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447 帰ってきた者たち

 六月も半ばに差し掛かると、畑の作物は大きく育ってくる。それを見る限り今年も豊作で、十分すぎるほどの収穫量を得られるだろうことは誰にでも予想できる状態だ。

 あとは収穫前に酷い嵐が来て畑が壊滅的打撃を受けたりしないことを願うだけだ。


 収穫を間近に控えて、文官たちは運搬経路や加工する人員の手配の最終確認を始める。

 今年は私もあまり現場の先頭に立つようなことはせず、執務室で報告を受けて指示を出すように心がける。そうしなければ私の仕事が(あふ)れてしまうということもあるが、人員の育成という意味もある。

 何年経っても私が先頭に立って直接指示をしなければ作業が進まないのでは困るのだ。



 いつも通り執務室で仕事をしていると、急ぎの要件だと使用人がやってきた。


「ジョノミディス様、バランキル王国に出していた遣いが戻りました。」

「そうか、ここに通してくれ。」


 馬で出した使者を追わせて二足鹿(ヴェイツ)を使っての使者を出したのは五月の半ばすぎだ。四日の差があったはずなのだが簡単に追いつかれてしまったようで、馬で出した使者の方は二足鹿(ヴェイツ)についていくこともできないと途中で諦めて帰ってきている。


「ご苦労である。ブェレンザッハ侯爵の返答は如何であるか?」

「そこなのですが、バランキル国王より返答を頂いてまいりました。」

「国王⁉ 其方(そなた)ら、バランキル王都まで行ってきたのか?」


 ジョノミディスの質問に、文官は文箱を差し出すことで答える。そこにあるのは紛れもないバランキル王族の紋章だった。


「まさか、一か月もかからずに王都まで往復してきたのですか?」

「うむ。これは間違いなくハネシテゼ様の字だ。」


 言われて(のぞ)きこんでみると、以前によく見た筆跡が紙面に並んでいた。ハネシテゼがたまたまブェレンザッハに滞在していた、などということはないだろう。

 ブェレンザッハや王都での滞在時間を考えると、二足鹿(ヴェイツ)は素晴らしい速度で移動していたことになる。


「陛下は何かおっしゃっていましたか?」

「書簡にもあると思いますが、問い合わせの件については現在実用にないとのことです。それと、学生の出来について述べられていました。」


 言われて紙をめくっていくと、燃料問題の改善策について三枚目に記されていた。それによると、やはりというべきかバランキル王国でも燃料不足の問題に直面しているらしい。ざっと見ると、全七枚ある書簡には、その他にも教育の状況や交易について触れられていた。


「他に特別報告することがなければ休んで良い。」

「一つだけございます。二足鹿(ヴェイツ)ですが、バランキル国王が欲しいと申しておりました。」

「……承知した。」


 ハネシテゼらしいと言えばらしいのだが、そんなことを報告されても力が抜けてしまう。こめかみを押さえながらジョノミディスが返事をすると、文官は退室していった。


「実用になっていないということは、魔法道具自体は作ることができているのですね。」


 とりあえず話を戻して現実と向き合うことにする。予想通りとはいえ、燃料代わりの魔法道具を本当に作っていることは驚きである。


「この書簡によると、平民には作れないことが最大の問題らしい。そこも予想はついていたが、魔力を使っての加工は貴族でなければできぬからな。」


 魔法用の道具の製法は知らないが、少なくとも魔法の杖は魔力を籠めながら草の根をすり潰したり、その煮汁を毎日毎晩塗っていくという作業をして作った。同じ作業を平民の職人が行うことはできないし、どこかの工程を手伝うことすら不可能だ。


 製造も改善のための案を出す作業も、すべて貴族が行わなければ実用的な魔法道具は完成しない。ところが、そんな経験がある貴族はハネシテゼ以外に私はしらない。バランキル王国では、傍系王族にその役目を担わせる方向で考えているということだ。


「こちらは、ウンガスの特産品をはやく見たいというのが趣旨だな。秋にバランキルへ戻る馬車に積めるよう調整した方が良さそうだ。」

「丁度良く来てくれると良いのですけれど、商人には通達を出しておきましょう。」


 バランキル王国に送る特産品を選ぶことも必要だ。香辛料や茶の生産に力を入れると言っていた領主はいくつかあるし、秋ごろまでにはある程度の種類や量が(そろ)うだろう。


 他に、教育の状況などはただの現状報告だ。思った以上に常識に違いがあったため一年目はかなり苦労をしたとのことだ。一年以上もかけて交流をはかり何が違うのかも分かったため、今年は特に問題もなく進んでいるらしい。


 書簡にはいくつか質問もあったが、特に返事を急ぐことでもないものばかりだった。ウンガス側の状況の説明はともかく、帰還の目途はまだ立っていない。二足鹿(ヴェイツ)についても、もともと飼育しているものではなく、最近私が連れ帰った獣であると正直に書いておく。


 一通り書きおわったら、書簡を商人に預けておけば良い。今年中にはバランキル王国に届くだろう。




 七月に入ると、畑の収穫が本格化してくる。甘菜(ティレス)に加え丸黄茄子(タウンピィ)も収穫が始まり食卓にも彩が増してくる。そんなころ、予定より十日ほど早くフィエルナズサとメイキヒューセが帰ってきた。


「二人ともご苦労だった。あまりゆっくり休んでくれと言っていられるほど余裕はないのだが、一晩くらいは休んでおいてくれ。」


 報告が終わりジョノミディスがそう言うと、二人で苦笑して「今日は久しぶりにゆっくりさせてもらうよ」と(うなず)いた。

 正直言って王宮の仕事はかなり滞っており、本音としてはフィエルナズサらにも早速仕事に取り掛かってもらいたい。私とジョノミディスがいくら頑張っても、二人分働くことはできない。必死に処理し進めていっても、どうしても各方面に遅れが生じているのだ。


 しかし、それはフィエルナズサやメイキヒューセが怠けていたわけではないし、慣れぬところで頑張っていた二人を労わないわけにもいかない。


「明日から私が何をする予定になっているのかだけ教えていただけますか?」

「そうだな。執務室での仕事で良いのか?」


 執務室から下がる前にメイキヒューセが(たず)ねると、フィエルナズサも準備の必要があれば教えてほしいと言う。


「メイキヒューセには小領主(バェル)対応を頼みたい。先日、ポルホルとムスゼンの当主が立て続けに交代すると届が来ているので、それの処理からだ。」

「フィエルナズサには税務関連をお願いしたいですね。」


 とりあえず、現状では手が回っていない部分を二人に振り分ける。昨年までとは割り振りが変わるが、引継ぎにかかる手間を考えると手つかずの仕事を対応してもらった方が早い。


 このポルホルとムスゼンはそれぞれ病気と死亡を理由に当主の交代を申し出てきている。この忙しい時に当主が勝手に死亡するなとか叫びたくなることもあるが、さすがにそれを口に出して言うわけにはいかない。


「他にどのような仕事を優先せねばならいのだ?」

「地方の領主に関しての案件は引き続き私が行う。ティアリッテは植林を始めとした各種事業だ。」


 酒造は進めていくと公言しているし、成果を出さないわけにはいかない。植林も他の領主に求めた以上は、手本となる結果を示し続ける必要がある。街道や河港の修繕工事も進めていかねばならないし、状況を見ながら人手を割り振るのは大事な仕事だ。




 翌日からは四人揃って執務室に詰める。徴税や事業の調整は外に出ることも多いが、あまり私たちが現場に出ていると下が育たないという側面もある。何より、私たちも部下の報告だけで判断を下し、指示を出せるようになっていかなければならない。


「ティアリッテ、二足鹿(ヴェイツ)とやらの報告が入っているのだが、これは何だ?」


 計上されている飼料に聞いたことのない項目が増えているとフィエルナズサが問い合わせてくる。そういえば、彼らには二足鹿(ヴェイツ)について報告していなかった。


「先日、魔物退治に出たときに連れてきた獣です。馬よりも体力があり、走るのも早いのですよ。」


 二足鹿(ヴェイツ)が外に出たがるため騎士の畑の周辺の仕事にも使わせているが、地方に遣いを出す場合や魔物退治の際には特に便利だ。一日で進める距離が馬の二倍以上あるのは間違いなく、今は休憩の頻度や与える餌は何が最適なのかを探しているところだ。


 そして、先日、バランキルへ出した遣いが戻ってきたことを伝えるとメイキヒューセは驚きの声を上げた。


「ここからバランキルの王都まで一か月たらずで往復できるものなのですか?」


 銀狼や黄豹の背に乗ったことがない彼女にとって、それは衝撃的な速度だろう。馬車で行けば、片道だけで一か月半近くもかかる。滞在期間を考えれば往復には三か月は見た方が良いだろう。

 馬で行けば馬車の二倍ほどの速度となるが、ブェレンザッハから王都までは船の方が早いため、そこでは時間短縮に寄与できない。ところが、二足鹿(ヴェイツ)は明らかに船よりも早く、ブェレンザッハから王都までわずか五日で駆け抜けていったという。


「それは凄いな。銀狼や青鬣狼(グラール)に劣らぬのではないか? 今、何頭いるのだ? 増やした方が良いのではないか?」

其方(そなた)、やはり姉弟だな。ティアリッテも同じことをいっていたぞ。」


 フィエルナズサの言葉にジョノミディスが声を上げて笑った。

 戸惑うフィエルナズサの横で、メイキヒューセは冷静に首を横に振る。


「実績のない獣を飼育するのは困難です。まず、冬の飼料の量も読めないのに、今年増やすことは考えるべきではありません。」


 そう、私も同じ理由を言われ、ジョノミディスに反対されたのだ。

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