459 一段落に向けて
毎年のことであるような気もするが、今年の秋は慌ただしく過ぎていく。
総掛かりで畑に魔力を撒き始めたのは秋になってからだったが、その結果は実を結んでくれた。特に青小豆と堅瓜の発育はとてもよく、昨年よりも数割増しという状況だった。
麦類は効果が出る前に収穫を終えることとなったが、そもそも酒の原料とする分をそのまま支援に充てることが可能だ。期待を膨らませていた酒蔵の職人たちは不満をため込むことになってしまうが、天災による予定変更は諦めてもらうしかない。
その説明も大事な仕事だが、私はそちらにはほとんど関わっていない。ノエヴィスの魔物退治から帰ってきたときにはすでにいくつかの領地から支援の食料が届いており、私の役割はその管理となったためだ。
毎日やってくる馬車は増えていき、最大で一日に百数十台以上がやってきて、そしてノエヴィスへと向かって出ていく。
その馬車一台一台がどこから来たのか何をどれだけ積載しているのか確認して、どの道を通ってどこに向かうか決定していくのが主な仕事だ。
馬車は荷車から馬をはずし、すぐにでも別の馬に牽かせて先に向かわせる。荷車からはずした馬は、半日から一日休めた後に空の荷車を牽いて戻っていくことになる。
これは、エーギノミーアや東の領地からブェレンザッハやイグスエンに食料を送るときに取っていたのと同じ方式だ。このやり方で大きな問題なく勧められたのはメイキヒューセのおかげだ。中継地となっていたウジメドゥアほどの知見を、始点や終点であるエーギノミーアやブェレンザッハでは持っていない。
とはいえ、それに掛かる仕事をメイキヒューセ一人に任せてしまうわけにもいかない。馬の管理や王都から出す荷の調整も含めて、延々と続く終わりなき仕事を二人で分担することになった。
これらの仕事は、はっきり言って魔物退治よりも辛い。一か月以上も延々と続くことは同じなのだが、魔物退治は一か所に留まって行うものではなく、どんどん場所を移していくことになる。仕事が進んでいるという実感が全く違うのだ。
「この作業はいつ終わるのですか?」
「ティアリッテ様はご存じのはずです。期間が一か月ほどしかないのですから大したことはありません。一日にやってくる馬車の数はこちらの方が多いですけれど、ウジメドゥアでは毎年七か月も続いていたのですよ?」
二週間ほど経ったころにはあまりにも終わりが見えないことに愚痴を漏らしてしまったが、メイキヒューセは冷静だった。そういえばその通りだし、彼女らの忍耐力は素晴らしいと思う。
だが、そう言うとメイキヒューセはゆっくりと首を横に振って言った。
「実のところ、ウジメドゥアでも同じ理由で文官や人夫が音を上げていたので二、三か月で人の配置を換えていたのです。」
そして、それらに関しての苦情があまりにも多かったことも、ウジメドゥア公爵が生産力の大幅強化を進めていくことにした理由の一つだという。
そんなメイキヒューセの言葉に私も顔を覆わざるを得ない。
認識が浅かった。甘かった。
支援食料の運搬経路となる領地に負担が全くないとは思っていなかったが、ここまで辛いとは想像もしなかった。
食料を生産する者が最も評価されて当然と信じて疑っていなかった。
ウジメドゥア公爵はその評価を得るために生産力の大幅強化を進めているのだとばかり思っていた。
「私が思っていた以上に負担をかけていたのですね。気付きもしなくて申し訳ありません。」
「別にティアリッテ様が謝ることではないと思いますよ。他の公爵の認識もあまり変わりはないようでしたから。」
メイキヒューセはそう言うが、その認識は変えていくべきだと思う。
そんなこともありつつ、十三月も半ばを過ぎると食料を満載してやってくる馬車の数が急激に減ってきて、二十日にはオードニアム公爵当人が最後の荷馬車とともに王都にやってきた。
「お久しゅうございます、ジョノミディス様、ティアリッテ様。此度の災害、我らの力はお役に立てたでしょうか?」
「久しいな、オードニアム公。この度の協力、誠に大儀である。最終的な数値はまだ集計している最中であるが、速報では冬を越えるのに十分な支援量があったと聞いている。」
今の段階では、支援の食料が足りたのかという問いには足りたという返答にしかならない。貢献度をどう見積もるかは公爵たちに相談せねばならないだろう。当然、オードニアム公爵にも、どのような評価であれば納得するのかを聞くつもりである。
もちろん、オードニアム公爵としては自分の功績を大きくしたいだろうが、他の中小領地を蔑ろにするようでは求心力が失われてしまう。冷静かつ合理的に利益を考えることができるオードニアム公爵ならば、味方を減らしてまで高い評価を要求することはないだろうと思っている。
細かい数値は公爵会議で詳らかに説明する予定なのでこの場では省くが、どこの領地がどのような負担をしたのかを挙げていくと、オードニアム公爵は眉間に深く皺を刻み頭を抱える。
何しろ、大小合わせて二十二もの領地が関わっている。それでありながら、北方の領地は全く関わっていないのも面倒な理由の一つだ。
「北方には要請すらしていない理由を聞いても良いですか?」
「いくつかあるが、時期的に遠方の領地ではできることがほとんどないことが大きい。食料の援助は運搬経路となる領地の負担が大きいことも無視することはできぬ。」
「距離が理由ならば、オードニアムも十分に遠いと思うが?」
「被災地からの距離は明確にオードニアムの方が近い。それに、冬の訪れが十日以上違うだろう?」
そう言われてオードニアム公爵はぽんと手を打った。
状況次第では南側へ食料を運ぶことも十分に考えられたし、冬の期間が長い北方の領地はより多くの食料を蓄えておく必要があるのだ。自分たちの民を蔑ろにしてでも支援しろなどと言えるはずもない。
「この状況で具体的な評価と報賞を決めるというのは、確かに難題であるな。」
「詳細はザッガルド公爵やピユデヘセン公爵からの報告待ちだが、各領地からの支援食料や避難民受入数については、記録をとらせてある。」
各種数字は出せるようになるはずだが、それも評価の指標のひとつにすぎない。避難民が混乱なく安全に領地を通行できるように騎士の労力を割くのと、食料生産を増やして送り出すことのどちらが高評価であるべきなのかなど、明確な判断基準などありはしないのだ。
ましてや、馬車を経由させたことがどれほどの評価になるかなど、誰も考えていなかったのではないかと思う。
「通過の際の負担はともかく、民の受け入れは評価の対象外で良いのではないか? 確かに一時的には負担だろうが、将来的には利益を生み出すであろう。」
オードニアム公爵はいくつかの例を挙げて、それぞれの重みについて議論をするしかないという。
そのための試案を作るのにも難儀しているのだが、前例のないことは割り切るしかないと協力を断られてしまった。
「全体的に考えれば、ピユデヘセン公爵や南方の領主たちの功績は当然に大きなものであるが、ザッガルドやその周辺領地も功績としては劣っていないだろう。相対的に考えれば、食料しか出していないオードニアムの評価は、それほど高くないと言わざるを得ぬ。」
その総評に合うように重み付けを考えれば良いだろうと言うが、それはそれで大変である。
二日後にはザッガルド公爵やピユデヘセン公爵も到着し、それぞれから詳細な報告を受ける。数値に関しては口頭で説明しきれる量ではなく、分厚い資料を添えられた。食料は領地ごとに品目と量が一覧化されているのはもちろん、受け入れたあるいは通過した避難民の数、馬や荷車を提供した数や期間、さらには動員した騎士についても記載がある。
「二人ともご苦労だ。ここまでの一大事業を取り纏めてくれたこと感謝する。」
ジョノミディスは二人の公爵を労るが、彼らの表情は固いままだった。それはこの場で報賞について触れもしなかったからではないだろう。
「何か懸念事項でもあるのか?」
「来年以降の方針に少々不安を感じております。一旦落ち着きましたが、すべてが片付いたわけではございません。」
「済まぬがこちらには現地の実情があまり伝わってきておらぬ故、来年以降の話は今の段階ではできる状態にない。すべては各領主の話を聞いてからだ。」
三つの領地以外の被害状況も不明だし、復興が可能なのかも分からない。ノエヴィスに移住した者たちが何かに困っているのかなどの話もこれからだ。
仕事量を考えると早めに方針を打ち出してほしいという気持ちはわかるが、情報が不足している現時点ではどうしようもならない。




