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 ノエヴィスでやるべきことを全て終えて王都に帰ってきたのは十二月も終わろうかという頃だった。


 城に戻ると、真っ先に執務室へと向かう。私の報告は緊急のものはないが、至急で対応せねばならない案件がないとも限らない。


「ご苦労だったな、ティアリッテ。それでノエヴィスの状況はどうだ?」

「領都を含めて十五の町すべての守りの石に魔力充填を完了しました。周辺領地の協力もあり、ノエヴィスの魔物は一掃できたと思っています。」


 その他にも橋や堤防や、畑がすぐにでも使えそうかなども報告する。その中でも、芋や豆の一部が生えており食料確保の一助となるだろうことは重要だ。


「それは予想外だな。入手できるのは馬のエサとなる草くらいだと思っていたのだが。量としてはどれほどありそうなのだ?」

「一般的な作付比率から考えると、通常の四分の一から三分の一程度かと思います。ただし、品質には全く期待できません。」


 冬の備えとして考えるならば、通常の三分の一ではは全く足りない。しかし、馬車で数百台分の食料が確保できたことはとても大きい。


 各地に取り付けた支援の量と合わせれば、餓死者が続出するようなことにはならないだろうとジョノミディスは安堵の息を吐いた。


「ところで、ファナック男爵領の被害は少なかったのでしょうか? 避難移住者が来ていなかったことが気になっていたのですけれど。」

「ああ、ファナックからはノエヴィスに行かぬようにしている。男爵には申し訳ないが、ファナックはなくなることになる。」


 領地がひとつ完全になくなると聞き、思わず嘆息する。その可能性はあるものと思っていたが、決定したと言われると重いものがある。


 ファナック男爵領からの住人の移住は始まっており、王族直轄領にも既に二千人ほどが来ているという。こちらは船を使ってネブジ川を遡上してきているため、馬車を使わねばならないベルニュムの者たちよりも移動の時間も労力も少ないだろうという。


「ファナックをノエヴィスに入れないということは、バッチェベックも全域退避なのですか?」

「はい。ファナックとバッチェベックは、どちらも領主が避難を決定しました。ノエヴィスの器を考えれば、二領を受け入れることはできないはずです。」


 説明するのは、各地の領主らと話をしてきたメイキヒューセだ。現地の状況を聞きたかったのだが、それについては話が長くなりすぎるので後にしてくれと言われてしまった。


「結論としては、ベルニュム子爵は南半分を放棄。領都からの移住もなしということです。また、食料の支援を求めた領地ですが、比較的良好な反応を得られています。」


 領地を通って移動していく者たちに直接提供する分も含めて、多くの領地の賛同は得られたとメイキヒューセは笑顔で言う。


「オードニアム公爵からは支援の食料が届き始めている。これも順次運んでいかねばならぬ。」


 各領地がそれぞれノエヴィスに届けていたのでは現地が混乱してしまうだろうということで、南と西からの支援食料は一度王宮に集めることにしたという。


 尚、東側はザッガルドに集めるらしい。その辺りは私が魔物退治に明け暮れている間にメイキヒューセが駆け回っていたとのことだ。


「話を聞いていると、二足鹿(ヴェイツ)の健脚ぶりは凄まじいですね。」

「その二足鹿(ヴェイツ)だが、卵が孵ったぞ。」

「私も見ましたけれど、ぴよぴよと可愛らしかったですよ。」


 二足鹿(ヴェイツ)が卵を抱えていたのは二か月程度だったらしい。二週間ほど前に帰り、今は子どもの二足鹿(ヴェイツ)が騎士の訓練場を駆け回るようになっているということだ。


「あら、それは私も見てみたいですね。」

「生まれたての頃は白い毛に覆われていたのですけれど、最近はもう大人の二足鹿(ヴェイツ)と同じ色になってきていますね。」

「親の二足鹿(ヴェイツ)はもう乗れるでしょうか?」

「子どもの側を離れようとしないので、もうしばらくは無理だろうということです。」


 無理強いをして走らなくなっても困るということで、今年は慎重に様子を見ながらやっていくしかないだろうと言う。


「その話は後でも良かろう。こちらの状況を説明を先にさせてくれ。」

「その前にお着替えを済ませてもらった方がよろしいのではありませんか?」


 楽しい話題は食事の時にでもしてくれということで、仕事の話に戻る。収穫量の最終予測値や、支援食料の運搬計画などはとても大事な話だ。

 だが、その前に着替えてこいとのことだ。もしかして、いや、もしかしなくても臭っているのだろう。



 私室に戻ると、湯につかり念入りに身体を洗う。ノエヴィスでも度々湯浴みはしていたが、軽く汚れを落とす程度だし、何より清潔な着替えの服の持ち合わせなどあるはずがない。長期の魔物退治では荷物を最小にするのが基本なのだ。


 部屋着を(まと)い椅子に腰を下ろし、側仕えに髪を結われる。髪用の香油の香りもなんだか懐かしい。そのまま側仕えに肩や腰を()まれているとなんだか眠たくなってくるが、今寝てしまうわけにはいかない。


 執務用の服へと着替えると、改めて執務室へ向かう。部屋に入ると机ではなくソファの方へと呼ばれた。疲れた体にはこちらの方が楽だが、ジョノミディスらの仕事は大丈夫なのだろうか。


其方(そなた)はまた騎士に難題を吹っ掛けたらしいな。」


 私の正面に座るとジョノミディスは真剣な顔で言うが、私には何のことだか分からない。首を傾げて必死に頭を巡らせてみるが、そのように言われるようなことに思い当たりはしなかった。


「言ったであろう。ティアリッテには自覚がないのだ。」


 フィエルナズサまで眉に(しわ)を刻みそう言うのだが、本当に心当たりがない。おそらく私が湯浴みをしている間に騎士からの報告を受けたのだろうが、その内容については全く見当もつかない。


「まず、其方(そなた)につける騎士の数だ。ミュウジュウまで同行させたのは二人だけだそうだな?」

「自分の立場を考えてくれ、ティア。今は王族に準じた位置づけなのだぞ?」


 疲れた声でフィエルナズサが言う。つまり、私が伴うべき騎士の数は、最低で四人だということだ。

 先触れに走らせるなどして一時的に二、三人になるのは仕方がないにしても、何日も二人しか伴わないのはあり得ないのだと語気を強める。


「文官一人に騎士二人をつけて遣いに出しているからと言って、ティアリッテ自身がそれをして良いわけではない。」

「しかも、騎士の数は少なくて構わないと何度も繰り返したそうだな?」

「も、申し訳ありません……」


 二人に強く言われると、私は小さくなって謝るしかない。


「それと」

「まだあるのですか?」


 思わず声に出してしまったが、それは良くなかった。メイキヒューセやマッチハンジまで(まなじり)を上げることになってしまった。


「ティアリッテ様はどうしてそこまで自覚がないのですか?」

「昔からそうなのだ、ティアリッテは。領主一族として高い意識を持っているのに、ある方面では驚くほどに欠如しているのだ。」

「ですから、いったい何のことでしょう?」

「率先しすぎることだ。城や邸の通用口から真っ先に入っていったそうだな。」

「半分地下の防壁の通路にも入ろうとしたと聞いている。」

「それは、騎士に止められたのでしていません」

「騎士に止められるようなことをする時点でおかしいのだ!」


 なんと、(とど)まったから問題がないと考えるのは誤りで、指摘されないように注意して行動すべきなのだという。


「今後、気を付けます。」


 そう言って頭を下げたがジョノミディスは厳しい表情のまま首をゆっくりと横に振った。


「其方はどこか気品にかけたところがあると父上からも指摘されていたはずだ。」


 そういえば、そんな気がしなくもない。

 小さくなり努力すると繰り返してみるが、そんなことで納得されるはずもなくマッチハンジが指導をするということで話は落ち着いた。

1年は14か月。12月は地球で言うところの10月6日〜31日に相当する。

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