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448 狩り

「ノエヴィスの魔物退治はどうしましょう?」


 フィエルナズサらが戻ってきて数日後、できることなら片付けておきたかったことをふと思い出した。


「む? 何のことだ?」

「魔物の巣窟となっているという話ですし、あまり放置したままというわけにもいかないでしょう?」


 フィエルナズサとメイキヒューセが不在時に話していたことの一つに二足鹿(ヴェイツ)の活用がある。馬の倍以上の速度が確約されるならば、王族直轄地を出ての仕事も検討しても良いのではないかということだ。


 馬であれば往復するだけで一週間を要するが、二足鹿(ヴェイツ)ならば、片道一日少々でノエヴィスに着く。一週間もあれば、五日間を魔物退治に使えるのだ。


 そのあたりを説明すると、フィエルナズサは腕組みをして考え込む。


「一週間か。そうだな、私が行こう。やるならば収穫が最盛期を迎える前の方が良いな。」


 私たちの仕事もそれに合わせて忙しくなるし、何より畑が豊かに実れば周辺の魔物も集まってくる。その前に叩き潰してしまった方が周辺領地の被害が少なくなるのは明白だ。


 フィエルナズサが出ることに反対する者もいない。彼の担当している税務は、私たちの誰もができる仕事だ。新規でやっていることもなく、おおよそのことは説明をされるまでもなく書類を見れば分かるし、簡単に引き継ぎができる。


 フィエルナズサは手早く準備を整えて翌日には五人の騎士を連れて出ていった。


 不在となる一間週間ほどは税務の仕事が私にも乗ってくるが、計画通りに進んでいる分には報告を受けるだけだ。


 もちろん、計画通りに行くことばかりではない。作物の種類により出来が想定よりも多かったり少なかったりする。それに関しても、文官たちが税率の調整をした書類を持ってくるので指摘したり決裁するだけだ。


 出来高の都合による馬車の割り振りの変更などは、商人や職人の組合とやり取りをしている私の方がやりやすかったりもする。


 効率的に進められることは、どんどん進めていってしまう。

 そう思って張り切って打ち合わせをしていたら、想定外の報告を受けることになった。


「ウサギが増えすぎているですって?」

「信じられないほどメチャクチャたくさんいるんです。畑に入り込んでくるウサギが後を絶たなく、苦慮している状況なのです。」


 収穫作業にも人手が必要だし、ウサギの駆除が全然間に合わないのだと言う。余裕のある春先のうちに狩りを進めておけば良いと思っていたのだが不十分だったらしい。


「ウサギの肉や皮はかなり出回っていたと思いましたけれど、あれでも狩る数としては足りなかったのですね。急いで対策を検討します。」


 そう言うと農業組合の長は安心したように息を吐く。


 人員の配置に関しては王宮が指示を出している以上、農民が勝手に持ち場を離れてウサギ狩りに行くことは許されない。

 早く自主的な判断で動けるようになってほしいと思うが、植林その他の事業に人を回していくのに平民だけでやらせても決して上手くなどいかない。


 王宮が介入せずに平民だけで割り振りを決めさせようとしても、得られる利益に不当な格差が生じるため酷い争いを生む結果にしかならない。


 望んだ通りに発展していくには、税や報酬を調整して不当な格差が生じないようにする必要がある。


「他に懸念点や不安材料はございますか?」

「木を伐ったらダメだというのは本当ですか? 今は夏だから良いですが冬に薪がなければ凍えてしまう。」


 彼らの話を聞いていると、木工の職人らに言ったことが変に伝わってしまっているようだ。

 私は何が何でも木を伐ってはならないなどとは言っていない。従来よりも大幅に増やしてはいけないと言っているのだ。


「恐らく、どこかで勘違いして伝わってしまったのですね。例年通りに薪を得ることまで禁止していません。薪がなければ冬を越せないことくらい知っています。そうなってしまわないために制限をかけざるを得ないのです。」


 誤解が甚だしいようなので、改めて現在この国この街の置かれている状況を説明して納得してもらう。



 話し合いをして、諸々理解を得られたはずだが、私の方には課題が残っている。ウサギの問題はどう解決するのかが悩ましいところだ。


「ジョノミディス様、騎士をウサギ狩りに使ってはいけないでしょうか?」

「ウサギ狩りに? それは狩りを生業にしている者たちに任せておけば良いのではないか?」

「話によると、ウサギが増えすぎていて狩りが追いついていないそうなのです。」


 増えすぎたウサギにより、農業に被害が出てしまったり、農民をウサギ狩りに動員するのでは野を豊かにした意味が全くなくなってしまう。

 どうにかして対処をしなければ、後戻りをしてしまうことになる。


「植林に携わっている者を使えぬか?」

「狩りの経験者でなければ難しいと思います。」


 人が走って追いかけたところでウサギに追いつくことなどできないし、弓を使うにしても小さな的に当てるのは熟練した技術が必要だ。


 最も即効性があるのは馬上から放つ雷光だろう。騎士の仕事を仕留めるだけにとどめて、回収と運搬は農民や植林を任せている者たちにやらせるのが最も効率的だろうと思う。


 私の考えを説明すると、ジョノミディスは腕を組んで考え込む。


「相手がウサギならば危険などあるはずもないが、魔力で誘き寄せることもできないからな。どの程度の人数と期間が必要かも読めぬのだろう?」

「そうですね。とりあえず三日ほど六、七人で試してみる感じかと思います。」

「まあ良い、それで試してみて結果次第でどうするかを考えよう。」


 他に良案もないということで、下級騎士から数人選んで試してみることで落ち着いた。早速騎士団へ遣いを出し、野のウサギの状況確認と畑付近にいるウサギの駆除を指示をする。



 その後、数日はほとんど想定外の事態もなく報告の処理をする日々が続いた。

 騎士によるウサギ狩りは思っていたよりも好調に進み、一日に数百匹を狩っているという。狩ったウサギの回収は猟師に任せているが、騎士も数匹を抱えて帰ってきており、食卓に新鮮なウサギ肉のソテーが並ぶようになった。


 最も想定外だったのは、フィエルナズサの戻りが予定より一日遅れたことだ。


「遅くなり申し訳ございません。一つ気になる魔物を見つけたため、捕縛してくるのに手間取ってしまいました。」

「捕縛してきた? 魔物をか?」

「はい、念のためジョノミディス様とティアリッテにも確認していただきたい。」


 フィエルナズサがそのように言う魔物が一体何であるかは想像がつかない。大型の魔物ならば捕縛などできるはずもないし、小型の魔物を見る価値も分からない。


 しかし、真剣な表情で真っ直ぐ「できるだけ早く」と言うのだから確認せねばならない何かがあるのだろう。


「つまらないことでしたら怒りますよ。」

「そうならないと確信している。」


 そこまで言うならば仕方がない。ジョノミディスと頷きあって席を立つ。


「あの、私はどうすれば?」


 戸惑ったように言うのはメイキヒューセだ。フィエルナズサは彼女の名前を挙げていないが、何かに備える必要があるかも知れない。、


其方(そなた)は今すぐに確認する必要はないが、同行を禁止はしない。」

「では、行かせてくださいませ。」


 それにジョノミディスも特に反対せず、私たちは四人で城を出た。魔物を城の中にまで連れてくるようなことはしていない。畑の東の端辺りに繋ぎ止めているという。


「魔物を繋いでおけるのか?」

二足鹿(ヴェイツ)がいなければ無理であっただろうな。逃げようとすれば蹴り飛ばしてくれる。」


 二足鹿(ヴェイツ)は中型の魔物である毒獅子(ジェイニオルゥ)を軽々と蹴り飛ばしていた。あの脚力と魔物に向かっていく気の強さが幸いしているらしい。


 畑の道を馬で駆けていくと、二足鹿(ヴェイツ)に乗った騎士と岩の塊を取り囲んでいるのが見えてくる。


「あれは……、岩の魔物か!」

「小さいけれど、そのようですね。」


 それでやっと分かった。フィエルナズサはあの魔物を()()()()()()()()()()()のだ。


 近づいてみると、岩の魔物は五匹いた。小さいといっても背の高さは私より少し小さいくらいで、幅も長さも同じくらいある。それを二足鹿(ヴェイツ)が蹴り転がしているのだから恐ろしい。ふわりと跳び上がると、凄まじい蹴りが放たれて岩の魔物が転がる。


「聞きたいことは幾つかあるが、まずはあれを倒してしまうぞ。ティアリッテ、()()()()。」

「やってしまえ、ティアリッテ。ここでは他に方法があるまい。」


 二人の許可を受けて、私は杖を頭上に掲げると全力を込めて魔法を発現させる。


「全員、避けてください!」


 私が叫ぶと、二足鹿(ヴェイツ)はざっと飛び退る。そして巨大な炎雷が転がった岩の魔物に直撃した。

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