449 過ぎゆく夏
全力の炎雷をぶつけてやると、岩の魔物の殻は表面が砕けていくつものひび割れを生じさせた。
「本当に呆れた頑丈さだな。」
「だが、通じないわけでもなさそうだ。」
効果の程を見て頷き、同じ岩の魔物に向けてフィエルナズサも炎雷を叩きつける。岩の欠片が砕け飛び、ひび割れがさらに広がるが、それでもまだ動いているのだから本当に呆れたものだ。
さらに二発を叩き込み、やっと一匹が動かなくなる。
「四発か。岩の魔物といえど、あの大きさくらいならばなんとか炎雷で倒せるのだな。」
「残りも全部やってしまいましょう。」
「やはり他の魔法は効かぬのか?」
「やってみたが無駄だった。」
見つけたときに、炎雷以外の攻撃は全て試みたとフィエルナズサは言う。炎を連続して浴びせ続けてから水をぶつける方法も試してみようとしたが、やはり動き回るために効果がなかったらしい。
残りの四匹も、フィエルナズサと二人で炎雷をぶつけていればなんとか仕留めることができた。
「よくアレを捕らえてこれたな。」
殻が大きく割れて転がる死骸に向けて火を放ちながらジョノミディスが言う。この五匹の岩の魔物は大きさとしては中型の魔物に分類される程度だ。
これを蹴り転がせる二足鹿の脚力には驚かされるが、まさかそんな方法でノエヴィスの地から連れてくることはできないだろう。
「魔物であることには変わりはないからな。魔力を放って誘導すること自体はそれほど難しくはなかった。ただし、その方法は馬では実行不可能だ。」
岩の魔物は一日中休みなく進み続けることができるため、馬の方が先に体力が尽きてしまうだろうと言う。
魔力の塊を浮かべて二足鹿で歩いていれば、どこまでも追ってくるのだと笑って言うが、その様子を思い浮かべると笑ってしまう。
一時間ほどかけて死骸を焼き、中身を全て灰にしてから城へと戻る。
その帰り道で、メイキヒューセと騎士たちに先程の魔法は決して使ってはならないと釘を刺しておく。守り手の中にも炎雷を使うものはあるが、危険であることには変わりはない。
城に着けば、再び執務室での仕事に戻る。ただし、フィエルナズサは昨晩はほとんど寝ていないということで、今日はお休みだ。
翌日からはいつも通りの仕事に戻る。
各種事業は比較的順調だ。
今年動き始めた酒蔵は、それぞれ麦や芋など材料の仕込みが終わり寝かせる段に入っているという。具体的な作業の詳細はよく知らないが、酒として完成できないということにはならない段階まで進んだということらしい。
とはいえ、品質に関してはまだ何も保証はできないらしく、完成してみないと貴族向けに出せる品質なるかは分からないということだ。今年の目標としては街の酒場で出される安い酒が増やせる程度を考えているので十分だと言えるだろう。
街の南、畑の外側では新しく植えた木の種が芽吹き小さな緑が延々と並ぶ。一部をウサギに荒らされてしまったりしたが、騎士をウサギ狩に出したことでそれもすぐに落ち着いた。このまま何ごともなければ、今年の王都周辺での植樹は八万本ほどになる。
街の北側では果樹も薪用の木も混然と植えているが、南側では薪用と建材用の樹木をそれぞれ分けて植えることにしてみた。実際の森では、木が用途別に生えている場所が分かれていることはないのだが、もしかしたら種類べつに分けた方が生育に有利である可能性もある。
知識がある者も見つからないため、とりあえず試してみるしかないのだ。
作物はすくすくと育ち、早採れの野菜はどんどんと城の庭に運ばれてくる。収穫や運搬の作業が円滑に進むのは慣れの他にも要因がいくつかある。
道の整備をして運搬経路を最適化したこともあるのだが、意外と大きいのは馬の体力が向上していることだ。収穫が増えたことにより家畜の餌も余剰がでており冬から春の間も十分に運動することができている。頭数も増えており、荷車の進みは昨年よりずっと早くなっている。
唯一、先読みも制御も全く効かないのが天候だが、すこし雨が少ないかなと感じるが畑が干からびてしまう程ではない。
と思っていたら、本格的な暑さの訪れの前に嵐が立て続けにやってきたために、帳尻があったと言えるのかもしれない。
風でいくつかの作物が薙ぎ倒されてしまうということは起きたが、収穫量として必要分を下回ってしまう程ではなかった。収穫前にだめになってしまった瓜や茄子は諦めて家畜の餌にでもしてしまうしかない。
想定外のことは、夏の終わりに起きた。
二足鹿の繁殖期など誰も知らなかったのだが、それがやって来たのだ。朝、使用人が馬房へ行ってみると、珍しく二足鹿が座り込んだまま動かなかったらしい。
体調でも悪いのか餌の桶を持っていくと、腹の下に卵を抱えていたのを見つけたと言う。
卵を産んだというのは驚きである。馬やヒツジなどの家畜はもちろんそうだし、ウサギやシカも子を産んで増えるものだ。私の知る中で卵を産んで増えるのは魔物だ。魔物の巣に卵があることは珍しくなく、私もこれまでに何個も潰してきている。
「二足鹿は魔物なのでしょうか?」
「私もそれらしき気配は全く感じぬぞ。」
「魔力にも反応せぬし、魔物ではないだろう。二足であることも含め、珍しい種類の獣なのではないか?」
不安になって聞いてみるが、フィエルナズサもジョノミディスも魔物とは思えないと首を横に振る。少なくとも私たちが知っている魔物の判断基準と照らし合わせれば何一つ当てはまっていないことから、魔物ではないと判断するのが妥当だろうという結論となった。
「ところで、その卵はいつ孵るのだ?」
「まったく見当もつきません。数日なのかもしれないですし、数か月かかるのかもしれません。」
類似した事例もなく、大凡の日数すらも分からない。今日、産んだという話だが、明日以降も生んだりするのかすら分からない。ただ、はっきりしているのは、二足鹿が卵を抱いたまま動こうとしないということだけだ。
「いずれにしろ、しばらくは二足鹿を使えないものとして考えねばならぬのだな。」
「今のところ卵を産んだのは三頭だけらしいですが、この時季に産むものだとしたらまだ増えるかもしれませんからね。」
使用人の話によると、十三頭のうち七頭が雌だという。ならば、のこり四頭も近日中に卵を産む可能性がある。それがいつになるのかは分からないが、ある朝突然産んでいるのだから、予定を入れてしまうのは避けるべきだろう。
「まあいい。元々二足鹿など飼う予定はなかったのだ。春に立てていた予定通りに事を進めれば良い。」
「いや、子どもが増える分だけ、餌の備蓄量の修正が必要だろう。」
「そうですね、飼料庫に入れる量を増やすように調整しましょう。」
生まれた二足鹿の子どもがどれ程の餌を必要とするのかは分からないが、成体を超えることもないだろう。二個づつ産んでいたということなので、とりあえずは十四頭増えると考えておくことにする。
数ヶ月飼育してみて、二足鹿が食べる物は概ね把握できてきている。
馬が食べて二足鹿が食べないものはないため、冬に備えて用意する餌は基本的に馬と同じで良いだろう。
あの不思議な生き物は、実に様々な草木を食べる。好むわけではないが、ナスやネギなども平気でもしゃもしゃと食べるのだ。他の家畜が決して食べようとしないため、収穫後は刻んで畑に埋めるしかなかったナスの葉などは、今年は二足鹿の餌として運ばれてきている。
秋風が吹き始めるころ、完成した酒が献上されてて来たため試飲をしてみることになった。
品質に関しては保証できないと言っていたが、それほど悪い出来ではない。芋から作った酒は芳醇さには欠けているが、甘味と辛味そして酸味が程よく混じり、すっきりとした飲み口だ。
一方、赤豆から作った酒は味よりも香りの方が強い。私は食事の際に飲みたいとは思わなかったが、市民の間では割と人気がある酒だという。
ジョノミディスやフィエルナズサも微妙な表情をしていたが、街の者が喜ぶならばそれで良いだろうと思う。




