450 噴火の報せ
十一月になると名実ともに秋となる。畑は果菜の最盛期が過ぎて、豆や根菜の収穫が本格化する。麦は三分の一ほどの収穫が終わり、倉庫では新旧の入れ替え作業が進められていく。
傾向として秋になると雨が増えることは分かっており、それに備えて堤防や河港の整備は既に済んでいる。工事の人夫は道の整備の方へとまわすことになる。
植樹している苗木も順調に大きくなっている。昨年植えた苗は既に私の背の高さにまでなっているし、数年あれば林と呼べるものになるだろう。試してみたところ、野菜や穀物と同じように魔力を撒くことで成長促進効果があることも明らかになったので、騎士に対応させるようにしている。
だが何もかもが順調にはいかないものだ。何らかの想定外の事体は起こり得る。そう思っていたのだが、度を超えた報告がやってきてしまった。
「バッチェベック南方で大規模な噴火がありました。降灰によりバッチェベックおよび周辺領地で甚大な被害を受けており、至急支援をお願いしたく存じます。」
「大規模な噴火だと? 被害が出ているのは具体的にどこの領地だ? 支援は何が必要だ?」
大規模とだけ言われても、その規模を計り知ることなどできない。何がどれくらい必要なのかは説明してもらわなければ困る。
「最も被害が大きいのはバッチェベック伯爵領、およびその両隣のベルニュム子爵領、ファナック男爵領の三つで、ほぼ全域の畑が壊滅的状況にございます。」
「食料の支援が必要なのは承知した。他に必要なものはあるか? 人的被害や家畜への影響はどうなっている? 家屋は無事なのか?」
分からないことだらけの事態に、ジョノミディスは質問を並び立てる。
噴火という現象がどのような被害を齎すのかは知っているし、バランキル王国でも被害発生が何度も確認されている。
ただし、北の国境近くに限られているため、エーギノミーアやブェレンザッハでは聞くことのない災害だ。
山が火を噴くと言われても、見たこともないため実際にどのようなことになっているのか想像するのも難しく、どのような対応をするべきなのかも咄嗟には分からない。とにかく状況を詳細に教えてもらわなければ、何かを判断するのも容易ではない。
「噴石や火砕流は山の東へ向かった模様で、町や村落に直接被害は今のところ確認されておりません。ただし、降灰の影響をすぐに取り除くことはできませんので、来年以降の収穫量も激減する恐れがございます。」
「何年も悪影響が残るのならば、人が住み続けるのは難しいのではないか?」
土地を棄てて移住するのは容易いことではないが、作物を育てられない土地にしがみついても未来は無いのではないかと思う。
少なくとも私たちの立場では、食料生産のできない土地で支援を求め続けられるよりも、無事な土地へ移って励んでもらった方がありがたい。
「難しいからと、どこへ行けば良いと仰るのでしょう?」
「幸いというべきか、ノエヴィスの土地が空いています。バッチェベック伯爵領よりも少し大きいはずですし、移住は検討しても良いと思います。」
そう言うとフィエルナズサやメイキヒューセも非難混じりの苦い表情を向けてくるが、被害の程度次第では移住の方が現実的だと思う。今は人的被害がないとしているが、今後も被害が発生しないなどという保証もないのだ。
「確かに、噴火の状況次第では退避も視野に入れた方が良いかも知れぬな。」
今ここに火山に詳しい者はいない。識者を探したり過去の資料を当たることもするが、その間は何も対応しないというわけにもいかない。
出せる選択肢は提示し、できる準備はしておいた方がいいだろう。
「支援の食料はすぐにでも送ろう。ヨドンベック公爵を中心に、被害状況の把握と必要な支援を取りまとめてくれ。」
一つ以上の領地の畑が壊滅的打撃を受けたとなれば、王族直轄領の余剰分だけでは不足するはずだ。他の領地の協力を仰ぐならば何がどの程度必要なのかを明らかにしなければ話が進まない。
被害の大きな地方に全てを負担させても事が進まないだろうという事で、地理的に最も近いヨドンベック公爵に取りまとめをしてもらうことにする。
「ヨドンベック閣下は動いてくださるでしょうか?」
「離れた地方ならばともかく、ヨドンベックならば動かざるを得ないはずだ。」
遣いの者は不安そうな顔を見せるが、恐らく問題ないだろうと私も思う。ジョノミディスと先王の名で正式な依頼の書状を作るが、その拘束力の問題ではない。
万が一、ヨドンベック公爵領にまで被害が及んだ場合を考えれば、動けるときに動いておくべきなのだ。自分で何とかしろなどと言ってしまえば、自分も言われることになってしまう。
「移住の件だが、今すぐにしろとは言わぬが検討はしておいてくれ。」
噴火が収まり、畑も早期に回復が可能だと判断されるならばそれに越したことはない。だが、そう望んだ通りにならなかった場合にどうするかも考えておくべきだ。
そう言うと、遣いの者も表情をきゅっと引き締める。
したくない決断だということは分かるが、せざるを得ない場合というものもある。
「当面の蓄えはあるのか?」
「噴火の前までは豊作でしたので、二、三ヶ月は問題ないかと思います。」
食料の支援は一日を争うほどではないということではあるが、あまりゆっくり構えているわけにもいかないだろう。食料の増産は急ぎ行わなければならない。
「最後に聞こう。感覚的で良い、被害は拡大すると思うか?」
ジョノミディスの問いに遣いの者は顔を歪めて沈黙する。
答えづらい質問だということは分かるが、根拠など無くてもいい。彼ら以上に私たちには根拠がないのだ。実際に被害現場を見た者の危機感を参考にするしかないのだ。
「これ以上悪くなるなど、思いたくありません。収まってくれることを期待したいです」
「それに関しては祈るしかないな。」
ジョノミディスの言葉に執務室にいる全員で掌を天に向ける。
数十秒の沈黙の後、遣いの者は一礼して部屋を出ていった。
「全公爵に遣いを出す。急いで人選を頼む。それに資料部に過去の噴火の記録を調べさせてくれ。」
扉が閉まるとジョノミディスはすぐに文官たちに指示を出す。噴火が始まったのは十一日も前なのだ。現在、どのような状況になっているかも分からない。
もし、被害が拡大していれば、多くの領地に協力を求めなければならない。
「それからノエヴィスだ。ティアリッテ、フィエルナズサ、魔物退治にどれくらいかかる?」
「町中に潜んでいる魔物を退治するのは意外と大変だ。一つの町で四、五日はかかる。」
先日、魔物退治に行った経験を踏まえてフィエルナズサは一人で行けば二か月は掛かると見積もる。
「それも周辺領地に要請するしかないでしょう。ザッガルド公爵とミュウジュウ侯爵ならばある程度騎士を出してくれるでしょう。」
「ここでそれを使うか。仕方があるまい。」
ザッガルドとミュウジュウには少なからず恩を売ってある。要請を持ちかければ、返す丁度いい機会だと乗ってくるだろうと予想される。
「この事態は想定していなかったな。」
「できるはずがありません。噴火だなんて、完全に思慮の外ですよ。」
「実際、どうなのだ? 想定して然るべきと思うか?」
愚痴を言ったり慰めあっていても何の解決にもならないが、言わずにもいられない。文官に聞いてみると、若い者は昔の話として聞いたことがないと言い、引退間際の者たちですら、親に聞いたことがあるという程度らしい。
そして先王に尋ねてみると、王太子だった頃に前回の噴火があったという。
「同じ山なのでしょうか?」
「恐らくはそうだろう。我が行ったのもバッチェベックだ。」
その時に王族を代表して現地に被害の視察に行ったのは先王だったらしい。一面が灰に覆われ、どこを向いても白灰色しか目に入らぬ有様だったと言う。
「その時はどうしたのです?」
「農民も商人も貴族すらも関係なく、必死に作物を灰の中から掘り出していた。それでも半分以上は腐らせてしまう結果となっていたはずだ。」
当時は他の領地も作物に余剰分などほとんどなかったため、多くの餓死者を出すことになったのだと言う。
もしかたら南方の貴族が王族に反抗的なのは、その時に何の対策も救済もなかったからではないだろうか。
その質問を先王に投げかけるようなことはしないが、私たちが支持にも関わる重大な問題だと肝に銘じておくべきだろう。




