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460 紛糾する会議

 噴火の被害や避難の状況を急いで整理し、十四月の一日には公爵全員を集めての会議へと臨む。


 冒頭は何が起きてどういう状況なのかという概要説明だ。ナノエイモスら北側の公爵は、噴火があったという程度の情報しか持っておらず、避難が必要となるほどの被害であるとすら知らない状態なのだ。それで議論できることはなにもない。


「六万人が移住だと? 随分思い切ったことをしたものだな。」


 チェセラハナ公爵は半ば呆れたように言うが、それだけ被害が酷いということだ。まったく想像ができないという者が半数ほどを占める中でヒョグイコア公爵が沈鬱な表情で頭を振る。


「とてもではないが、人が住める状況ではない。」


 ヒョグイコア公爵は、自身が被害の状況を視察に行ったという。バッチェベック領から避難してくる者を受け入れるにしても、悪ければヒョグイコア領も被害を受けかねないのだ。

 どの程度の被害がどこまで広がっているかの確認は領主一族自らが行わねばならないほどの緊急事態だと認識していたということだ。


「バッチェベック領のいくつかの町は完全に潰滅している。うち一つは見つけることすらできなかった。」

「見つけられない? どういうことだ?」

「可能性は二つかある。」


 野も畑も道も深く灰が積もっているためにどこが道なのか判断することは不可能に等しく、もしかしたら見当違いの場所を探していた可能性がある。


 そしてもう一つは、町が完全に灰に覆いつくされてしまった可能性だ。

 そんなことはありえないように思えるが、山の近くの町だと雨によって流れ押し寄せてくる灰に埋もれることはありうるだろうという。


「想像しづらいのだが、それは雪崩のようなものと思えば良いのか?」

「おそらくそうだ。しかし、規模は(はる)かに大きいと考えた方が良いだろう。雪よりもあの灰の方が倍以上は重い。最大の違いは雪のように解けて消えはしないことだ。」


 首を傾げ、なんとか想像してみようとする者たちにピユデヘセン公爵が補足で説明する。彼は現地に行ってこそいないが、避難してきた者たちから直接話を聞き、小領主(バェル)らが説明のために持ってきた火山灰を実際に手に取って見たらしい。


「それで、被害が出ているのは三領地だけなのか?」

「フルキオ伯爵領にも被害は出ているそうだが、今のところは支援が必要というほどではないとのことだ。」


 ピユデヘセン公爵の報告によると、灰が降ったというだけならば、十一の領地で観測されているらしい。しかし、大半は払い落とせば済むという程度で、建物の倒壊が頻発したり畑が耕作不能と判断されたのはバッチェベックら三つの領地だけだ。


「説明の続きだが、食料その他資材の供出に応じてくれた領地は資料にまとめてある。通り道付近の領地の協力もあり、希望者の移転は既に終わっている。」


 食料の供出は、馬車にして約一万二千台分ほどだ。民が移動していく際に消費していった分もあるので、実際に運んだ量はそれより少ない。さらに中継地に発生する負担も説明すると、多くの公爵は眉を寄せて頭を振る。


「食糧支援は来年以降も必要なのか?」

「このまま噴火が終息すれば、不要だろう。だが、さらに活発化して被害が拡大する可能性もないわけではない。」


 こればかりは予測を立てること自体が難しい。過去の資料を見ても、規模が毎回異なっていてあまり参考にはならないのだ。来年の予想としてあるのはベルニュム子爵の移住くらいだ。


「今は、関わった者たちの功績をどう評価するかを相談したい。配布した資料をめくってくれ。」


 ジョノミディスがそう言うと、居並ぶ公爵たちは手を動かし苦々しい顔で大きく息を吐いた。


 その資料は、びっしりと数字が並んでいる。できるなら私もこんなものは見たくはない。

 しかし、この場ではそれは避けられないのだ。


 一つ一つの項目について説明をし、それぞれの重みについて検討してく。

 食料の供出と一口に言っても、同じ量の麦と芋では負担の大きさは違う。領地の蓄えを限界まで切り詰めて出したのと、余剰分を出したのでも意味合いが違う。

 領地ごとの事情をどこまで勘案するべきかなど言い出したら本当にきりがないのだが、完全に無視してしまっても大きな不満を生み出すことになる。


 まる三日かけて議論を重ねて、やっと結論に至ることができた。



 その後は全領主を集めての会議だ。


 はじまりに際し、ジョノミディスが噴火の被害に遭った領主に対して見舞いの言葉を述べる。

 これを考えるのがまた難しかった。移転を決断したバッチェベック伯爵は心機一転頑張ってほしいと言うしかないのだが、現地に留まりなんとか耐え凌ごうとしているベルニュムにはかなり言葉を選ばなければならない。


 最も苦しいのがファナック男爵だ。領地を失うことになる彼には、何と言葉をかけていいのか分からないほどだ。本人の落ち度ではないため爵位を取り上げるようなことはしないが、土地を失う以上は領主としての立場もまた失うことになる。


「身の振り方に希望があるならば早めに申し出るが良い。」

「ありがとうございます。しかし、もう暫くだけ考えさせていただきたく存じます。」


 ファナック男爵は力なく言って下がるが、親しくしている領主に仕えるのが最善だろう。王宮側としても力になれることがあるならば助力したいと思っている。


 そして協力してくれた領地には労いの言葉を述べ、それぞれの功績について発表する。知らない間に相対的に立場が落ちてしまう北や西の端の領主たちは不満そうな顔をするが、そこは気にする必要がない。


 噴火にかかわる一通りの案件が終わると、やっと例年の議題に入っていく。魔物の状況や治水工事の進捗状況など、多くの領主で共有しなければならない案件はいくつもある。


 噴火の影響を受けて予定を大幅に変更せざるを得なくなったことも少なくない。

 工事の資材を運ぶ馬車が食料運搬に使われてしまったり、仮設の宿場を設営したりと、南側の領地では物や人の流れが変わってしまって各種事業の進捗がかなり乱れている。


 王族直轄地でも、秋以降に予定していた作業はほぼすべて中止になっている。家畜はなんとか殖やしているが、お酒は全く生産できていない。材料となるはずだった麦も豆も芋もすべて支援食料として供出してしまったためだ。


「まさか初年度でこんな形で(つまず)くとは思っておらなんだ。」

「全くだ。噴火の影響の影響のない北部や西部の領地は、功績はなくとも各種事業は捗っているはずだ。」


 産業の復興で一歩先んじることができていれば、それは優位性に繋がる。功績の機会が無かったことは不利と言えるが、支援のために多大な労力を取られるよりも総合的には差がないとして良いのではないかとオードニアム公爵は主張する。


 あちらが有利だ、こちらが不利だなどと意見は出てくるが、そんなことは領主の得手不得手によっても変わってくるし、直接比較する土台などない二つの有利不利など議論する意味はない。


「そのようなことを言っていても、何の益もありません。来年度の振り分けの話を進めましょう。」


 不毛な話題はバッサリと切り捨てて、やるべき議論に話を戻す。噴火の影響で産業にも変な偏りが生じてしまっている。それをどう是正していくのかは非常に面倒な話題だ。


 畜産やそこから派生してくる皮革や繊維織物をどれだけ拡大していくか、ほとんど進まなかった香辛料や油、酒類を生産する領地を増やすのか。それともう一つ、バランキル王国から糖菜の種が届いている。これの栽培をどこが行うのかも決めねばならないだろう。

 領主としては、自分の領地の得意としている分野を伸ばしていきたいのは当然で、もともと得意としていたわけでもない産業を押し付けれられれば気分が良いものではない。


 ()めながらもなんとか議論を進め、強化していく産業の割り振り、さらに工事の人夫や資材の割り振りを決定していく。


 数日かけて、定例の議題をすべて終えると最後に一つ言っておくことがある。


「来年からはバランキルに出した子どもたちが戻ってくる。」


 その言葉に喜色を浮かべる者があれば、むしろ戸惑いの表情を見せる者もある。特に大きく動揺しているのは、年嵩(としかさ)の領主だ。

 何を困ることがあるのかと思ったが、子どもが教育を終えて戻ってきた後の方針について領主一族内で固められていないのだろう。少なくとも、私には他の理由が思い当たらない。


 だが、そんなことは二年前から分かっていたはずだし、話し合いは終わっていて然るべきだろう。

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