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452 東奔北走

 騎士との話が終わると、厩舎(きゅうしゃ)へ向かう。

 馬を使うことになるだろうとは思っているが、雌の二足鹿(ヴェイツ)の状態も気になる。卵から解放された雌の半分でも使えるならば、できることも少し変わってくる。


「おや、メイキヒューセ。」

「ティアリッテ様も様子を見に来たのですね。」


 二足鹿(ヴェイツ)のいる厩舎に入ると、そこにはメイキヒューセも来ていた。彼女は優先的に二足鹿(ヴェイツ)を使うことになっているため、使える数や世話の仕方など確認したいことも多いのだろう。


 厩舎の中には、雄の二足鹿(ヴェイツ)は一頭もいなかった。厩舎にいるのは六頭の雌だけで、六頭すべての雄と一頭はの雌は植林についている騎士が使っているらしい。


「まだ卵が(かえ)る様子はないですか?」


 敷いた(わら)の上に丸くなっている二足鹿(ヴェイツ)()でながら飼育人に尋ねる。もっと撫でろとばかりに首を伸ばしてきたりはするが、立ち上がろうとはしない。腹の下に抱える卵を守っているのだろうと思われるが、ずっと座り込んでいるのは辛くないのだろうかと心配になってしまう。


「申し訳ございませんが、二足鹿(ヴェイツ)に関しては見当がつきません。馬ならば見れば出産時期くらいは分かるのですが。」


 飼育員もこれまで二足鹿(ヴェイツ)の面倒な度見たことがない。卵がどのように(かえ)るものなのかも知らないし、ただ見守るしかできないという。分かっているのは、今のところ卵を抱える二足鹿(ヴェイツ)に変わった様子は見られないということだ。


「雄の方は元気なのですよね?」

「ええ。あちらも特に変わりはありません。毎日走りまわっているようです。」


 騎士を乗せることにも慣れてきたようで、今では人に甘えるような仕草も見せるという。特に怪我や病気をする様子もないし、六頭ともに使えるだろうということだ。


 そのうち五頭はメイキヒューセが使うと、残りは一頭だけだ。それに私が乗ることも考えたが、それはそれで上手くいかないだろうし、フィエルナズサに譲ろうと思う。


二足鹿(ヴェイツ)を使った方が魔物退治も捗るのではありませんか?」

「そうですけれど、今回はそれなりの人数を投入するつもりです。一人や二人だけならば通信員としても不安が残りますから、諦めた方が良いでしょう。」


 速度を優先して一人だけで遣いを出した場合、途中で何かあったら全てが台無しになってしまう。逆に安全と分かり切っている近距離ならば、二足鹿(ヴェイツ)の利点を活かせはしない。現実を見れば、私は従来通り馬で行くのが正解だろう。


 旅の準備を整えるとともに、商人や職人に宛てた書類を用意をする。食料の増産を優先するため、酒造などは一度止めざるをえない。不満を訴えてくる民の様子が目に浮かぶが、私にも非常に不本意な判断だ。


 夕食の前には先王(ヨジュナ)はもちろん、高位の文官や騎士なども含めて、王宮の対応として何をするのか今後の方針の認識合わせを再度しておく。同時に、前回の噴火の記録についても資料が見つかっている分に関して情報を共有する。


「他の領主たちは協力してくれるのですか?」


 一通りの説明が終わると文官から質問があがる。心配するところはみんな同じだ。協力を呼びかけたところで無視されるのではないかと文官たちは顔を見合わせ(ささや)きあう。特に南側の領地は叛乱騒ぎも何度も起きているし、王宮に好意的な領地は少数派だ。


「ザッガルド公爵とオードニアム公爵の協力は間違いなく得られるでしょう。ヨドンベック公爵とヒョグイコア公爵も動かざるをえないと考えています。」


 噴火の被害というのは私も本当には理解できていないが、被害がさらに拡大する可能性を考えると南方の公爵はそれを無視することは難しいだろう。自分たちの備えとしても食料の増産は不可欠と判断されるべきだ。


 そしてもう一つの理由が、確実視されているオードニアム公爵の協力だ。あの公爵ならば、立ち位置や発言力を確たるものとするため、余剰食料を支援に回すくらいは当然のようにやるだろう。そうなれば、何もしていない領地は相対的に立場や発言力を落とすことになる。

 ヨドンベック公爵とヒョグイコア公爵がそれを許容するかといったら、ないだろうというのが私たちの結論だ。


 尚、今回はヘージュハック侯爵にも要請を出すつもりでいる。取り潰してやりたい気持ちは今でもあるが、現実的なところを考えると取り潰すのは合理から外れ、利益を絞りだした方が良い。


 文官も騎士も、明日から大きく体制が変わることになる。植林や道路工事は一度中断して、そこに向けていた人員は再び畑に戻すことになる。騎士たちも各地の畑に魔力を撒いてもらうことになるし、徴税の体制も変わる。食料の運搬のための人員配置も急いで検討が必要だ。


「苦労をかけるが、この局面を乗り切らねばウンガス王国に繁栄はない。心して取り組んでくれ。」


 ジョノミディスが締めて会議は解散となる。その後、私たちは公爵らに向けた書類の確認だ。要請する内容は公爵によって違う。北側の公爵に移住の受け入れをと言ったって、そんな遠方まで行こうとする者は恐らくいない。食料の余剰分に加えて野の草でも刈って干しておくなどして家畜の餌でも用意していてくれれば助かるという程度だ。


「地域によって差が大きいですね。」

「仕方があるまい。ここからバッチェベックまでの距離は、バランキル王国だと王都からブェレンザッハを通り過ぎてしまうほどだ。北も同程度以上の距離があるのに南部地方まで食料を移送するとなると現実的ではあるまい。」


 ヨドンベック公爵とヒョグイコア公爵は地理的に近すぎて被災の恐れがあるため多くを求めはしないが、ボルシユア公爵やピユデヘセン公爵には避難者の受け入れや移動の援助も求めることになる。

 それに対して不満に思う者もいるだろうが、地理的な問題はいかんともしがたい。


 一通り確認が終わると、私はザッガルド公爵とミュウジュウ侯爵に宛てた書箱を受け取る。今回は魔物退治が主目的であり文官の同行はない。おまけに馬車を使う予定もないため、書類は私が自分で持っていくことになる。



 翌日は十四人の騎士を連れて王都を出発する。まず目指すは直轄領のすぐ東、ペルシリア伯爵領だ。ノエヴィスへの道としては領都に寄ることなくペルシリアの北西部を抜けていくだけなのだが、今回はそうするわけにもいかない。避難民が来た際には、移動の援けをするよう求めておく。


 領主との会談後、通常ならば一泊する流れとなるのだが今回は先を急がねばならないとすぐに町を出た。

 王都からペルシリアの領都まで馬で急いで二日半。そこからザッガルド公爵領の領都まで三日半だ。二足鹿(ヴェイツ)ならば合わせて三日だと思うと複雑な気持ちになるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。



「お久しゅうございます、ティアリッテ・シュレイ様。このに時季来訪とは如何(いかが)なされました?」


 ザッガルドの城に着くと、領主当人に出迎えられた。公爵としても想定外のことだろうが、こんなところで友好関係を壊すようなことはしないということだろう。


「久しいな、ザッガルド公。突然の来訪で済まぬのだが、緊急で頼みたいことがあるのだ。ノエヴィスの魔物を一掃するため、騎士をいくつか貸してほしい。」


 とりあえず結論から話をするが、それだけでは一体何のことだか伝わるはずもない。とりあえず応接室へと案内されることとなった。


「バッチェベック南方で大規模な噴火があったと報せを受けた。被害の詳細は不明なところも多いが、四十四年前の噴火よりも被害が大きいのではないかと予想される。バッチェベック以外にも両隣のベルニュム子爵領、ファナック男爵領の畑も壊滅的な打撃を受けていると聞いている。」


 そう言うと、ザッガルド公爵も顔色を変える。この時期に作物が大打撃を受けたとなれば、冬の用意は全くできないことになってしまう。何も手だてを講じなければ数万人の餓死者を出すことになってしまうだろう。


「それで何故ノエヴィス……、領地を移転させるおつもりですか?」

「バッチェベック伯爵がそれ望めばの話ですけれどね。全くありえない話ではないと思っている。」


 王宮側としてはそのように判断したと伝えると、ザッガルド公爵は左手で顔を覆い、二度、大きく息を吐く。

 そこに書簡を出してしてやれば、もう一度大きく溜息を吐いた。


「他の公爵には食料の支援なども求めているが、ザッガルドに求めるのは基本的に人だ。魔物退治の戦力および、周辺領地への使者をお願いしたい。」


 要請する内容は先王(ヨジュナ)の印とともに書類に記されている。簡単に言えば騎士と文官を貸してくれというだけのことだ。


「何人ほどを想定しているのですか?」


 恐る恐るといった様子で聞いてくるが、私も無茶なことを言うつもりはない。人を出しすぎたために領地の運営ができなくなってしまっても困る。


「騎士は三十人前後、文官は十人ほどを考えている。欲を言えば百人ほど欲しいのですけれど。」


 余計な一言を付け加えるとザッガルド公爵は非常に苦い顔をするが、騎士を三十人前後ならばとすぐに手配してくれることになった。

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