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451 これからの方針

二足鹿(ヴェイツ)は何頭動ける?」

「確実なのは雄の六頭です。雌も一頭が卵を産んでいませんが、もしかしたらこれから産むかもしれません。」


 出先で動かなくなるようなことがあるならば、最初から使わない方が良い。雄の六頭をどう振り分けるかが重要だ。


「メイキヒューセ、ピユデヘセン公爵へは其方(そなた)二足鹿(ヴェイツ)で向かってくれぬか?」

「私がですか?」

「そうだ。その後、現地を見てきてほしい。その上で、周辺の被害のない領地をまわって協力を取り付けてほしい。」


 突如割り振られた重大な役割に、メイキヒューセはごくりと喉を鳴らす。そして彼女の返答の前に、ジョノミディスは私たちの役割についても説明する。


「ティアリッテにはザッガルドとミュウジュウに行き、彼らと共にノエヴィスの魔物を駆除してもらわねばならぬ。フィエルナズサは直轄領の食料増産に当たってもらう。」


 その役割を考えると、確かにそれが最も適しているように思う。全ての騎士を使って可能な限り多くの畑に魔力を撒くならば、その指揮を執るのは私かフィエルナズサになるだろう。

 ザッガルド公爵やミュウジュウ侯爵との話は以前より見知っている私かジョノミディスがした方が良いだろうし、魔物退治を最も得意としているのは私だ。


 その一方で、ピユデヘセン公爵は私たちの誰も太い繋がりを持っておらず、誰が行ってもさして変わらないだろうと思われる。マッチハンジが行くという案もなくはないが、ピユデヘセン公爵の性格を考えれば、最年少であるメイキヒューセが行った方が()()()()()と思われる。


「メイキヒューセには最大限の権限を与える。可能な限り多くの領地の協力を取り付けてもらえぬか?」

「そう言われましても、わたくしでは判断のつきかねることも多くあるかと思います。」


 相談する相手もないなかで一人で重大な決断するのは非常に恐ろしいものだ。万が一の失敗を考えると、誰かに助けを求めたくなる。

 私もその気持ちは良く分かるし、通常ならばそんなことをさせはしない。


「少々の失敗は気にするな、メイキヒューセ。今、我々が恐れるべきは叛乱の勃発だ。それさえ防げれば、後はなんとでもできる。」


 実際に叛乱が起きてしまえば、おそらく私たちでは抑えこめなくなる。現体制に不満を持っている貴族は一人や二人ではない。叛乱を力で抑え込もうとすれば、あちらこちらから抑えきれないものが噴出してくるだろう。力を見せつけて威圧しているのと、本当に武力を行使するのでは相手の対応が変わってくるものだ。


 それから較べれば、評判がどうのとか仕事が大変になるとかなんてのは大した問題ではない。それは頑張れば挽回(ばんかい)できる程度の失敗でしかない。


 つまり、メイキヒューセの仕事は王宮が全力で対応に当たっていることを示せば良いということでもある。


「フィエルナズサの言う通りだ。其方(そなた)の仕事は、何としてでも取り返しのつかない状態を避けることだ。犠牲を全く出さないようになどと考えなくても良い。」

「分かりました。では行く前にお聞きしておきたいことがございます。ノエヴィスへの移動は何人まで許容できますか?」

「五万一千人です。」


 その数字は私は即答できる。ノエヴィスからブェレンザッハに移動してきた民の数は、かなり正確に把握しているつもりだ。その人数までならば、ノエヴィスの地で生活していけるはずである。


 さらに、直轄領の各町に少人数ずつ振り分ければ五千人は受け入れが可能と見込んでも問題ないと思われる。


「そういえば、ウジメドゥアで受け入れたのは五千と少々でしたっけ。」


 メイキヒューセの生家であるウジメドゥアでもノエヴィスからの移民を大量に引き受けてくれている。その時のことを思えば、五千人の受け入れがどの程度のことなのかは想像がつくのだろう。


 バッチェベック伯爵領の人口は四万程度だったはずだし、ベルニュム子爵領とファナック男爵領を足しても八万と少しくらいのはずだ。今のところ、その全てを受け入れる算段は立っていないが、ピユデヘセンやヨドンベックなど、南寄りの四公爵に受け入れてもらえれば全ての住民の移住も不可能ではないはずだ。


「バッチェベック伯爵たちは移住を受け入れるでしょうか?」

「それは分からぬ。だが全員移住という判断は今年中には下されぬだろうと思う。」

「移住するにしても、一度に全ての民を移動させることはないだろうな。私ならとりわけ被害の酷いいくつかの町から移住させるだろう。」


 ジョノミディスもマッチハンジも、移住するにしても何度かに分けて移動すると考えているようだ。私もその可能性が高いと思うが、結局は状況次第だろう。


 領主にとって、土地を捨てる判断なんて簡単にできるものではない。ノエヴィスへの移住を勧めたところで、バッチェベック伯爵らが喜んで頷くはずもないだろう。


「被害の酷いところからというのは私も同意見ですけれど、領地内全域にならない保証なんてどこにもないですから、こちらとしては最悪を考えて準備するしかありません。」


 永続的な移住ではなく、一時的な避難という形での移動を考えている可能性だってある。


 とにかく情報が少なすぎるため、判断のしようがないのが現状であり、だからこそ誰かが視察に行く必要がある。


「他に確認しておきたいことはあるか?」

「魔物はどう動くと思います? 畑が壊滅的打撃を受けるならば、森や野も無事では済まないでしょう?」

「厄介な話だな。だが、メイキヒューセの方に割く戦力がないぞ。」

「メイキヒューセにはブェレンザッハの騎士をつけましょう。そちらは数を出せないのですから、騎士には最大の質を求めるべきです。」


 岩の魔物や赤空龍とも対峙したことのある歴戦の騎士だ。メイキヒューセとは馴染みがあまりないが、万が一の事態を考えると戦力を優先した方が良いと思う。


「しかし、それではティアリッテ様の方が手薄になってしまいませんか?」

「こちらはある程度人数を動員する予定ですから問題ありません。」


 最大でも六人にしかならないメイキヒューセと、何十人も投入する予定の私の方では、優先すべきはどちらなのかは明白だ。


 特に被災地方に王宮が最大限の援助をしていることを示すためにも、山から逃げてきた魔物くらい蹴散らしてみせた方が良い。


「分かりました。それでは急いで準備に取り掛かります。」

「私も出発準備を急ぎたいと思います。公爵への書簡はジョノミディス様とマッチハンジ様、それとフィエルナズサにお任せしてよろしいでしょうか?」

「うむ。夕食までには用意する。その後にでも確認してくれ。」


 騎士をメイキヒューセに回すならば、今すぐに話をしておかなければならない。騎士にも準備の時間が必要だし、メイキヒューセと事前に話をしたいこともあるかもしれない。



 執務室のことはジョノミディスらに任せて私とメイキヒューセは退室する。明日からはフィエルナズサも外回りの仕事が主となるが、まず計画を立てねば騎士に指示も出せはしない。


 私室に戻ると、使用人に言って旅の荷物の準備をさせる。それとともに騎士を呼んで、メイキヒューセとともに南の領地を巡るように言う。


「ティアリッテ様、誰がメイキヒューセ様におつきすればよろしいでしょうか?」

「四人全員です。」

「それではティアリッテ様は誰をおつけになるつもりでございますか?」


 騎士は非難の籠もった目を向けてくる。使用人の動きを見れば私も旅支度をしていることくらい分かるだろう。にもかかわらず、私が騎士をつけなければ不安に思うのも当然だ。


 しかし、私も本当に一人だけで行くわけではないブェレンザッハの騎士を出す代わりにウジメドゥアの騎士を貸してもらう。


「噴火というある意味で未知の災害が南方の領地に甚大な被害を(もたら)していると報告が来ています。」


 平時と同じ感覚でいれば、対応が遅れてしまう。変則的な体制だが、目的別に特化した班構成とせざるを得ないことを説明する。


 そして、私の仕事はある意味で通常通り、魔物退治だ。そこに不測の事態などそうそう起きるものでもない。


 一方で、メイキヒューセの方は不足の事態しか起こらないと言える。情報が少なすぎて想定できることがほとんどないのだ。


 比較してみれば、どちらがより危険なのかは考えるまでもない。噴火という現象は、騎士たちも自らが経験したことはないのだ。

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