457 安心するにはまだ早い
ミュウジュウの騎士に遣いに走ってもらって各地から集まった騎士にも解散の指示を出し、私たちも王宮の騎士と合流した。
「貴方たちも王都に戻ってください。護衛は七人もいれば大丈夫でしょう。」
「ティアリッテ様、すぐに騎士を減らそうとするのは悪い癖です。」
「魔物退治が終わったならば、護衛に二十人以上もいる必要はないと思いますけれど。」
騎士が窘めるように言うが、騎士の主目的は終わったのだから帰って王都の仕事を進めてほしいと思う。すべての守りの石を動かす仕事には、護衛を七人も伴っていれば十分だろう。
二、三人というのは先日も大反対されたので七人まで増やしているのだ、一様に渋面を作らなくても良いと思う。
「今は非常事態ということではありますが、だからこそティアリッテ様の護衛を軽んじるわけにはまりません。」
特に、終わりの目途が立った今が最も危険だということで、騎士も譲ろうとはしない。疲労が溜まっているところに安心が加われば警戒が薄れるというのは理解しているし、私も気を付けているところだ。慢心して油断するつもりは全くない。
しかし、そういっても騎士は首を横に振る。
「おそらく、ティアリッテ様は無理をすることに慣れすぎているのです。ですが、我々にはティアリッテ様の限界を計ることは叶いません。」
以前にも言われたが、騎士たちには私が大変疲れているように見えているらしい。私としてはもっと苦しいことは幾度となくあったし、まだ十分元気に動き回れる範疇だと思っているのだが、それが『無理をすることに慣れすぎている』ということらしい。
「分かりました。それでは十四人だけともに来てください。それ以上は動きが鈍る原因になります。」
伴う騎士の数を二倍に増やしてやっと騎士たちは頷いた。追加できてくれた十四人のうち九人を残し、それ以外の王宮の騎士には引き上げてもらう。残り五人はウジメドゥアの騎士だ。少々大変だと思うが彼らには最後まで付き合ってもらう。
その後はノエヴィスの地を一周してくることになる。守りの石が動いていなければ再び町に魔物が入り込む可能性があるし、地図や数字だけではない町の大きさや位置も把握しておきたいという意味もある。
一人で橋や町で守りの石に魔力を注入していくのは大変だが、他に頼れる者がない以上は私ががんばるしかない。途中で思いがけずケイチャモア伯爵領からの馬車に出会い、支援食料の一部を譲り受けることができたのは幸運だった。
毎日毎日、麦や芋の粥ばかり食べるのは本当にうんざりする。調味料を大量に持ち歩いてもいられないし、味付けは常に同じと言っていい。そこらに生る果物でも手に入れば良いのだが、なかなかそう都合よくいかないものだ。
何より、何台も馬車を連ねる隊商の中には料理ができる者もいる。お茶や香辛料、燻製肉なども満載した馬車から提供される食事は、通常の野営では味わえないものだ。
簡易なテーブルを並べて商人らとともに食事を摂ることに不愉快そうな顔をする騎士もいるが、彼らに聞きたいことは多い。食事の時間と情報収集の時間を別にするのは効率が悪いと思う。
ケイチャモア伯爵の領地運営状況や、周辺領地との関係など、商人の立場からはどう見えているのかは知っておきたいところだ。
貴族の報告では順調であるとされていても、現場では立ち行かなくなる寸前ということもある。多少の困難があっても、乗り越えて進んでいるならば順調であると判断する者は少なくないのだ。
予定通りに事は進んでいるのだろうが、計画の遂行に支障が出てから対応するのでは遅いのだ。将来的に起こりそうな問題は予測して排除しておくべきだろう。
食事をしながら話を聞いてみると、概ねエリハオップを踏襲しているが、産業強化で戸惑うことは多いらしい。特に、急に指示が変わることもあり、今までとは違う苦労が増えているらしい。
「この秋は、我々は領地内を巡っている予定だったのですよ。食料を積んでノエヴィスに行けと急に言われても、それ以外にもやることはあるんです。」
半ば愚痴のように言われるが、この件に関してはどうしようもない。問題は、危機的状況だということが彼らに伝わっていないことだろう。
「噴火の被害で、南方の領地では土地を放棄せざるを得ない状況にあるのです。ノエヴィスに避難してきている最中なのですけれど、彼らへの支援は喫緊の最重要課題です。」
万単位の人が住む土地を失って流れてくるのだと言えば、重大な事態であるということは分かってもらえたようだった。
「この町も、人が入るのでしょうか?」
見回す周囲の建物には人の気配が一つもない。人が住む町から、住人がすべていなくなってしまうことを想像するのは難しいが、その逆も意外とできないものだ。
不気味な静けさの町が人で賑わうようになるところが想像できない。だが、それでも数字の上での話はできる。
「年内にはこの辺りの町は人で溢れることになるはずです。被害の規模や広がり方から考えて、ベルニュム子爵領だけで済むとは思えません。」
そもそも最初の報告はバッチェベック伯爵領の南で噴火があったというものだ。その被害がベルニュム子爵領だけなんてことはないだろう。
最終的には四万人以上が避難や移住をするものと思っている。
その規模感に、商人たちは「想像ができない」と頭を振る。
「私は二十年以上商人をしておりますが、町の中で本格的な野営をするなんて初めてです。」
食事を終えて一息つくと、商人の長は周囲を見回してそう言う。
隊商が町に滞在するときは、はずれにある隊商用の場所に馬車を停めるか町の外で野営をするかの二択になる。
現在は宿に行っても何の用意もないので、全員で野営をすることにしたということだ。
シーツも掛けられていない黴臭い藁に寝るならば、床に寝たほうがまだ良いということもある。もう少し寒くなってきたり、雨が降っているならば屋内の方が良いのだが、晴れていればあまり差はない。
「町に住民がいないのは、なんとも不気味なものだな。このような経験は私も今回が初めてだ。」
「人が出ていった町というのはそうそうないでしょうね。滅びた町とはまた雰囲気が違いますね。」
何気なく言ったつもりだったが、これは少々迂闊だった。ウジメドゥアの騎士は表情を硬直させて、なんとも言えない視線を王宮の騎士へと向ける。
「あの件の襲撃犯はすべて処刑しました。私たちも休みましょう。」
ぽん、と手を打って立ち上がる。こんな時は物理的に気分を変えるのが一番だ。
幸いというべきか、町の守りの石へ魔力を注ぐ仕事はまだ残っている。体力や魔力の回復を考えると、寝る前に済ませておくのが最良だ。
繋いでいた馬に跨ると揃って小領主の邸へ向かう。
魔力が尽きる寸前まで守りの石に注ぎ込み、そのままその部屋で寝る。何故か騎士は不満そうな顔をするのだが、ベッドが使えるわけでもないし床に寝るしかないのだから、どの部屋で寝たってそう大きな違いはないと思う。
朝、早めに起きたら馬の世話をし、使用人の部屋で湯浴みをしてから出発する。貴族らしくないと騎士たちは口を酸っぱくするが、王都を出て一か月以上が過ぎている。疲れも溜まっているし、先を急ぎたい気持ちも強くなっている。
その後、数日をかけてノエヴィスの町を巡りながら北上し、西半分が終わったら残りは南東部分だ。
「北東部は最初に済ませましたからね、領都を経由して東に向かいましょうか。」
そろそろ領都に入っている者もあるかも知れない、そう思って行ってみたが、門は閉ざされたままだった。
まだここには避難民は来ていないのかと思って東側に回り込んでいくと、背の高い草の向こうにぞろぞろと動くものがある。
近づいて確認すると南から連なる人の列が東へと続いていた。
「彼らは領都には入らぬのか。」
「元々領都の民ではないのでしょう。列の動きを止めるのは問題がありますから、東へと急ぎましょう。」
何時間歩き続けているのか知らないが、延々と続いている人の列は誰もが疲れ果てた様子を見せている。
だが、先日、南の町で見たときと違って彼らの荷物はとても少ない。
不思議に思いながらも邪魔をしないように馬を東へと進めていくと答えが見えてきた。
「随分と馬車の数が多いな。」
「途中の領地で借りてきたのでしょう。ヒョグイコアの紋章を掲げているものがあります。」
騎士の指す馬車を見ると、確かに紋章付きの馬車がいくつか並んでいる。どうやら食料の支援だけではなく馬車もいくつか出してくれたらしい。
ならば私たちは東へ急がねばならない。小領主には協力してくれた馬車の数を把握して報告してもらわねばならないだろう。
計上する前に帰られてしまっては大変である。




