分の領地へと帰っていく。特に、南方の領主たちは噴火の状況が気掛かりなようで、雪が解けきる前から急いで出ていった。
「こちらも諸々の準備を進めねばならぬな。」
「食料生産は支援の分も考えねばなりませんから調整が大変ですね。」
「こうなると、第三王子と第四王子には早く帰ってきてほしいですね。」
発言力を持つ者が増えると、意見の擦り合わせの手間が増えてしまう。しかし、それでも今は実際に各部門を取りまとめる手がほしい。
今年こそは各種産業の強化を進めていきたいし、植林も拡大していかねばならない。
やりたいことも、やるべきことも抱えきれないほどあるのに、できることが全く追いつかないのは非常にもどかしいものである。
「ハネシテゼ様が直々に見ているのですよね。どれほど成長しているのか楽しみですわ。」
「楽しみでもあるが、正直言って不安なところもある。」
視線を落としてそう言うのはジョノミディスだ。確かにハネシテゼは圧倒的な知識と不思議なまでの発想を持つが、時に革新的すぎて誰もついていけない事態に陥りかねない。
「それでも制御できないなんてこともなかったと思いますけれど?」
「我々にウンガスの王になれと言う方だぞ?」
そう言われると、私も反論ができない。
「最悪、空を駆ける魔法を教わっている可能性もある。」
「あ……」
フィエルナズサの懸念に、私も言葉を失ってしまった。
帰ってきた王子たちが空を駆けだしたら一体どのようなことになるか想像できない。
もし教わっていても、それを披露するのは私たちがバランキル王国に帰ってからにしてほしいと切に願う。
不安と期待が入り混じりながらも春の仕事を進めていると、六月の終わり頃に先遣いの騎士が王宮にやってきた。
彼の話によると、翌日には王子たちを乗せた馬車が到着すると言うことだ。二人の部屋の整えるとともに長旅を労う準備をさせていると、想定外の信じ難い報告を持った遣いがやってきた。
「西国、ネゼキュイアより大軍勢が押し寄せ、ミラリヨム男爵領をはじめその周辺領地が大打撃を受けているとのことです。現在、モジュギオ公爵が戦力を集めていますが王宮の助力も願いたいとのことでございます。」
色々と問い質したいことはあったが、彼自身も詳細は知らず、差し出した書箱の中身以上の情報は現在持っていないと言う。
「其方はどこの騎士だ? ミラリヨム男爵やモジュギオ公爵からの遣いではないのか?」
「私はトリノテム伯爵に仕えておりますマーゼリアと申します。オードニアム公爵からの使いは到底走れる状態になかったため、急ぎ私が走ることになりました。」
「オードニアムだと? モジュギオですらないのか?」
つまり書箱を最速で届けることを優先し、人も馬も半ば使い捨てにしてのことらしい。確認してみると、ミラリヨム男爵領が攻撃を受けたのは四日前だという。
「よく伝えてくれた。其方は下がって休むといい。」
ジョノミディスは努めて冷静に言うが、その指先は微かに震えている。私も、遣いの者には一切の非がないことが分かっているのにもかかわらず、大声で怒鳴り散らしたい気分だ。
「どうする? 昨年の今年だ。動員できる騎士にも限度があるぞ。」
「ですが、騎士を出さないなんて選択肢はないでしょう。」
昨年の噴火では、多くの領地に無理をさせている。そこにこの騒ぎは非常に対処が難しい。もしかしたら、西国もそれを狙って攻め込んできているのかもしれない。
「西国との関係が悪いなんて聞いたことがなかったのですけれど、侵攻の動機が分かりませんね。」
「ウンガスがバランキルに攻めこんだ理由も我々にとっては理解不能なものだ。気にしても仕方がないのでは?」
マッチハンジは動機に解決の糸口があればなどと言うが、そんな簡単な話ではないと思う。これまでに何かの交渉があったわけでもないのに、突然攻撃してくるのはろくでもない理由しか思いつかない。
「ティアリッテ、大変申し訳ないが行ってくれるか?」
「可能ならば、第三王子か第四王子のどちらかも一緒に出てほしいと思います。」
かなりの無茶だと思うが、私はこの指示を拒否する意図はない。この国を担っていく者が、戦いも犠牲も知らないままではいけないと思うのだ。




